15.消えた令嬢
本日は私、ジェニファー・ヴォーティガン主催のお茶会の日だった。
とはいえバケーション期間に入っているので少人数での開催だ。
政務の都合で王都を離れられない貴族の娘や、夏季休暇を兼ねて王都へ遊びに来ている地方貴族の令嬢たちをお誘いさせていただいた。
今回お声掛けしたのは、皆第二王妃派の令嬢ばかりだ。互いに立場を理解しているからか、庭園にはどこか穏やかな空気が流れている。
場所はいつもと同じ、第二王妃殿下が用意してくださった庭園だ。色とりどりの花々が陽射しを浴び、涼やかな噴水の音が庭に響いていた。
「ごきげんよう、ジェニファー様」
「ごきげんよう、この暑い最中にお越しくださり、ありがとうございます」
「地元も暑くはありましたけど、王都はなにしろ人々の熱気がすごいですわね」
「わたくしも初めて参ったときは驚きました。活気に溢れておりますものね」
話題は基本的にのどかな雑談ばかりだった。
王都の貴族の間で流行しているドレスのデザインを教え合ったり、輸入されたばかりの茶葉を飲み比べたり、話題は尽きない。
やがて、穏やかだった話題は少しずつ政治の話へと移っていった。
「ところで、最近ジェニファー様はモルドレッド殿下となにかお企みだとか」
「まあ、耳が早くていらっしゃいますのね」
「わたくしも父からそれとなく聞かされましたわ。なんでも、モルドレッド殿下は叙爵なさるとは確定していないとか」
一人の令嬢が扇で口元を隠して言った。
私はゆっくりと微笑んで、同じように扇で口元を覆った。
叙爵が確定していない――つまり、殿下がまだ王位継承権を諦めていないのではないかと、貴族たちの間で噂されているのだ。
「決めるのは殿下ですわ。わたくしは、それをお支えするだけです。ただ……」
令嬢たちの顔を一人ひとりゆっくりと見回した。
眩しい夏の日差しが庭園に降り注いでいるのに、その場の空気だけはひやりと冷たい。
風にあおられた木々が、ざわざわと葉を鳴らして揺れた。
「今後、何があろうとも、皆様とは良い関係を築いていきたいと思っておりますの。何卒、よろしくお願いしますわね」
私が目を細めると、すぐ隣に座っていた令嬢がクスッと微笑んだ。
「こちらこそ、今後ともどうぞ、よろしくお願いします、ジェニファー様」
そう言って頭を下げたのは、西部に領地を持つ、第二王妃殿下の遠縁にあたる令嬢だった。第二王妃殿下の後ろ盾となれるほどの家格ではない。それでも確実にモルドレッド殿下を支持してくださる方だから、ぜひ親しくしておきたかった。
「いずれ、第二王妃殿下やモルドレッド殿下と共に、我が領にも遊びにいらしてくださいませ。ヴォーティガン領とはまた異なる文化や料理で、おもてなしをさせていただきたく」
「はい、ぜひおうかがいしたく思います」
「父が第二王妃殿下にお土産を多数お持ちしておりますので、後ほどジェニファー様もごらんになってくださいませ」
「ありがとうございます」
頷くと、他の令嬢らも次々に口を開いた。
「お土産でしたらわたくしも、領からお持ちしましたわ」
「私は宮廷貴族の家系なものでお土産はないのですが、母が珍しい花を輸入してまいりましたの。次のお茶会はぜひ我が家で」
和やかな雰囲気のまま会話も弾み、お茶会は滞りなく終わった。
これで、バケーション前に片づけるべき仕事はひとまず完了だ。
世間ではとっくにバケーションも半ばだけど、私のバケーションはこれからだ!!
***
とはいえ、こちとら人質なので、気軽にサマーバケーションの旅行へ出かけるわけにもいかない。
手が空いた第二王妃殿下と庭の手入れに勤しんだり、正妃殿下が王宮の中庭に設えた花壇でお茶をご一緒したりするくらいだ。
それ以外の時間は、モルドレッド殿下の執務室で政務を手伝ったり、疲れ気味の殿下をよしよししたりして過ごしていた。いつもより仕事が少ない分、殿下と顔を合わせる時間も増えている。
そんなある日。モルドレッド殿下の執務室で年度後期の予算案に目を通していると、第二王妃殿下が神妙な面持ちでやって来た。
「ジニー、あなたミランダ・ガレス嬢を知ってる?」
「はい、先日のお茶会でご一緒しましたわ。ミランダ様に何か?」
「連絡がつかないのよ」
「え……?」
第二王妃殿下の説明によると、こういうことだった。
バケーション明けに正妃殿下主催の社交パーティが開催される。
規模の大きいパーティなので第二王妃殿下も準備を手伝っており、ここ数日は招待客の整理を行っていた。
ガレス一家は、バケーションが終われば自領へ戻られる。だから今のうちに参加の可否を確認しておきたいらしいのだけど、どうにも連絡がつかないらしい。
「ガレス一家全員に連絡がつかないのですか?」
顔色を曇らせた第二王妃殿下に問い返すと、殿下はかすかに首を横に振った。
「いえ、ご当主と婦人にはお返事いただいたの。でもミランダ嬢のことだけは、気にしないでくれと……」
「気にしないでくれ……とは?」
意味が分からず、思わず聞き返してしまった。
奥の机で仕事をしていたモルドレッド殿下も、いつの間にか手を止め、静かに第二王妃殿下の言葉を待っていた。
「ええ。ミランダ嬢は伏せっているから、気にしないでくれと繰り返すばかりなの。お見舞いも、お見舞いの品をお贈りするのも断られてしまったし」
第二王妃殿下は眉をひそめ、私へ視線を向けた。
「ジニーは先日のお茶会でミランダ嬢とご一緒したでしょう? だから、なにか変わったことはなかったか聞きに来たのよ」
「いえ、特には……」
ほとんど反射のように答えていた。
顎に手を当てて記憶をたどってみたけれど、お茶会の場でミランダ嬢と大した話をした覚えはなかった。
最初に挨拶を交わし、ガレス領の特産だという柑橘をいただいたので、侍女に頼んで飾り切りにして出してもらった。
他の令嬢たちがその柑橘をとても気に入り、産地の話を聞いていたのを、私は少し離れた場所から眺めていたくらいだ。
帰り際にも挨拶を交わしたけれど、そのときも特に違和感はなかったはずだ。
「はい、思い返してみましても、ミランダ嬢とはこれといったお話をしておりませんし、特に違和感もございませんでした」
違和感を覚えるほど親しく話したわけではないとお伝えすると、第二王妃殿下は難しい面持ちのまま頷かれた。
「そうなのね……わかりました。こちらでももう少し確認してみます」
第二王妃殿下は裾を揺らしながら、足早に執務室を出ていかれた。
私は扉が完全に閉まるまで、静かに頭を下げたまま待っていた。
伏せていた視界の端に、見慣れた長靴が入った。
「ご令嬢が消息不明?」
モルドレッド殿下が、低く落ち着いた声で問いかけてきた。
顔を上げ、そのまま振り返った。
「そこまで深刻なお話なのかは、まだわかりかねますが……」
けれど、第二王妃殿下がわざわざ確認にいらっしゃるほどのことなのだ。
窓の外では風にあおられた木々が大きくざわめき、重たい色の雲が空一面に広がっていた。
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