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11.防人たちの誇り

 やがて初夏も過ぎ、本格的な夏になろうかという頃、ブリテニア王国の東端にあるヴォーティガン領へとたどり着いた。


「きれいなところだ」


 殿下は生まれて初めてやってきた辺境の地に、目を輝かせた。


 私もここへ来るのは何年ぶりだろう。

 そもそも王宮に召し上げられてから、ほとんど城から出ることもなく過ごしてきた。

 久しぶりの故郷は海風が吹き抜け、潮の香りと青々とした畑がどこまでも広がる、のどかな場所だ。

 それらを馬車から眺めながら、殿下はぽつりとつぶやいた。


「ジニーは、こんなきれいなところで育ったんだな」


「はい……私の、自慢の故郷です」


「ごめん、もっと早く来られなくて。ごめん、もっと、俺が」


「何をおっしゃいますの」


 私は殿下の骨ばったこぶしに、そっと手を重ねた。


「殿下が視察にお誘いくださったから、こうして一緒にこの景色を見られたのではないですか。私も殿下にお見せしたかったんですのよ」


「……うん、ありがとう、ジニー」


 畑の間の細いあぜ道を抜けると、馬車はゆっくりと都市部へ入っていった。

 我がヴォーティガン邸は海に面した崖の上の城塞都市の最も奥、つまり戦争の最前線となる場所に建っている。

 王家の紋章が入った馬車が通りに差しかかると、通りの空気がざわりと揺れ、住民たちのざわめきが馬車の中まで伝わってきた。当然だった。ヴォーティガン家も、この領地に暮らす人々も、王家によい印象などほとんど持っていない。


