19.辺境伯令嬢としての誇り
第二王妃殿下の執務室の扉が、強く叩かれた。
私と第二王妃殿下は扉へ視線を向け、それから互いに目を合わせ、小さくうなずき合った。
「どうぞ」
殿下が低い声で応じると、次の瞬間、扉が乱暴に開け放たれた。
侍女が私たちを庇うように前へ出ようとしたので、私は急いで下がらせた。
入ってきたのは、アーサー殿下の衛兵だった。
「国王陛下より通達である。ジェニファー・ヴォーティガンは、今しばらく離宮にて謹慎されたし」
「ここ十年近く、ずっとそうしておりますけれど」
思わず言い返すと、第二王妃殿下にドレスの裾を引かれた。しかも懐刀の柄の近くを引いているあたり、私のことをよくわかっていらっしゃる。
「離宮より外へ出ること能わず。むろん、庭園や訓練場への立ち入りも禁ずる」
ほとんど軟禁同然、ということらしい。
第二王妃殿下が私を制して口を開いた。
「理由をお聞かせ願えるかしら」
かつんと高い音が響いた。
衛兵の後ろから、アーサー殿下が顔を出した。
「それは僕から説明させてもらおう。そんな露骨に嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか」
くすくす笑いながら、アーサー殿下は眼鏡の奥の瞳を細め、手元の書類をひらりと持ち上げた。モルドレッド殿下と同じ白金の髪がさらりと流れて、端正な造りの顔に影を作った。
普通にしていれば、アーサー殿下は令嬢たちによくモテる。モルドレッド殿下とは比べものにならないくらい、モテる。
なのに今のアーサー殿下の表情は、いやに愉快そうに歪んでいて、見ているこちらまで気分が悪くなる。
「ヴォーティガン嬢を軟禁させていただく理由は二つ。此度の件は、ヴォーティガン辺境伯の失態でもある。まったく、辺境伯ともあろう方が、王族と敵国の密通を防げないとは情けない話だ」
「なんですって……っ、ぐ……!」
腰を浮かせかけた瞬間、ドレスのウエストリボンを思いきり引っ張られた。
おかげで蛙のつぶれたような声を漏らしてソファへ沈むはめになったけれど、アーサー殿下は顔を上げることもなく、手元の書類をめくっていた。
「それに、君の能力はとても魅力的だ。もちろん、君自身もね」
「間に合っておりますわ」
「ふふ、モルドレッドの言うとおり、頑固なお嬢さんだ。ゲルソンとの物流は盛んだけれど、同時に少々きな臭くもある。そこを管理する辺境伯家と事を構えるのは得策じゃない。だから少なくとも、ヴォーティガン嬢を地下牢へ放り込んだりはしないよ」
アーサー殿下は書類を小脇に抱えて私を見た。
「そういうわけだから、大人しくしていてほしい。先ほど衛兵からも伝えたけれど、庭園も訓練場も出入り禁止だ。それに、離宮全体をこちらの兵で見張らせてもらう」
「監視、とおっしゃってくださって構いませんわ」
「建物だけの話じゃない。人の出入りは、食材や物資の運搬以外は基本的に不可。手紙の検閲はもちろん、面会も禁止させてもらうよ」
たぶん、私の口元は見事なくらいへの字になっていた。
アーサー殿下はまるで気にも留めず、穏やかな笑みを浮かべたままだった。
なのに、その笑顔はひどく歪んで見えて、見ているだけで気分が悪かった。
「では失礼するよ、第二王妃様、ヴォーティガン嬢。どうか大人しく沙汰を待っていてほしい。これ以上、余計な罪を重ねるのは得策じゃない」
音もなく踵を返して、アーサー殿下は出て行った。
衛兵もその後を追っていく。
扉が閉まるや否や、第二王妃殿下が勢いよく立ち上がった。
そのまま窓辺へ向かって外を見やったので、私もあとに続いた。
「手際のよろしいことで」
第二王妃殿下は、地を這うような低い声で吐き捨てた。
すでに離宮はアーサー殿下の衛兵たちに取り囲まれていた。
殿下は侍女を呼び、離宮内の兵たちを集めさせた。ほどなくして集まった彼らへ、殿下はざっと事情を説明した。
「ふむ」
いつも訓練時に師匠として手合わせしてくださる兵が頷いた。
「状況は把握いたしました。して、いかがなさいますかな?」
「いかが、とは……?」
まさか、まだ手があるのだろうか。
「やあね、ジニーったら」
呆然としている私に、第二王妃殿下がにっこりと笑いかけた。
「あなた、それでもヴォーティガン家のご令嬢なの? ここは王宮の離宮よ。脱出する手段くらい、いくらでもあるわ」
「そう言われれば、そうですわね」
すっかり失念していた。
貴族とはそういうものだ。そして、その極みにいるのが王族なのだ。
何が何でも生き延びるのがその使命の一つなのだ。
「もっとも、あなたには教えていなかったのだから、知らなくて当然ね」
「いえ、私は人質ですから。人質に脱出口を教えたりはしませんもの」
だから、今まで教えられていなかったことに違和感はない。むしろ、それが普通なのだ。私だってヴォーティガン邸の脱出口はおおよそ把握しているけれど、それをモルドレッド殿下に教えたことはない。
「とはいえ、きちんと考えて動かなければなりません。離宮に脱出口があることくらい、向こうも把握しているでしょう。まずはジニーの脱出と、モルドレッドの救出。それが叶ったあと、王都を出てどう動くか――そこまで決めてからです」
「はい、第二王妃殿下」
私が答えると、第二王妃殿下はソファに戻った。
隣の席を示されたので、私は黙って腰を下ろした。
兵がすぐに地図を何枚も運んできた。羊皮紙には、王宮内の見取り図が細かく描かれている。
師匠が節くれだった太い指で、離宮の位置を示す。
「現在地がここです。そして、モルドレッド殿下が囚われているのは、おそらくこちらでしょう」
師匠の指が、王宮のほぼ中央を叩いた。
「救出に向かうならこの経路ですが、向こうに読まれている可能性がありますな」
「そうねえ。こちらの地下水路から回り込みましょうか。謁見の間や執務室から離れた道を選ぶべきね」
第二王妃殿下は細い道をなぞった。
「モルドレッドと合流できたら、そのまま北側へ向かうといいわ。ここから城下町へ出られます。貸し馬も手配しておきましょう。ジニー、馬は乗れるわね?」
頷くと第二王妃殿下はまた微笑んだ。
「私からヴォーティガン卿へ手紙を書きますから、持って行ってちょうだい。ああ、大丈夫よ。辺境伯同士にしか伝わらない形で書きますから」
「なんですか、それ」
「そういう暗号の取り決めがあるのよ。辺境伯の一族は、成人すると教えられるの」
「そんなものまであるのですか……」
初耳だった。
第二王妃殿下は元々西側の海沿いを治める辺境伯一族の生まれだ。
つまり、立場としては私とそれほど変わらない。
「ふふん、思い知らせてあげましょう」
第二王妃殿下は目を細め、机いっぱいに広げられた見取り図を鋭く睨み据えた。
「辺境伯をこけにしたこと、たっぷり後悔させてあげましょう」
殿下の瞳がゆらりと燃え上がったように見えたのは、きっと気のせいではない。
思わず背筋を伸ばし、居住まいを正した。
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