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第五章 魔王の遺産と幽霊の算譜 「丞相を継ぐ者」三国志向朗伝  作者: こくせんや
第5章 「魔王の遺産と幽霊の算譜」

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第4話:連環の破産、長安の焦燥 その1

李儒 長安編開始です。

董卓悪銭『小銭』の導入秘話です。

そしてなぜ董卓政権が崩壊したのでしょうか。

1.設計者(アーキテクト):李儒


 |西暦一九二年(初平三年)、四月。


 かつて四百年におよぶ漢帝国の栄華を象徴した都・洛陽は、今や紅蓮の火に焼き尽くされ、風に舞う灰と化した。

代わって帝国の心臓部へと無理やり書き換えられた西京・長安(ちょうあん)は、未曾有の歪な活況に沸き立っていた。


 長安を中心とした関中の外では反董卓連合軍が睨みを利かせ、天下は群雄割拠の動乱期へと突入している。

本来であれば、物流は断絶し、死と飢餓が支配するはずの閉塞都市。

しかし、長安の市場を埋め尽くすのは、各地から略奪に近い形で吸い上げられた溢れんばかりの物資と、それを消費し尽くす軍閥たちの熱気であった。


 この奇妙な繁栄の正体は、一つの算譜(ロジック)によって生み出されていた。

 長安は今、天下の富を一方的に収奪(しゅうだつ)し、外部の経済を窒息させる巨大な「経済の黒い穴」と化していたのである。


「……不備だ。袁紹への負債(ふさい)の押し付けが、予定より三厘(さんりん)遅れている。袁紹は、五銖銭そのものの取引を停止させ、絹による現物取引に回帰したそうだが、想定より僅かではあるが、強権で行っているな」


 太師府の奥深く、日光さえも遮られた一室で、李儒(りじゅ)は冷徹に呟いた。


 積み上げられた竹簡と、当時まだ貴重であった紙の山。

その隙間で、彼の指先は誰よりも速く、正確に算盤を弾いている。

李儒が計算しているのは、単なる兵糧の備蓄量ではない。

中原全域を一編の巨大な「倒産(デフォルト)予備軍」と見なし、敵対勢力の経済基盤を根底から食いつぶすための、巨大な裁定取引(アービトラージ)の計算式であった。


 長安(ちょうあん)の将兵たちの間では、ある「奇跡」が囁かれていた。


 北方の戦線でどれほど激戦が続こうとも、武器が尽きることはなく、兵糧の荷車が途絶えることもない。

何より略奪に頼らずとも、期日になれば兵たちの懐には約束通りの給金が転がり込んでくる。

剣を振るい、血を流す現場の将兵にとって、それは神の加護か、さもなくば恐るべき魔術であった。


 古来、軍隊というものは一度の敗北(はいぼく)によって瓦解し、国そのものを滅亡へと道連れにすることが少なくない。

後世の歴史を紐解けば、淝水(ひすい)に沈んだ前秦(ぜんしん)の大軍や、遠征の失敗で王朝の命脈を断った(ずい)の事例に事欠かぬ。だが、董卓(とうたく)軍だけは、その歴史の定石(セオリー)から逸脱していた。


 先の陽人(ようじん)の戦いにおいて、猛将・孫堅(そんけん)の前に壊滅的な打撃を受けた際も、彼らは翌日には軍を再編し、整然と陣を立て直していた。

 その背後で糸を引く男――李儒(りじゅ)(文優)の存在を知る諸将は、畏怖を込めて彼をこう呼ぶ。


 ――「毒蛇(どくじゃ)」と。


 李儒の構築した盤理(システム)においては、三十里、五十里と退けば、そこには必ず予備の武器があり、温かな糧食が用意されていた。敗残兵たちが略奪に走る賊へと堕ちる前に、「拠点に戻れば、明日の食い扶持が保証されている」という絶大な信頼が、崩壊の淵で彼らを繋ぎ止めていたのだ。

 涼州(りょうしゅう)の古参、旧丁原(ていげん)配下の并州(へいしゅう)勢、そして皇甫嵩(こうほすう)洛陽(らくよう)中央政府軍。主義主張も出自も異なる寄せ集めの集団でありながら、「糧は尽きない」という一点においてのみ、彼らは鉄の組織力を維持し続けていた。


「……負けてなお、糧が尽きぬ。それがこれほど恐ろしいものだとは」


かつて丁原(ていげん)に仕えた并州(へいしゅう)の将は、震える手で温かな握り飯を掴み、夜の陣営でそう独白した。


「陽人で孫堅(そんけん)に叩き潰され、這々の体で逃げ延びた。本来なら、俺たちは泥を啜って野垂れ死ぬはずだったのだ。だが、三十里退けば武器があり、五十里退けば炊き立ての飯が湯気を立てて待っている。まるで俺たちが『いつ、どこで、何人死んで逃げ戻るか』を、あの男は予言し、呪いをかけていたかのようだ。……李儒殿の用意する飯は、喉を通るたびに冷たい鎖に変わる。腹は満たされるが、背筋の寒さは一向に引かぬ」


