南の帝
うんざりしながら草むらをかき分ける。
なんだかんだいって都会っ子の貞世は、これほどまでに山深い道を進むことは初めてだ。山城や若狭でも、ここまで奥深くには踏み込まなかった。
道?道なのか?
貞世は首を傾げる。目の前で今川兵が躓いた。
道とは巨岩が横たわっているものだっただろうか。
「美童。」
「美童と呼ぶな。」
「美青年。」
「なんだ。」
いいんだ。
今度から美青年と呼ぼう。
「あと、どれほどで着く?」
「もうへばったのか?」
美童はからかうような笑みを浮かべた。
「駿河の暴れ馬も大したことはないな。」
「・・・駿河の?なんだって?」
暴れ馬?
貞世が問い返すと、美童はムッとした表情を見せる。
「田舎者と馬鹿にするな。われらとて京には行く。お主の噂も聞いているぞ。手綱のつかない暴れ馬殿よ。」
なにそれ。
貞世がぽかんと口を開けた。
後ろから小突かれる。
「暴れ馬殿。水、飲みます?」
にやにやした男の頭をはたいた。水はもらった。
「品のない渾名だな。」
「そうか?いいではないか。番犬といわれるよりよほど良い。」
美童がからからと笑った。存外親しみやすい奴なのかもしれない。
「まあいい。」
美童がつぶやく。
べつによくはない、いや、渾名などどうでもいいか。・・・まあいいな。
「もうすぐ着くぞ。」
美童が横たわる木の上に立つ。
こちらに差し出した手を握る。
柔らかかった。
・・・?
「さあ、見ろ。」
違和感と共に右手をにぎにぎしていると、美童が誇らしげに両手を広げる。
「帝のおわす、賀名生御所だ。」
鬱蒼とした木々に覆われた門が、ぽつんと建っていた。
※
美童はなかなかの権力者だったようで、すんなりと御所に入ることができた。
が、薄情なあの野郎は「一人で行ってこい」と俺だけを放り込んだ。
美童が「私の一存では決められない。帝の指示を仰ぐ。」というから険しい山道、いや、山を登って来たんじゃないか。そうだ、意地でも道なんて単語使ってやらんぞ。
貞世が嘆息していると、部屋の四隅にいる白服の男たちがやたら仰々しいしぐさで頭を下げる。
このおんぼろ部屋には不釣り合いなほどに。
「「おなーりー。」」
貞世も倣って頭を下げた。
ざすざすざす
目の前に人が移動する音が聞こえた。
「面を、上げろ。」
ゆっくりと、頭を上げる。
御簾の向こうに人影が見えた。
後村上天皇。南帝と称される、後醍醐天皇の子供である。
※
貞世は口を開こうとして、咳き込んだ。
尋常じゃないほどに口が渇いていた。
知らぬ間に緊張していたらしい。
四隅の白服が気色ばむが、御簾向こうの影は鷹揚にうなずいた。
「紀伊の蛮族どもを掃討したいそうだな。」
南帝が口を開く。
貞世は内心冷や汗をかいた。
美童がどのように取り次いだかは知らないが、まるっきり違う。掃討じゃない。ちょっとちょっかいかけるだけである。
美童には「なんでもやる」と言ったが、あんなものは方便だ。
幕府に怒られないためには紀伊の国に身を置く必要があり、そのためには味方が必要だった。
どう軌道修正しようかと貞世が頭を悩ませていると、南帝が再度口を開いた。
「そなた、なにゆえ南朝に帰順する?」
帰順?
「今川といえば足利の重鎮ではないか。なにゆえ心変わりを?」
帰順!?なんでそんな話になってんの!?
貞世はパニックに陥ったが、顔には出さなかった。頑張った。
・・・
とにかく、南帝が「帰順」といっているから、それに合わせよう。今、南朝の兵に襲われたならばひとたまりもない。
「・・・私は、次男です。兄の横暴に耐えてきましたが、先日耐えがたい仕打ちを受けました。」
すらすらと言葉が出てくる。
「ほう。耐えがたい仕打ち。」
「はい。」
南帝が身じろきした。
「どの程度に、耐えがたい?」
貞世は、聞かれるがままに答えた。
「次に会った時は斬ります。」
「ほう。」
それっきり、会話が途絶えた。
いくらかの沈黙の後、四隅の白服が立ち上がり、頭を下げる。
御簾の奥の人影が、遠ざかっていった。




