表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/30

10.剣を持つ

 春が終わるころ、地方への視察が始まった。

 まずは王都から馬車で二日ほどの領地へと向かう。

 王都に近い地域ほど国王陛下や第一王子殿下への支持が厚いから、そこではやんわりと現在の国政への疑念を口にする程度にとどめる予定だった。


「まー、俺今まで王位継承の意思はないって表明してたからさ」


「そうですわねえ」


「ジニー? 顔色が悪いよ。少し休もうか」


 向かいに座る殿下が、心配そうに身を乗り出して私を覗き込んだ。


「いえ、大丈夫です。少し疲れが出ているだけですわ」




 ……そう。殿下と作戦会議をして以来、お茶会続きで私はすっかり疲れ果てていた。

 第二王妃殿下に、


「視察前に皆様へご挨拶を差し上げたいです」


 とお伝えしたところ、連日のようにお茶会へ参加することになったのだ。

 ここ数日はモルドレッド殿下に泣きついて、頃合いを見て迎えに来てもらっていたのだけれど、それはそれで婦人方の興味を引いてしまい、かえって引き上げ損ねることもあった。



 窓の外へ目を向けると、街道沿いの景色は初夏の日差しに照らされてまぶしかった。

 青々と茂った木々が街道に影を落とし、風に合わせてゆらゆらと揺れていた。


「殿下、少し窓を開けてもいいですか?」


「もちろん」


 侍女が動くより早く、モルドレッド殿下が窓を開けてくださった。

 青い草の匂いが、少し熱を帯びた風と一緒に吹き込んできた。


「……いい匂い。もうすぐ夏ですわねえ」


「俺、ジニーのそういうところ好きだよ」


 モルドレッド殿下は、愛しむように目を細めて私を見ていた。


「な、なんですか急に」


「今日、俺いつもと違う香水つけてるんだけど気づいた? 俺の香水には気づかないくせに、季節のにおいには気づくんだもんなあ」


 殿下は拗ねたように唇を尖らせ、窓の外へ視線を向けた。

 一体、何をおっしゃっているのでしょう。


「気づいておりましたよ。その香水、私が選ばせていただきましたので」


「えっ、母上ではなく?」


「私です。ちなみに、そのお召し物も、今回お持ちした衣類も、ほとんど私が選んでおります」


「言ってよ!」


「だって私のドレスやアクセサリーは殿下がお選びになったではないですか。私にも殿下のお召し物くらい、選ばせてくださいませ」


 顔を赤くした殿下が、ご自身の袖口を鼻先へ寄せた。


「……なんだか、いつも母上が選ぶものとは系統が違うとは思ってたけどさ。ジニーはこういう香りが好き?」


「いえ、殿下の雰囲気に合うかと考えて選んだだけです。お気に召しましたか?」


「正直、香水の良し悪しはよくわからないんだけどさ」


 殿下は困った顔を私に向けた。


「でも、今度から君が選んで」


「承知いたしました」


 やがて馬車の揺れが穏やかになった。

 窓の外へ目を向けると、どうやら街へ到着したらしかった。

 王都からほど近いこともあってか、街は初夏らしい活気にあふれている。


 街の奥に建つ大きな屋敷の前で、馬車がゆっくりと止まった。

 馬車を降りると、街と周辺の土地を治めるアグラヴェイン侯爵夫妻が、屋敷の前で私たちを出迎えてくださった。


「よくぞお越しくださいました」


「歓迎いただきありがとうございます。活気のある素敵な街ですね。侯爵のお人柄がうかがえます」


 モルドレッド殿下がにこりと微笑み、侯爵へ手を差し出した。


「ヴォーティガン嬢もお疲れではございませんか? どうぞこちらへ」


「ありがとうございます、婦人。先日はお世話になりました」


「本当にねえ。やはり先日のお茶会の後、わたくしと先にいらしていただきたかったわ」


「申し訳ございません、婦人」


 殿下が笑顔で割って入った。


「彼女の姿が見えないと、わたしが不安になってしまうものでして」


「あらあら、無粋でしたわ。ごめんなさいね」


 満面の笑みを浮かべたアグラヴェイン婦人に案内され、私と殿下は屋敷の中へ足を踏み入れた。

 客間につくと、夫人は私を見て首を傾げた。


「寝室はいかがなさいます? 殿下とご一緒になさる?」


「私はソファを使わせていただきます」


「殿下、もう少し頑張りませんと」


 微笑む夫人に、殿下が苦笑した。


「頑張っているのですけれど、彼女が恥ずかしがり屋でして」


「そういう問題ではございませんわ……」


 結局、殿下はドア続きになった隣の寝室へ、侍女に案内されていった。


「殿下のことはお慕いしておりますけれど、結婚となりますと……陛下がお許しになりませんわ」


「それならいっそ、殿下がヴォーティガン伯爵家へ婿入りなされば良いのでは? アーサー殿下が王位を継承なさるのでしょう?」


 客室のカーテンを開けながら、夫人がさらりと言った。

 先ほどまでそばに控えていた侍女たちは、いつの間にか全員退室している。


「今のところ、アーサー殿下が有力のご様子ですわね」


 手のひらに、じわりと汗がにじんだ。

 喉がひりひりする。


「まあ……モルドレッド殿下にも、王位継承のご意思が?」


 こちらの思惑を知ってか知らずか、夫人はためらいもなく核心へ踏み込んできた。

 ゆっくりと唾をのみ込み、慎重に口を開いた。


「最近、アーサー殿下はとてもお忙しそうでして……モルドレッド殿下も、陛下から多くのお役目をいただいておりますし、まだなんとも申し上げられませんわ」


「たしかに、最近アーサー殿下となかなかお目にかかれないと妃殿下もおっしゃってましたわね。社交シーズンですのに」


「そういえば、お見合いも軒並みお断りされているとうかがいましたわ。よほど政務に注力なされているのですね。でも、この時期に何をそこまで……。わたくし、お恥ずかしながら政治には疎くて」