 戦場からは、連日のように李儒を讃える、あるいは呪う報告が届く。曰く、「毒蛇の術」。曰く、「魔王の軍師の予言」。

 敗残兵が泥を啜る間際、忽然と現れる炊き出しの煙や予備の武具を、彼らは神の加護か魔術のように触れ回っているという。


「……『勝負は時の運』、か。実につまらぬ言葉だ」


 李儒は冷え切った茶を啜り、闇に独白した。

 世の将帥たちが好んで口にするその言葉は、要するに現場の無能を天命という名の不確定要素(バグ)に転嫁するための言い訳に過ぎない。

 李儒にとって、戦場における「勝利」や「敗北」は、あらかじめ織り込まれた変数(パラメータ)の一つであった。


 彼が行っているのは、神秘でも呪術でもない。ただの「不測の事態への引当金(リザーブ)」の計上である。

 敗報が届くのに半日。再編に一日。移動に一日。この「三日の猶予」を逆算し、早馬が数刻で駆け抜ける三十里の地点に予備の武具を置き、敵軍が一日で到達不可能な五十里のさらに後方に、輜重隊の本隊を配置する。勝利するならば輜重隊が先に進む場所を事前に選定済であるし、敗北するならば再編出来る場所に待機している。それだけである。夜が明ければ起床し、空腹を覚えれば飯を炊く。それと同じ程度の、極めて退屈で「当たり前」の兵站(ロジック)を李儒は積み重ねているだけなのだ。


だが……。

「なぜ、あの毒蛇は我らが敗北することを知っているのだ?」

それは兵站という概念を知らぬ者にとって、それはあまりに精緻で冷徹な呪術(じゅじゅつ)としか思えなかったのだ。


 一方、その董卓軍の周到な兵站組織に比して、迎え撃つ反董卓連合軍の実態はあまりに無惨であった。


 (ぜに)と糧食の不足に喘ぐ彼らの陣中では、連日のように|内紛が噴出していた。東の酸棗に集結した諸将は、兗州(えんしゅう)刺史・劉岱(りゅうたい)が東郡太守・橋瑁(きょうぼう)を殺害し、曹操(そうそう)胡毋班(こむはん)の遺族と共に王匡(おうきょう)を死に追いやるなど、不協和音(ノイズ)は止むことがない。

 また大軍を擁する袁紹らは、洛陽からほど近い、黄河の北、河内まで攻め寄せるも、一行に動こうとしなかった。

 南には南陽の魯陽から孫堅が一人奮戦するも、袁術は兵糧の輸送を意図的に遅延させたという。


「……不気味だとは思わぬか。我が方は一杯の粥を奪い合って殺し合っているというのに、奴らは負けても、死んでも、次の日にはまた新しい矢と糧を番えている。まるで大地から兵糧が湧き出しているかのようだ」


半董卓に集う諸将らの声が李儒には聞こえてくるかのようであった。


では、なぜ反董卓連合の諸侯には、この「当たり前」が不可能なのか。

 李儒は、机上に散らばる歪な「董卓小銭」を指先で弾いた。銅の鈍い音が、静寂に響く。


「答えは単純だ。彼らの軍には、『明日の飯が約束通り届く』という|帳簿の信用(クレジット)が存在しない」


 通常の軍隊において、敗北とは「供給の断絶」と同義である。

 一度戦列が崩れれば、兵たちは略奪を唯一の生存戦略とし、将は私財を隠して逃走の機を伺い、人足は隙を見て荷を捨てて逃げ出す。そこにあるのは、不渡り(デフォルト)を起こした商会と同じ、相互不信の泥沼だ。

 信用のない組織において、後方に物資を置くことは、敵に塩を送るか、あるいは味方に盗まれるリスクを抱えるだけでしかない。故に軍隊は、全財産を背負って戦場を彷徨い、一度の不渡りで破産(全滅)するのだ。


だが、李儒の作る軍は違う。

 董卓という魔王の暴力によって法が捻じ曲げられていようとも、李儒の帳簿だけは一分の狂いもなく執行される。その「不気味なほどの正確さ」こそが、寄せ集めでしかない董卓軍を繋ぎ止める鎖となっていた。


 反董卓連合の諸侯は、李儒によって仕掛けられた策の正体を正確に知る者は皆無だった。

それは軍勢による撃退ではなく、目に見えぬ通貨の壁による窒息であった。


「――神器を溶かせ。過去の栄光を、今の軍資金に変換するのだ」


 李儒は洛陽に鎮座していた歴代の銅像や、後漢の正統性の象徴たる神器までもを容赦なく鋳潰させた。

反発し袁紹らが反董卓の兵を挙げることも計算の内であった。

鋳潰した銅鉛から生み出されたのは、文字すら判別できぬ鉛混じりの歪な小銭(あくせん)である。


 なぜ、歴史を破壊してまでこのようなゴミを造るのか。そこには冷徹な地政学的計算があった。


 長安を中心とする関中盆地には、銭の主原料たる銅鉱がほとんど存在しない。銭の生産は南の益州(えきしゅう)に依存していた。だが、益州牧・劉焉(りゅうえん)は秦嶺の桟道を閉じ、銭の流通を絶ってしまったのである。劉焉の思惑、その野望はここでは語るまい。

