25.朝の光を受ける鉾
朝、私たちは身支度を整え、王城の正門前で落ち合った。
秋の朝の日差しが石畳へ降り注ぐ中、きらびやかに着飾った貴族たちがずらりと並び、入城を待つ光景は圧巻だった。
先頭には武装したモルドレッド殿下と私、その後ろには礼服姿の父やアグラヴェイン侯爵、道中で合流してくださった方々が続いていた。
さらに西海岸の辺境伯と、その周辺領を治める貴族たちまで集っていた。
「我が妹からの呼び立てでね。まったく、兄遣いの荒い妹だ」
そう笑うのは第二王妃殿下の兄君だ。
他にも、第二王妃殿下と縁のある貴族方が大勢駆けつけてくださっていた。
「モルドレッド殿下、先日はお世話になりました」
「娘より、ヴォーティガン嬢の力になってほしいと頼まれましてな」
「我が妻が、ぜひまたヴォーティガン嬢と茶をご一緒したいと申しておりました」
皆さまが、そうして次々に私たちの背中を押してくださる。
私たちが積み重ねてきたことは、決して無駄ではなかったのだ。
そんな光景を前にすると、目頭が熱くなった。
でも、まだ泣くには早い。
隣に立つモルドレッド殿下を見上げると、殿下も静かに私を見つめ返していた。
「行こう、ジニー」
「ええ、ルディ」
モルドレッド殿下と共に城門へ歩み出ると、門番たちが緊張した面持ちで立ちはだかった。
「申し訳ありませんが、これ以上は」
門番たちは手にした刺又を、ぎこちない動きで門前に交差させた。
その気になれば押し通れる。けれど、どう動くべきか。
剣の柄へ手を伸ばしかけたところで、殿下の手がそっと私を制した。
見上げた殿下は穏やかに微笑みながら、真っ直ぐ門番たちを見据えていた。
「……ありがとう、止めてくれて」
殿下は静かな声で言った。
門番は面食らった顔で殿下を見つめる。
「兄上からは捕らえろと言われているんだろうに。でも、すまないが通らせてもらう。俺はこの国の第二王子だから、兄上が真っ当でない手段で父上を脅かすなら、止めないわけにはいかないんだ」
門番は手にした刺又を、わずかに握り直した。
彼らは唾を飲み込み、互いに顔を見合わせてから、私たちの背後に並ぶ貴族たちの顔ぶれを確認した。
再び視線を交わし、小さく目配せしてから口を開いた。
「……我々は門番です。不審な人物を王城へ入れるわけにはまいりません。ですが、城を離れておられた第二王子殿下と、第二王妃殿下がお預かりしているヴォーティガン嬢がお戻りになったということであれば、不審人物とは言えません」
門番は緊張した様子で、一気に言葉を並べた。
モルドレッド殿下も父も穏やかな表情で見守っている。
「また、社交シーズンに各地を治める皆様が国王陛下へご挨拶にいらっしゃることも、不審とは申せません。ただ、我々は門番です。国王陛下と王家、そしてこの城を守る盾にございます」
門番の一人が下がり、すぐに戻ってきた。
「恐れ入りますが、こちらへお越しの皆様の署名をいただけますでしょうか。城内へどなたがお入りになるのか、記録する必要がございますので」
差し出されたペンを父が受け取った。
「むろんだ。たしかに事前の取り決めがあるわけではないからね。入城の手続きは、きちんと踏ませていただこう」
「ご協力、感謝いたします。モルドレッド殿下とヴォーティガン嬢には、こちらで帰城の手続きをお願いしたく存じます」
「ああ、承知した」
殿下は差し出された書類へ流れるように署名し、続けて私も名を書き入れた。
門番は刺又を下げて私たちを通してくれた。
城門をくぐった瞬間、外の喧騒が嘘のように遠のいた。
広い石畳の前庭には、淡い秋の陽光が静かに降り注いぎ、噴水の水音がかすかに響いていた。
いつもと変わらぬ光景のはずなのに、どこか張り詰めた空気が漂っていた。
人の気配が少ないのだ。
社交シーズンなら本来、行き交う侍従や侍女、荷を運ぶ使用人たちの声で賑わっているはずだった。王家主催の社交パーティが中止になったとはいえ、人通りがあまりにも少なすぎる。
城内にも、使用人どころか見回りの衛兵の姿すら見当たらなかった。
「静かですね」
私が小声で言うと、殿下も同じ景色を見渡した。
「……兄上が人を遠ざけてるんだろうな」
「余計な目を入れたくない、ということですわね」
「たぶん」
殿下は肩をすくめた。
「まあ、こっちとしては助かるけど」
口調こそ軽いが、握る剣の柄にはしっかりと力がこもっていた。
私はほんの少しだけ歩調を緩め、殿下の隣へ寄った。
「殿下」
「ん?」
「緊張していらっしゃいます?」
殿下は一瞬目を丸くしてから、困ったように苦笑した。
「分かる?」
「分かります」
「そんなに顔に出てる?」
「いえ」
私は肩を揺らして小さく笑った。
「殿下は警戒なさるとき、左手で剣の鞘を引く癖があります」
殿下は思わず自分の手を見た。
「……ほんとだ」
「訓練を見ておりましたから」
「参ったな」
殿下は苦笑混じりに小さく息を吐いた。
そして殿下は、ほんの一瞬だけ足を止めた。
秋の朝の淡い光が、殿下の足元を静かに照らしている。
「ジニー」
「はい」
「もしさ」
殿下は言いかけて、照れたように少し笑った。
「いや、やっぱりやめた」
「言ってくださいな」
「こういうのって、だいたい縁起悪いだろ」
「フラグ、ですわね」
思わず二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
決戦の直前だというのに、妙に可笑しくてたまらなかった。
殿下は小さく首を振った。
「でもまあ、これだけは言っておく」
「なんですの?」
「隣に君がいてよかった」
ほんの一瞬、胸の奥が熱くなって言葉が出なかった。
「……光栄ですわ」
「いや、本当に」
殿下は前を向いたまま、静かな声で続けた。
「一人だったら、ここまで来られなかった」
私はそっと一歩だけ歩み寄り、殿下と肩を並べた。
「殿下」
「うん」
「まだ、ここへ来ただけですわ」
「そうだった」
「これから兄君をぶちのめさなくてはいけませんもの」
殿下は吹き出した。
「君、本当に容赦ないな」
「私の娘だからな!」
後ろから父が声を上げた。
驚いて振り向くと、父だけでなくアグラヴェイン卿や他の貴族方まで、楽しげな笑みを浮かべて私たちを見ていた。
「そうでした」
殿下は苦笑しながら、再び歩き出した。
私もその隣に並ぶ。
前方には、玉座の間へ続く重厚な大扉が静かにそびえていた。
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