 汗で湿った手を、ぎゅっと握りしめた。

 張りつけたような笑みのせいで、口の端が引きつりそうだった。

 窓の外が明るいせいか、部屋の中は妙に薄暗く感じられた。


「ふふ、ヴォーティガン家の方々は、常に防衛に力を割いていらっしゃいますものね。たしかに今の時期は、そこまで忙しくないものですの。バケーションまではまだ時間がありますし。終われば各地で収穫祭や豊穣祭が始まりますから、その頃は忙しくなりますけれど」


「なるほど……。教えていただき、感謝いたします。離宮で王妃教育は受けておりますけれど、最近は視察に向けて、各地域の歴史や特産について学ぶことが多く、時勢に疎くなっておりました」


「地域の特産ということであれば、この後の食事に我が領の特産である小麦と、それを使ったパンをお出しするから、楽しみにしてらしてね」


「はい、ありがとうございます」


 ふと夫人が顔を上げた。

 夫人の視線を追うと、モルドレッド殿下がドアの隙間からこちらを覗いていた。


「そろそろ、ジニーを返していただいても?」


「そうさせていただきます。せっかくですしお夕飯まで街の散策でもされては?」


「ありがたくお受けいたします」


 離宮で過ごしていると、王城の敷地の外へ出る機会はなかなかない。

 せっかくの機会だし、殿下との街歩きを楽しませていただこう。

 名残惜しそうにする殿下の腕を取って、私はアグラヴェイン夫人の後に続いた。


***


「ひい、疲れた」


 街の散策とアグラヴェイン夫妻との食事を終えたあと、モルドレッド殿下は客間のソファで伸びていた。

 私は机を挟んだ向かいのソファで、街歩きの途中にいただいたお茶をゆっくり飲んでいた。


 街を散策する際には、アグラヴェイン侯爵家のご令息とご令嬢が案内してくださったのだけれど、お二人は街の人々によく知られていた。そのせいで、私と殿下が何者なのかまであっという間に知れ渡ってしまい、かなりの騒ぎになったのだ。

 収拾がつかなくなりかけたところで、モルドレッド殿下がご自身の能力である「抑制」を使って街の人々を落ち着かせ、ようやく穏やかに散策できるようになった。


 その後の食事の席でも、興奮冷めやらぬご令嬢と、置いていかれたことに拗ねているアグラヴェイン侯爵家の二番目のご令嬢に、


「モルドレッド殿下はジェニファー様のどこをお慕いされているの?」


「ジェニファー様は?」


「モルドレッド殿下の御髪の手入れはやっぱりジェニファー様が?」


「殿下のお召し物はジェニファー様がお選びに?」


 と、次々に質問を浴びせられた。主に私へ。

 殿下はアグラヴェイン卿と談笑しながらも、私のことが気になっていたらしく、そわそわと視線を向けてきたり、込み入った質問には割って入ったりと落ち着かないご様子だった。


 その結果、今はソファに沈み込むようにして力尽きていらっしゃる。

 ソファの隣には殿下の補佐官が肩をすくめていた。


「お疲れ様です、殿下。ですが、疲れ果てた甲斐はありました」


「……あった、かな?」


 殿下は顔も上げずに、言った。


「ええ。ヴォーティガン嬢も夫人へ、さりげなく『アーサー殿下の動きに不穏な点があること』『モルドレッド殿下にも王位継承の意思がまったくないわけではないこと』『国王陛下が、まだアーサー殿下へ完全に決めているわけではないこと』を伝えてくださいましたし」


「さすがだ、ジニー。愛してる」


「私もお慕いしております。うまくできておりましたでしょうか? お恥ずかしながら、貴族の子女でありながら、ああいった駆け引きはあまり得意ではなくて」


「完璧ではありませんでしたが、問題ありません。そもそもアグラヴェイン婦人ご自身、中立のお立場ですからね」


 補佐官は眼鏡を直しながら言った。

 そもそも王都近郊にお住まいの婦人方なら、私に権謀術数の才がないことくらい、皆さまご存じだ。お茶会でも婦人方に心配されるくらいだし。

 私にできるのは、剣を取って先頭に立つことくらいだ。それでも、振るえる剣の種類は多いほうがいい。


「殿下、このお茶おいしいですよ。殿下も召し上がりますか?」


「君がそう言うのなら、いただこうかな」


 私たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。そのうち少しずつ慣れていくしかない。

 そうでも考えなければ、国家への反逆など続けていられなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

楽しんで頂けたらブクマ・評価・感想などで応援いただけると大変嬉しいです。

感想欄はログインなしでも書けるようになっています。

評価は↓の☆☆☆☆☆を押して、お好きな数だけ★★★★★に変えてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