「殿下、帰省の挨拶は私からさせてくださいませね」


「それは俺が」


「そうしないと、暴動が起きて帰りの馬車がなくなりかねませんもの」


 モルドレッド殿下が、いぶかしげに眉を寄せた。

 私がにこりと微笑んだ瞬間に、馬車が城の前で止まる。

 すぐさま馬車を飛び降り、御者より先に門へ向かった。


「ただいま戻りました」


 目を丸くする門兵に声をかけると、彼らの瞳が潤む。


「ひ、姫様……っ」


「開けてくださる?」


「もちろんでございます!!」


 ぎいぎいと重たい音を立てながら、ゆっくりと門が開いていく。私は大きく息を吸った。


「ジェニファー・ヴォーティガン、ただいま戻りました!!」


 目いっぱい声を張り上げると、背後から割れんばかりの歓声が上がった。

 馬車から苦笑したモルドレッド殿下が降りてきて、私に並ぶ。


「熱気がすごいな」


「当然です。ここでは団結しないと生き残れませんもの」


 今は戦争をしていないけれど、いつ何時また火が上がるかはわからない。

 戦争は、起こる前日までは平和なのだ。

 振り向いて、門の前に集まった民衆へ大きく手を振った。


「そういうことをするから、王家から警戒されるんだ」


 真後ろから声がかかった。

 見ると、父が笑っていた。


「しないほうがよかったですか?」


「まさか」


 父はくすりと笑い、殿下と、その後ろに控える馬車へ視線を向けた。


「やらなきゃ、ブリテニア王国の王子が一人減っていたかもしれんからな。わたしとしてはどちらでもかまわんが」


 モルドレッド殿下が「ヒュッ」と息を呑む音が聞こえた。

 そういうことを言うから、王家から警戒されるんですよ、お父様。


***


 私は昔使っていた部屋へ、殿下は客室へ荷物を運び入れたあと、二人で応接室へ向かった。


 途中でばあやや執事には泣かれるし、殿下と補佐官、それから第二王妃につけてもらった侍女たちは使用人に睨まれて、ひどく肩身が狭そうだった。

 応接室では両親が待ち構えていた。


「この度は視察を受け入れてくださり、ありがとうございます、ヴォーティガン卿」


「なに、かわいい娘を連れてきてくれるとなれば断れないさ。相変わらず君たちは娘の使いどころがうまい」


「お父様、おやめになって。モルドレッド殿下は私を同行させるために国王陛下を説得してくださったんですよ」


 モルドレッド殿下は青ざめているし、父の笑顔は引きつっているし、応接室の空気は最悪だった。なのに母だけは、いかにも楽しそうに微笑んでいらっしゃる。


「まあまあジニー。お父様を許して差し上げて? 何年も会っていなかった年頃の娘が、殿方と親しげに帰省してきたからすねているのよ」


「すねてなどおらん! ……ところで最近、近隣の貴族から少々おもしろい話を聞いてね」


 一瞬で、部屋の空気が張り詰めた。

 殿下と私は思わず背筋を伸ばし、母は扇で口元を隠した。


「……はい。ヴォーティガン卿のお力添えを願いたく、本日はお願いに参りました」


「先に聞くが、ジニー。彼の言葉に嘘はないかい?」


「ございません」


 私がそう答えると、父は目を細め、わずかに口元を上げた。


「聞く価値がありそうだ」


 モルドレッド殿下は膝の上で、こぶしをわずかに震わせていた。

 いつもなら手を添えるけど、今は堪える。


「ありがとうございます、卿。兄上のことなのですが……」


 殿下は、アーサー第一王子がウーサー国王を能力で操っていることと、その狙いがおそらく王位の早期継承にあることを説明した。


「……これはわたしのせいなのですが、私がジェニファー嬢と親しくしていることを兄上はいたく警戒しておりまして」


「ジニーの監禁理由を考えれば当然だな」


 そのとき、窓の外で強い風が吹き抜けた。

 木々の影が窓辺に揺れ、薄暗い室内でゆらゆらと形を変えていた。

 日の差さない部屋の中で、父の鋭い視線が殿下を射抜いた。


「う、はい。そのため、わたしと彼女、ひいてはヴォーティガン卿が台頭する前に兄上の立場を盤石なものにしたい、というのが目的だと思われます」


「まったく、すっとこどっこいだな、君は」


 父のあまりの暴言に、私とお母様は思わず同時に吹き出してしまった。

 それについては正直否定できない。けれど、そもそも離宮全体にそういう空気があったから、殿下一人を責めるのは違う。


「ジニーはどうしたい? わたしとしては、愛娘をそんな危なっかしいことに巻き込みたくはないんだがね」


「モルドレッド殿下がアーサー殿下を差し置いてでも王位継承の意思があるとおっしゃるのなら、私はヴォーティガン家の者として剣になるのはやぶさかではございません」


「彼は、我々が背中を預けるに足る人物かい?」


「足ります。あの王宮で唯一、私の自由を願い、そのために動いてくださった方ですから」


「……そうか。ジニーがそこまで言うのなら、乗ってあげよう。わたしとしても、娘がいつまでも幽閉されたままなのは面白くない。もちろん、君が娘に“良く”してくれているのは知っているからね」


 薄く笑う父に、殿下の顔色が悪くなった。

 母は扇で口元を隠しているけれど、肩が震えていて、まったく隠しきれていない。

 モルドレッド殿下は小さく息を吸い、居住まいを正した。


「王子のままでは、愛する女性の一人も守れないと、遅ればせながら気づきました。どうか、お力添えのほどお願いします」


 殿下が頭を下げた。

 私も続けて頭を下げた。

 父が膝の上で手を強く握るのが見えた。


「二人とも、顔を上げなさい」


 殿下とともに従うと、父はまっすぐに殿下を見つめていた。


「ヴォーティガン家は東の海を守り、国家を逆賊から守り、人民の生活を守る防人(さきもり)の一族だ。むろん、そこの娘も。貴殿には、我々の誇りを守っていただきたい」


「承知仕りました。父王の卿に対する数々の無礼をどうか謝らせてください。まことに、申し訳ありませんでした」


 モルドレッド殿下は再び頭を下げた。

 やがて殿下が頭を上げるころには、父の表情も穏やかなものへ変わっていた。


「さて、話もまとまったことだし、ジニーは一度街に顔を出しておいで。殿下を案内して差し上げるといい。街の者たちも、長らく君の身を案じていたから」


「はい、お父様。ありがとうございます」


「かまわんよ」


 父はひらひらと手を振った。


「今後どう動くつもりなのかは、夕食のときにでも聞かせてくれ。とびきり美味い海の幸と、我が領の新鮮な食材を用意しているからね」


「ありがとうございます!」


 殿下と共に応接室を出た。

 扉を閉める直前、父が母に泣きつく声が聞こえた。モルドレッド殿下が私に甘えてくるときとそっくりで、つい笑みがこぼれた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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