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12.帰還と作戦

 無事に父の説得も済んで、私とモルドレッド殿下は王都に戻ってきた。


 それからしばらくは、一緒に報告書を作ったり、それぞれの政務に追われたりする日々が続いた。

 その中で、私と殿下は時折城下町に顔を出すようにした。


 きっかけは、父のこんな言葉だった。


「優れた為政者というものは貴族や、国王陛下の支持も必要だが、まず臣民から支持を得なくてはならない」


 と言われたのだ。

 すると殿下も、


「俺が王位を継承する気はないと明言していたのは対貴族だけだし、城下町ってほとんど行ったことがないんだ。だから、君と俺とで視察してさ、顔を売ってもいいと思うんだよ」


 とおっしゃるので、行けてもせいぜい週に一度だけれど、やらないよりはずっといい。

 少なくとも、国王陛下につきっきりのアーサー殿下には、まず思いつかない手段だ。


***


 それに、目的はどうあれ、城下町を散策する時間は純粋に楽しかった。

 子供のころは、私も城塞都市の中を自由に駆け回っては、よくばあやをまいたものだ。

 もっとも、まいたつもりになっていたのは私だけで、ばあやはしっかり後をついてきていたのだけれど。


「まあ、おいしそう」


「店主、こちらは?」


「鶏の串焼きですよ、お坊ちゃん。しがない庶民の食べ物だ。お貴族様のお口に合うとは思えないがね」


「おひとつくださいな。殿下、半分こしましょう」


「で、殿下!?」


 店主が目を白黒させながら、串焼きをよこしてくれる。店主は目を白黒させながら串焼きを差し出してくれた。私の侍女が能力で毒がないかだけ確認してから返してくるので、私は殿下と半分ずつ分け合って食べた。


 「おいしい! すごくおいしいです。タレが甘辛くて、お肉も柔らかいですわ」


「そ、そんな大したもんじゃねえよ……お貴族様なら、普段もっといいもん食ってるだろ……」


「それはそれ、これはこれ。私、ヴォーティガン家の者ですから、こういったすぐに食べられる食事は慣れているんです」


 戦時中の携帯食として、だけれど。それに、携帯食よりずっとおいしい。


「ヴォーティガン……ヴォーティガン辺境伯家のジェニファー様!? ってことはこちらはモルドレッド殿下!? こ、こんな粗末なもんを食わせて不敬罪でとっつかまっちまう!!」


 殿下は目を細め、怯えきった店主へやさしく微笑みかけた。

 夏の陽射しが、殿下のさらさらした白金の髪に反射してきらきらと輝いていた。

 同時に、ふわりと花のような香りが漂った。


「どうか、ご自身の商品を粗末だなんて言わないでほしい。とてもおいしかった。ありがとう」


 店主がぽかんと殿下に見とれている間に、私たちは次の店へ向かった。

 その途中、少し先から喧騒が聞こえてきたので、殿下と目配せして様子をうかがった。

 そこでは、酒臭い息を吐きながら、酔っ払いらしい壮年の男たちが掴み合いの喧嘩をしていた。

 観戦していた年配の女性が、私と殿下に気づいた。


「お貴族様がこんなしょうもない喧嘩野次馬するものじゃないよ」


「あ? お貴族様だあ?」


 喧嘩していた男の一人が、足をもつれさせながらこちらへ近づいてきた。

 殿下が素早く私をかばう。


「けっ、見世物じゃねえぞ!?」


 その瞬間、殿下から先ほどと同じ花のような香りがふわりと広がった。

 それと同時に男性がゆらりと立ち止まった。


「お気を悪くされたのなら、申し訳ございません。たまたま通りがかったものですから」


「あ、いや……」


「僕ら、お恥ずかしながらこの辺りには明るくないんです。おすすめのお酒があれば教えてください」


 喧嘩していたもう一人の男性も寄ってきた。


「お貴族様に勧められるような上等なもんなんか、この辺りにはねえよ」


「ご謙遜を。そもそも僕、家では母が厳しくて、ほとんど飲ませてもらえないんです。……第二夫人の子なものですから」


 半分くらいは本当だ。

 殿下は王宮でも離宮でもほとんどお酒は嗜まない。

 でも第二王妃殿下が飲ませないのではなく、味が好きではないからというだけだ。


 ちなみに私は、お酒を飲める年になって初めて殿下と飲んだ際、相当暴れたらしく、それ以来、禁止されている。


 周囲の人々は首を傾げ、それから何かに気づいたようにぱっと目を見開いた。

 人々はひそひそと顔を寄せ合い、それから最初に声をかけてくれた女性が私を覗き込んできた。


「もしかして、第二王子のモルドレッド殿下と、ジェニファー・ヴォーティガン嬢なのか?」


「はい。城下町の視察という名目ですが、のんびり散策させていただいております」


 明るく答えると、人々がどっとざわめいた。けれど、それもすぐに落ち着き、殿下は男性たちからおすすめの酒場を教えてもらっていた。

 私のほうも、婦人たちから境遇を気の毒がられたり、殿下との恋話を根掘り葉掘り聞かれたりした。



 日が落ちる前に、私と殿下は切り上げて、馬車で城の裏門から戻った。

 離宮の庭園へ入ったところで、私たちはそろって足を止め、顔を見合わせた。


「大丈夫だったかな」


「おそらく。でも、第一王子とやってることが同じでは?」


「喧嘩を止めてるんだから、私利私欲ではない……はず」


「やり方がぎりぎりですわ、殿下」


 先ほどの喧嘩も、人々が私たちの正体に気づいて騒ぎになりかけたときも、殿下は『抑制』の能力で場を静めていた。

 そんな危ういやり方を、視察から戻ってから、私たちは週に一度のペースで続けてきた。


「しかし、成果は出ているようですよ」


 離宮から迎えに出てきた殿下の補佐官が、手元の紙の束に目を落とした。


「『モルドレッド殿下が城下町を視察なさっている』『殿下の来訪により治安が改善』『庶民にも丁寧で親切なヴォーティガン嬢』……」


「なんですの、それ」


「城下町で売られていた新聞です。どうぞ御覧ください」


 渡された新聞を殿下と一緒に覗き込むと、たしかに殿下をたたえる記事がいくつも載っていた。私はそっと畳み、補佐官へ返した。


「この調子で頑張ろう、ジニー」


「やりすぎないようになさってくださいね」


「努力する」


 補佐官が新聞とは違う書類を取り出し殿下に渡した。


「さ、夕飯まで時間があります。殿下の決定を待つ書類が山のようにございますから、どうぞ、お戻りください」


「うぐ……。じゃあまた、ジニー。夕食のときに」


「はい、殿下」


 頭を下げて殿下を見送った。

 私にももちろん山ほどやることがある。

 執事に呼びにこられる前に、私も仕事へ戻ろう。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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