 だが、まともに新銭が鋳造できぬという「欠乏」を、李儒は逆手に取った。


 価値の裏付けをかなぐり捨てた董卓小銭を大量に鋳造し、圧倒的な武力を背景に、この悪銭での決済を商人たちに強要したのである。

強制執行(デマンド): 外部の商人に対し、ゴミ同然の悪銭での支払いを義務付ける。

実物吸収(トレード): 一方で、長安側は価値ある旧・五銖銭や金、穀物を一方的に吸い上げる。


 敵対勢力の経済圏を無価値な通貨で溢れさせ、強制的に不渡り(デフォルト)の海へと沈める。その隙に実物資産を根こそぎ奪い去る。

それが設計者・李儒の描いた、戦わずして世界中を負債で溢れさせ、窒息させる第一歩であった。



李儒。


 相国府長史。名実ともに董卓軍の総参謀たる李儒の執務室には、兵法書の代わりに膨大な竹簡(ちくかん)の帳簿と、計算用の算木(さんぎ)が山をなしている。

 彼は国家そのものを冷酷な市場と定義し、董卓軍を銭と糧によって差配する。

 宮中の奥部屋で空虚な「徳」や「礼」を戦わせる高官たちの理想など、彼にとっては無意味な雑音に過ぎない。


 李儒の筆先一つで、数万の軍勢の胃袋が満たされ、あるいは敵対する一族の財政が音を立てて崩壊するのである。


 そう、全ては李儒の思い描く通りの経済戦争となるはずであった。




2.共犯の血族


「相国、いかがです。今月の外部資産吸収率は予定通り九割を超えました。敵対勢力の経済網には、すでに致死量の不純物が混じっております」


 李儒が、袁紹や袁術の財務状況を簡潔に記した竹簡を差し出すと、 肥大化した肉体を、これでもかと豪奢な錦に包んだ魔王、董卓(とうたく)(仲穎)が受け取る。


「おお、そうか。……後一年ほどで、どいつもこいつも破綻する。そういいたいのだな」

「はっ」


 洛陽を焼き払い1年。長安にて強欲の限りを尽くす董卓には、もはやかつての西涼を駆けた猛将の面影はない。

その贅を尽くした衣服は、崩壊しかけた国家の富そのものを纏っているかのようであった。


「ふむ。李儒よ、貴様が小銭を一つ撒くたびに、袁紹や袁術の蔵から米が消え、わしの郿塢の蔵へ勝手に吸い込まれる。これほど愉快な『略奪』はないな」


 小銭の流通により強制的に作り上げた五銖銭の価値差を利用した取引は、関中の商人らによって一方的に関中の商人が儲ける仕組みが出来上がっていた。

 董卓は李儒の策を、単なる小細工ではなく「兵を動かさぬ殲滅戦」として理解し、愉悦していた。


 董卓にとって、李儒は亡き一人娘の婿であり、この世で唯一「数字によって世界を処刑できる」才能を愛していた。


 その董卓の足元に、宝石のように静かに、しかしどこか疎外されたように控える少女、董白(とうはく)の姿があった。

 董卓にとって、董白はただの孫娘ではない。それは蹂躙し尽くした天下から絞り出した富の結晶であり、自らの血脈を次代へと繋ぐための、たった一人の、そして壊れ物のように脆弱な直系権益であった。


この三人の関係は、極めて歪な構成によって成り立っている。

 李儒は董卓の亡き愛娘の婿であり、董白はその亡き母が前夫との間に残した遺児であった。

 李儒と董白。義父と娘という形を成してはいるが、そこには一滴の血の繋がりも、共通の記憶さえも存在しない。


三人を繋ぎ止めている唯一の絆は、すでにこの世にはいない一人の女性「董華」という存在。

 李儒にとっては失われた契約(けいじょう)の残滓であり、董卓にとっては唯一愛した、負債(ツケ)の象徴。


董卓が董白を愛でる仕草も、どこか歪んだ執着を孕んでいる。それは孫娘の健やかな成長を願う祖父の慈しみではなく、自らの権威を証明するための「宝飾品」が曇らぬよう、偏執的に磨き上げる蒐集家の手つきであった。


亡き女という唯一の結節点(むすびめ)を喪いながら、その空白を埋めるためだけに血の通わぬ帳簿上の記号として繋ぎ止められた三人の間には、慈愛の皮を被った底知れぬ不信と、いつ誰が誰を損切り(きりすて)てもおかしくない、凍てついた共犯関係の静寂だけが横たわっていた。


長く長くなってしまいました。初稿では董卓が倒されるまで5万字を超えてしまいましたので、削ぎ落とし、シーンをカットしてます。それでもクーデターまで約5000字5部構成となっています。


本作、向朗を主人公としていますので、本来向朗が知らない世界は省略、触れない体裁としています。

なので、いまだ曹操も劉備も登場していません。


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