第38話 験担ぎと受験票
第4章開幕です。
王立フィオレンツ学園入学試験当日、僕は緊張していた。
「遂にこの日がやって来ましたね。ライル様。」
僕を起こしに来た(まぁ普段から起こされる前に起きているが)キーナがそう、柔らかな口調で話しかけてくる。彼女は僕の専属メイドだけあって、僕の不安や緊張等、そういった感情面の変化に気が付きやすい。
そして、僕がいつもと違うと気が付けばすぐに落ち着かせてくれる。
「そうだね。合格できるかな。」
「ライル様なら大丈夫です。あれだけ備えをしてきたのですから、この前は少し外に出過ぎていると思いましたが、あえて何をしていたかは聞かないことにしましたし。学力も体力も戦闘力も落ちていませんでしたから、問題ないでしょう。まぁ、どこに行くのかくらいは仰っていただきたのですが。ライル様に着ける護衛や隠密部隊は当然のようにすぐに撒かれてしまいますし。本邸からの護衛もすぐに追いつけなくなってしまいましたから。」
「ハハッ、これからは気を付けることにするよ。」
「本当でしょうか。はぁ」
キーナはそう言って深いため息をつく。どうやらかなり心配させてしまっているようだ。僕も貴族として、公爵家の次期当主として、外出する際は護衛などを付けられる。
しかし、数年前から既に護衛を簡単に撒いてしまったため、隠密部隊が後をつけるようになってしまったのだ。流石にその道のプロだけあって、今より未熟だった僕はスキルなどを駆使しない限り、相手の位置さえ把握できなかった。
しかし、訓練を重ねていくうち、気配を探れるようになり、隠密部隊さえも撒いてしまえるようになった。これには父も呆れていたが。父自慢の隠密部隊が敗れたことにより、好きにしろと父は言っていたが、一応後はつけられていた。それも出発後のほんの数分だが。
隠密部隊の人たちと直接話したことはないが、父が誇るだけあってかなりの強者揃いのようだ。そんな人物たちをいとも容易く姿をくらますことから、家族も使用人達もある程度は見逃してくれているが、貴族が護衛をつけず出歩くのは、褒められたことではない。
キーナも僕のことを想ってくれているからこそ、こうしたことを言ってくるのだろう。
「いつもありがとう、キーナ。」
「さて、何のことでしょうか。」
「全部だよ。」
僕は普段の給仕や、こういった気配りについてのお礼を、迷惑をかけてしまっていることに反省しながらそう口にした。
キーナは何のことだかわからないような素振りをしながらも、いつもより明るい色が顔に浮かんでいた。そんなやり取りをして、僕たちはダイニングへと向かう。
ダイニングでは既に母が席についていた。
「おはよう、ライル。よく眠れた?」
「おはようございます、母さん。ぐっすり、とまではいきませんが、普段通りには眠れましたよ。」
「そう、それなら良かったわ。今日は料理長に、縁起の良いものを作ってもらったわ。いっぱい食べて力をつけて行きなさい。」
「それはありがたいです。頂きます。」
いつも十分良いものを食べている気もするが、今日はいつもより縁起の良いものらしい。前世では、カツや、レンコンやおむすびやタコとかがあったけど、そういえばこの国では何が縁起物何だろう?
そう期待して出てきたのは、パンなどの主食、スープの他にタコのマリネや何かはわからないが揚げ物、粘り気のある海藻のサラダなど、前世とあまり変わらないものだった。
「これは、タコと海藻ですか?いったいどうやって入手したんですか?」
「あまり市場では出回りませんが、少しは売られているんですよ、魚介類や海藻類も。こちらのフライは、魔猪の肉です。一部の国では、食肉のフライのことをカツと言う様で、ゲン担ぎになるとか。」
「成程、魔猪カツですか。」
魔猪は、魔獣の中でも比較的強い方に分類される。味は豚肉と然程変わらず、猪よりも触感が柔らかい。外皮は分厚く硬いのだが、中の肉は柔らかく上質な味わいである。討伐が難しい上に、なかなか見つかることもないので、市場価格は高額である。
それにしても、前世と変わらないな。まさかカツがあるだなんて。海の幸も同時に味わえるのは良いものだな。
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前世で好きな料理だったカツを食べられたことに満足し、朝食を食べ終え暫くした後、僕は試験会場へ行く準備の最終確認をしていた。
「ライル様、お忘れ物はございませんか。」
「もちろんだよ。」
貴族は外出時も、使用人が手荷物を持つため、手に持つものは最小限のものに限られるのだが、僕は自分で持つようにしている。自分で持つといっても、【アイテムボックス】の中に入れるだけなので、実質何も持っていないようなものなのだが。
「受験票もお持ちになられましたか?」
「うん。これがないと受験できないもんね。」
試験では、受験票が必須である。入学試験のない学校では、そんなもの必要なく、定員まで入学できるのだが、当たり前だが入学試験がある学校では必要な品となる。
しかし前世と異なり、受験票には氏名などは記されていない。番号のみである。特別な魔法が付与されており、登録された本人以外の使用は不可能だそう。魔法は基本何でもありなのである。
因みに、試験のない学校は定員に達すると、生徒の募集を締め切り、他の場所へ入学させられることとなる。一般的に募集には親が応募するのだが、怠惰な親であれば応募が遅れ、家から遠い場所にある学校に入学する羽目になってしまうこともあるそうだ。
家は使用人の誰かが応募したらしいが、貴族家ではそれが一般的なようだ。親が行けば、受験者が貴族の嫡男嫡女だとバレてしまう。そもそもそんな時間もないのだが。
受験票を手にするには、募集学校の募集期日中に受け取り場所まで行き、受験票を受け取る。その際、何か特別なことをするわけでもなく、ただ受け取るだけ。名前などの情報公開は必要ない。
受け取った受験票に、受験者の血液を一滴垂らす。それだけで、登録が完了する。見事なものだ。DNA鑑定技術でもあるのだろうか。
そんなことを思いながら、総合科受験番号22の受験票をキーナに見せる。王都に来た時に既に血は登録されている。
「諜報部隊の報告によると、今年の総合科の倍率は5.43倍。かなり高いですが、ライル様なら問題ありません。」
「ありがとう。それにしても、去年より高くなったんだね。頑張って来るよ。」
「はい。良いご報告を心よりお待ちしております。」
そんなやり取りをしながら、エントランスへと向かう。そこには、母と普段僕と関わっている使用人の多くが控えていた。
「ライル、頑張ってね。貴方なら絶対に大丈夫よ。試験は1日じゃないから、あまり気を張り過ぎないように、落ち着いて。」
「わかりました。母さん。」
「ライル様。使用人一同、ライル様を心より応援しております。いってらっしゃいませ。」
母の言葉に続き、使用人を代表してサーベスが応援の言葉を掛けてくれた。
「母さん、皆さん、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
「「行ってらっしゃいませ。」」
多くの人に見守られながら、馬車へと向かう。前々世では、こんな経験はできなかった。人の温かさを感じられるのは良いものだと心底から思い、いつの間にか緊張も完全に溶けたライルは、馬車で試験会場、王立フィオレンツ学園へと向かうのだった。
それとほぼ同時刻、メレテナール公爵家王都別邸からも同じ目的地を目指し、1台の馬車が発車した。
次回、遂に入学試験開始
次回更新は少し遅くなりそうです。




