14.合わない視線
バケーション目前のその日、俺、モルドレッド・ドレイクは父上と兄上と共に政策会議に参加していた。
今、白熱している議題は街道整備についてだった。
主だった貴族が治める土地であれば王都からの街道も整備されているが、爵位が低かったり税収が少なかったりすると、どうしても後回しにされてしまう。
「バケーションを過ぎれば観光客の往来は減るのだから、街道の整備は急がなくてもよいのでは?」
「秋になれば収穫祭等で商人の行き来が活発になる。そんなときに街道が整備で通れないのは困る」
「寒期になれば病が流行る。医師や薬の搬送を考えたら早急に対応すべきだ」
父上は玉座に深く腰掛けたまま、静かに議論を見守っていた。
これはいつものことだ。父上が口を挟めばどうしても議論がそちらへ引っ張られてしまうからと、基本的には最後のまとめ程度しか言葉を挟まない。
兄上は議題によって立場を変えるが、今日は街道整備を急ぐ必要はないという側で、時折静かに発言していた。
「街道の必要性は重々承知だが、それより先に治水を進めるべきでしょう。せっかく作った道も流されてしまっては元も子もない」
「おっしゃるとおりです、殿下。春先の洪水で病も流行りますし、治安の悪化も懸念されます。そちらを優先すべきでしょう」
「モルドレッド殿下は、どうお考えですかな?」
「わたしは――」
俺はゆっくりと、居並ぶ貴族たちの顔を見回した。
期待に満ちた顔、懸念をにじませる顔、不審そうな顔、面白がっている顔。そしてこちらを見ない兄上と、何を見据えているのか分からない父上の顔。
「地域によって対応を変えればよろしいかと。山岳地帯に連なる地域は早急に治水を進めないと、例年のように雪解けによる洪水が懸念されます。ですが、南部では秋の豊穣祭で商人が出入りしますから、バケーションが終わったらすぐに街道の整備に入ればよろしいのではないかと考えます」
父上が静かにこちらへ視線を向けた。
なのに目が合っている感覚がなく、背筋がぞわりと粟立った。
兄上は相変わらず、瞬きすら少ない静かな目で父上を見つめていた。
「ふむ、よいのではないかね」
父上は、殊の外明るい声でそう言った。
「地域により求めるものが違うのは当然だ。北部、東部、南部、西部、それぞれで進めたい事柄を提出するように。財務官と精査して予算を割り当てる。取りまとめは……」
父上は各地域の主だった貴族たちの名を順に呼び上げた。
四人はうやうやしく頭を下げる。
父上が穏やかに微笑み、それを合図に会議は終わった。
「さすがはモルドレッド殿下。素晴らしいご意見でした」
声をかけてきたのは西部の貴族だった。治める土地が先日の視察の行路に入っていなかったこともあって、これまであまり話したことはない。だが、たしか母の出身地にほど近い地域を治めていたはずだ。
「……ありがとうございます。先日の視察での経験が生きました」
「それはなにより。ぜひ、視察でのお話をお聞かせください」
「はい。わたしにも卿のお話を聞かせてください。たしか、西部の海に近い地域をお治めでしたね」
「ご存知でしたか。いやはや、小さな領地ではありますが――」
さらに何人かの貴族が集まってきて、そのまま連れ立って昼食へ向かった。
会議室を出る前に振り返ったが、父上も兄上も他の貴族たちに囲まれ、その姿はほとんど見えなかった。
***
「ただいま戻ったよ」
「おかえりなさいませ、殿下」
昼食を終えたあと、俺は離宮へ戻って執務室へ向かった。
ジニーが待っていてくれた。けれど、政務官や侍女たちもいるから、軽く挨拶を交わすだけで我慢する。
「会議はいかがでございましたか?」
目の前までやって来たジニーが、小さく首を傾げた。柔らかな髪が夏の光を受けて、ふわりと揺れる。
「んー、うーん……」
どう説明すればいいのかわからず、つられるように俺も首を捻った。
斜め後ろに控える補佐官も、たぶん俺と似たような困り顔をしている。
「一応、俺の意見は通った」
「一応ですか」
「いや、意見としてはちゃんと通った。だけど、父上が妙にらしくなかったんだ」
俺はジニーと並んで、応接セットのソファへ腰を下ろした。
胸の奥が妙に落ち着かず、気づけばジニーへぴたりと寄り添うように座っていた。
補佐官は何も言わず、慣れた様子で自分の席へ下がっていった。
「殿下?」
「議題は街道整備についてだったんだ。それで、着手する時期をどうするかとか、街道整備より治水を優先すべきだとかで議論になってさ」
「想定通りですわね」
「うん。兄上は治水を優先したいと言っていて、それで誰かが俺にも意見を求めたんだ。だから、必要な場所で必要なことをすればいいって答えたら、そのまま話がまとまった」
ジニーが、不思議そうな顔で俺を見つめた。
夏の風がそよそよと吹き込み、彼女の髪をやさしく揺らした。
窓の外から咲き誇る花々の香りが漂い、噴水の水が跳ねる音がする。
落ち着かなくて、膝の間で指をもてあそんだ。
「父上はさ、即決しないんだよ」
「……そういえば、そうでしたわね。一度は持ち帰る方でした」
ジニーが目を伏せた。
彼女の細い指先が顎に触れた。
「地方視察に君を同伴したいって父上に伝えたときも、そうだったよな。どんな案件でも、一度持ち帰って財務官や政務官、兄上たちと本当に可能か検討する。今まではずっとそうだった……なのに今回は、その場で決めたんだ。しかも、一切反論もせずに」
思い返せば思い返すほど、おかしな点ばかり浮かんでくる。
最後に浮かべた穏やかな笑みでさえ、どこか胡散臭く見えてくる。
俺の父上は、もっと落ち着いていて、淡々と理を積み重ねるような人だった。
何事にも動じず、理でもって政治を動かす人だったのに。
それに、兄上の様子も妙だった。
あれだけ議論が白熱していたのに、会議のあいだ一度たりとも兄上と目が合わなかったのは不自然すぎる。
……なのに、その不自然さに誰も何も声を上げなかった。
「……殿下」
「ん」
気づけば、ジニーが不安そうに俺を見つめていた。
「しゃんとなさいませ、殿下」
「……うん、そうだったな。悪い、少し動揺してた」
兄を、止めなくては。
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