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05.背筋を伸ばして沙汰を待つ

 王宮から離宮に戻ったあとも、モルドレッド殿下は何も言わなかった。

 私と目を合わせることもなく、長い廊下をまっすぐ執務室へ向かっていく。扉の前で、殿下はようやく立ち止まった。


「ジニー」


「はい」


「きみが、確認したかったことは聞けた?」


「……はい」


「俺、このあと訓練があるんだ。着替えるから、またね」


 モルドレッド殿下は早口でそう告げると、逃げるように踵を返して去っていった。


「申し訳ございません、ヴォーティガン嬢、モルドレッド殿下は」


「大丈夫です」


 私は補佐官の言葉をやんわり遮った。


「大丈夫ですから、殿下をよろしくお願いします」


 補佐官は四角いメガネの奥で、静かに目を細めた。


「……わたくしといたしましても、ヴォーティガン嬢を早く妃殿下とお呼びしたいのですが」


「それ、離宮の外で言わないでくださいね」


「離宮務め一同、心得ております」


 彼はうやうやしく頭を下げると、磨き込まれた廊下を早足でモルドレッド殿下のあとへ追っていった。

 その背中が角を曲がるのを待ってから、私も踵を返し第二王妃殿下の部屋へと向かった。


***


 第二王妃殿下の部屋で、私は二、三日に一度ずつ王妃教育を受けていた。

 人質の私だけど、建前としては地方では難しい淑女教育を施すため、という名目も掲げられていた。

 そのおかげで、モルドレッド殿下と一緒に帝王学を学ばせてもらっていたし、王妃教育も受けさせていただいていた。


 講師は背筋のぴんと伸びた壮年の女性で、厳しいけれど筋の通った方だ。


 「モルドレッド殿下と地方周遊をなさるということですから、地方の歴史と社交の基礎、それから……」


 彼女は今までになく上機嫌な笑顔で、視察まで二か月弱しかない教育計画を立てている。

 話を聞いていると、二、三日に一度どころか、毎日授業を受けなければ間に合わなさそうな勉強量だった。


「ヴォーティガン嬢、ここは踏ん張りどころです、お気張りください」


「ふふ、先生がそうおっしゃるなら、頑張りますわ」


 頷くと、講師はふっと笑みを消し、静かに私へ顔を寄せた。


「ここでヴォーティガン嬢がモルドレッド殿下と共にある姿を見せれば、土地を管理する貴族の方々は、ヴォーティガン嬢を『都合の良い人質』ではなく、『未来の妃殿下となる可能性のある女性』として見るようになります」


「それは……」


 それは、ウーサー陛下やアーサー殿下にとって、脅威になりうるのでは?

 あまり気が進まない。

 けれど講師の女性は、私をまっすぐ見つめ返してきた。


 「そうすることでヴォーティガン家が王家の味方であると周囲に知らしめることも出来ます。ですから今回の帯同は、ヴォーティガン嬢が王家の味方であると示す手段でもあるのです。どちらの面を強調するか、よくお考えくださいませ」


 講師は再び手元の書類をめくり、眉間に皺を寄せながら暦へ予定を書き込んでいった。

 ふと視線を向けると、第二王妃殿下は涼しい顔のまま、さらさらと何かを書き付けていた。


 アーサー殿下の思惑は、私にはやはりわからない。

 わからないが……私が彼にとって脅威になり得る存在だということは、遅ればせながら理解した。

 それに、忙しくなるというのなら、喜んで邁進するつもりだった。

 モルドレッド殿下は、しばらく私に構ってくれなくなりそうだから。


 窓の外を見ると、訓練場では殿下が汗だくになって剣を振っていた。

 しばらくその姿を眺めてから、小さく瞬きをして、私は勉強の予定へ視線を戻した。




 私は早朝と夜間の訓練を、少しだけ増やした。

 いい機会だから、剣の素振りだけではなく、体術も教わることにした。

 有事の際、自分の身だけでも守れるようになりたかった。

 師匠に頼み込み、組み手や模擬試合の時間も増やしてもらった。

 ……私はヴォーティガン家の者として、お荷物にだけはなりたくなかった。




 王妃教育の合間には、第二王妃殿下の予算作りも手伝っていた。


「社交シーズンまっただ中にジニーが側にいないのは寂しいわね」


「そう言っていただけて光栄です」


 「会場の手配や料理の検討、招待客の選定まで、あなたには助けられていたのだもの。いてくれないと寂しいわ」


 第二王妃殿下は唇を尖らせた。


「そういえば」


 私は書類をめくる手を止め、第二王妃殿下へ視線を向けた。


「最近王宮には行かれましたか?」


「ええ、参りましたよ。昨日、妃殿下と昼食を共にしましたから」


「……なにか、変わったことなどはありましたか?」


 なるべくさりげない調子で尋ねると、第二王妃殿下は手にしていた書類で口元を隠した。

 第二王妃殿下は、視線だけで左右を確かめた。

 私も同じように周囲に人影がないことを確認し、そっと第二王妃殿下へ体を寄せた。


「あなたは鼻が利くのね」


「……それは」


 思わず第二王妃殿下を見返すと、殿下はにこりと微笑んでいらした。




 自室へ戻り、私は机についた。

 侍女を呼んで便箋を用意させ、ペンを取った。

 簡単な挨拶を記したあと、手が止まった。

 私の手紙はすべて検閲されている。特に父宛てのものは、入念に。

 ならば母に? それとも弟か、あるいは隠居している祖父母か。

 けれど便箋をどれだけ見つめても、今の状況を綴る言葉は出てこなかった。


 気づけばペン先が乾いてしまっていて、私は諦めて便箋もペンも引き出しへ片付けた。

 窓の外では、傾いた陽が離宮の白い壁をオレンジ色に染めていた。

 窓辺に立つと、中庭ではモルドレッド殿下が補佐官と並んで歩いているのが見えた。


 ふと、殿下が顔を上げた。

 目が合う。

 私はいつもどおりに微笑んで手を振った。

 殿下は何か言いかけるように口を開き、それから静かに閉じた。

 そのまま目を伏せ、離れていってしまった。

 補佐官が私に会釈して殿下を追っていく。


 うん、大丈夫。私はまだ待てる。……寂しいけれど。




 何日か後、少し時間が空いた私は、離宮の資料室へ向かった。

 歴代貴族の家系図や派閥を記した資料、それから社交パーティの参加者一覧を棚から引っ張り出してきた。

 第一王子派、第二王子派、正妃派、第二王妃派、それから私と親交のある令嬢たち。

 一つひとつ目を通しながら頭へ叩き込んでいく。たぶん、記録は残さないほうがいい。

 侍女たちには、さりげなく噂話を集めてもらっていた。

 第一王子派はどう動いているのだろう。……第一王子本人は。

 私は黙々と手を動かし続ける。

 きっとその辺りのことはモルドレッド殿下が調べているだろう。

 私がすべきは、備えることだ。

 いつでも殿下の力となれるように。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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