23.戦をしに、皆で踊りに
さて、丸一日かけて戦支度を終えた。
というか、モルドレッド殿下が寝込んでいる間に父たちがほとんど済ませていたので、殿下の荷物と当日まで使うものをまとめるくらいで済んだ。
鎧を身につけた私を見るなり、モルドレッド殿下がぱっと顔を輝かせた。
「ジニーも剣士の装いなんだ」
「軽装ですけどね」
薄手の胸当てと籠手、すね当てくらいしか装備していないけれど、腰には細身の剣を下げていた。
もちろん実戦でも使えるけれど、能力の“鼓舞”を使うとき、こうして剣を帯びていたほうが視覚的にもわかりやすいので用意してきた。
「凛々しくて素敵だね。俺の騎士様」
「そ、そういうのではないのですが」
「俺の戦女神だもんね」
「違っ……くもないのですが」
殿下のとろけるような笑顔に、周囲の兵たちから生ぬるい視線が飛んでくるので、本当に止めていただきたい。
***
やがて出立の時刻となった。
移動は我が家の馬車で行う。
父の言うところの「みんな」とは、以前の視察の際や、今回ヴォーティガン領へ避難してくる途中で立ち寄った第二王子派の貴族たちのことだった。彼らを誘いながら、王都へ帰還することにしていたのである。
まずは一番近い領地に向かい、父とモルドレッド殿下、そして私でお誘いする。
こちらの領主には殿下と私で一度ご挨拶していたので、今度は父も交えて、
「王都の社交パーティにご一緒しませんか?」
とお誘いすれば二つ返事で了承してくれた。
「支度が済みましたら即座に追いかけます。必ずや、お力になりましょう」
「ありがとうございます、男爵。辺境の者の底力、見せてやりましょう」
その調子で味方を増やしながら、街道を西へ進んでいった。
王都の城壁が見え始める頃には、それだけで大規模なパーティが開けそうなほどの人数になっていた。
「こんな大人数、王都に入れてくれるかしら」
王都を目前にした馬車の中でふと父に尋ねると、父はニヤリと笑った。
「逆だよジニー。連中は、我々を押しとどめる理由がない」
「どういうことですの?」
「考えてもごらん。これだけの人数の貴族を王都から締め出す正当な理由を、国王陛下が用意できるのかい?」
「あ、なるほど……」
私がぽかんとすると、近くにいたモルドレッド殿下も頷いた。
「たしかに、人数が多ければ多いほど、貴族を王都から締め出す理由が必要ですね」
「そういうことだよ」
父は満足そうに笑って、窓の外へ視線を向けた。
馬車列の先頭には私たちヴォーティガン家の馬車があり、その後ろへ何十台もの馬車が長く連なっていた。
モルドレッド殿下が進めてきた街道整備のおかげで、これだけの大所帯でも順調に王都近くまで戻ってくることができた。
王都へ入った後は、貴族たちはそれぞれのタウンハウスへ向かう手筈になっていた。そこで一晩、片付けや休養を行い、翌朝は城門前集合予定だ。
やがて、王都に最も近い街と周辺一帯を治めるアグラヴェイン侯爵領へ辿り着いた。
父と共に侯爵邸を訪れると、侯爵夫妻は意外なほどあっさりと私たちを応接室へ通してくれた。
「君たちが他国と通じるようには見えなかったし、それならそれで、今の状況について国王陛下とアーサー殿下が何をお考えなのか、確認したいからね」
そうおっしゃって、我々の同行を了承してくださった。
……ここへ至るまで、アグラヴェイン侯爵と同じようなことをおっしゃって同行してくださる貴族は、実は多かった。
元より第二王子派の貴族方はもちろん、第一王子派の方々でさえ父の顔を見ると頷いてくださるのは、ありがたい反面、自分の至らなさも感じてしまう。
そんなことをモルドレッド殿下にこぼしたら、殿下は困ったように笑った。
「君の父上がどれだけの実力者だったとしても、それだけじゃここまで大勢はついてきてくれないよ」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
殿下にそう言われると、不思議とそんな気がしてくる。
元より、殿下が真面目に政務へ取り組んでいる姿を、一番近くで見てきたのはこの私なのだ。
私が殿下を信頼せずに、どうするというのか。
アグラヴェイン邸で休ませていただいた翌日、ついに王都に到着した。
街へ入る大門の前で、私たちはやんわりと門番に呼び止められた。すると父が、面白そうに唇の端をつり上げた。
「ほう、なにか王都に入れていただけない、正式な礼状でもあるのかね?」
「……それは」
門番たちは言葉に詰まった。
後続の貴族らも馬車から降りてきた。
「社交シーズンだぞ?」
「王家主催の社交パーティの招待状もある」
「去年も一昨年も、同じ時期にもっと多くの貴族が王都に集ったではないか」
門番たちはあからさまにたじろぎ、互いに顔を見合わせた。
なにしろ、東部一帯を治める貴族たちが、ほとんど一斉に押し寄せているのだ。
武装らしい武装をしているのは私くらいで、貴族令嬢が一人剣を帯びている程度では、これだけの人数を締め出す理由としては弱すぎる。
「むろん」
父がいきり立つ貴族たちを手で制し、穏やかに微笑んだ。
門番たちは、縋るような目で父を見上げた。
「勅命があれば引き下がるよ。我々が王都に入ってはいけない、正当な理由を提示してくれたまえ」
門番たちが再び顔を見合わせた。
やがて門番たちは観念したように一歩下がり、手を上へ振った。
ギイギイと鈍い音を響かせながら、巨大な門がゆっくり開いていく。
貴族たちは素早く馬車へ戻り、我が家の馬車に続いて次々と門をくぐっていった。
***
「ともかく、君たちは無事に戻ってきたわけだ」
ヴォーティガン伯爵家が王都に構えるタウンハウスで、私たちはようやく一息ついていた。
モルドレッド殿下がソファで背筋を伸ばし、父に頭を下げた。
「ヴォーティガン卿のおかげです」
「もちろんそうだ。しかし、君たちには熱意があった。『何が何でもやらねばならぬ』という決意がね。年寄りというのは、そういうものに弱いのさ」
父はばちんとウィンクを飛ばした。
殿下がやけに嬉しそうに笑う。
私は侍女が淹れてくれた温かいお茶を、静かに口へ運んだ。
窓の外では、王都の空へゆっくりと夕闇が迫っていた。
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