第9話:瑠羽/協力と訪問の約束
「――さて、真白くん。一つお願いしたいことがあるんだけど」
「…………聞こう」
真白の表情は硬い。何か無茶なことを頼まれるのでは、と思っている様子だ。
「そんなに警戒しないで頂戴。あなたは『協会』に加わりはしたけれど、今は何の実績もない。この組織にノルマがあるわけではないけれど、こちらの世界で生きるのならばある程度の実績がないと日銭を稼ぐこともできないわ」
「経験を積むための依頼、ということか?」
怪訝そうな顔をする真白。気持ちはわかる。そしてその推測は当たっている。
「それもあるけど、本題は――あなたとの戦いで発生した諸々の費用を少しでも回収しようと思って」
精一杯優しい笑みを浮かべたつもりではあるが、ルウ自身顔の引き釣りを感じていた。――先ほど烏から渡された請求書。学校周りの後処理やここ数日の様々な調査、バックアップ。すべてまとめると結構な額であった。その上何の成果も得られていない。唯一手に入ったのは真白という少年に先輩面する権利だけである。ここは有効活用せねばならない。
「……その言い方、俺をただでこき使おうとしていないか?」
真白の言葉にルウは首を振る。
「いいえ、きちんと給与は支払うわ。そうね、時給換算二千円くらいは出せると思う。どう? 怪我があれば手当も出すわ」
「……今のバイトよりも割がいいな。一考の余地はある」
ちなみに時給二千円で命をかける馬鹿はいないので、ルウの提案は完全に詐欺である。
「――だが、内容次第だ。金額だけで判断は難しい。協力内容を教えてくれ」
真白は思ったより冷静だった。ルウは内心舌打ちをしつつ、説明を始める。
「別に、難しいことじゃないわ。私はとある相手を追っている。その追跡に力を貸してほしいの。具体的には、調査、追跡、戦闘ね」
昨日手が届きそうだったターゲット。当然警戒も強めているだろう。ルウは右腕を失って以降魔力が激減しており、こと戦闘能力においては一般的な魔術師を下回る。昨日の機械人形程度であれば対処可能だが、今後もそうとは限らない。――彼女としては、戦力が欲しいのだ。
「戦闘……話し合いや交渉は難しいのか」
真白の言葉にルウは目を細める。
「ええ。ターゲットは私の大切なものを盗んだ。――この、右腕をね。最初っから、殺し殺される関係なのよ」
ルウは改めて右手の袖をまくり、白金の機械義手を露わにする。
「――――それは、奪われたものだったのか」
真白の表情が変わる。悼むように。同時に、怒る様に。
「ええ。あなたの『伝承』と同じように、歴史を秘めた神秘を持つ腕だった。――私は、それを探し続けている。取り戻すために、あなたの力を貸してほしい」
睨むように、ルウは真白の目を見る。――使えるものは、何でも使う。だって、あの腕は、彼女の存在証明なのだ。今の彼女はゾンビのようなもので、腕を取り返して初めて黄泉返る。
「あぁ、もちろん。俺にできることなら」
そんな彼女の決意を受け止めるでもなく。まるで暖簾を押したかのように、真白は笑う。
「えっ……いいの?」
思わず問い返すルウ。だって、命を失うかもしれないのだ。彼にとってのメリットが、時給二千円ではあまりに少ない。
「うん。だって、俺はもうこちらの世界で生きていくしかないんだから、選択肢なんてないだろう。それに――誰かが困っているなら、助けたいと思うのは当たり前だ」
そんな、当たり前の高校生のような――それでいてヒーローみたいなことを、彼は口にした。
「――――あ」
眩しくて、目を細める。それは、ルウが過去に失った感性。ただ、困っているから助けたいという、人として当たり前の気持ち。過去を失った彼の、それでも残っている行動原理。
「……あなたの中には、きっといるのね。誰かを助けたいと思う、英雄が」
いつか、自分の中にも戻るだろうか。そんなことを思いながら。
「よろしく、真白くん。頑張って私を助けてね」
ルウは自分が、本当に珍しく心から笑みを浮かべているだろうことを自覚していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はいはい。青春青春。んで、どうすんだこれから」
揶揄うようにカラスは言う。……腹立たしいが、彼女の協力なしにこの先の目的の達成は難しい。務めて冷静に、ルウは口を開く。
「カラス。ターゲットの位置は掴めてるの?」
「あぁ、逃走後にチェックしたが、各所の監視カメラでは見つからなかったな。認識阻害の術なり道具なりを使ってそうだ。だが、建物内の魔力の痕跡から調査した結果――アジトの一つと思しきところは見つかった」
「――そう。場所は?」
カラスは無言で手元の端末を弄る。直後、ルウのスマホが震えた。
「…………情報料、高いわね」
「『烏』を使っての調査なんでね。特別料金だ。――どうする? 自分で調査するか?}
カラスの情報収集はとある『伝承』と現代技術を組み合わせた、最上級の技術である。はっきり言って、他の誰でも彼女の真似はできない。持ち合わせるスキルを考えたら対価としてはむしろ安いくらいである。
「……仕方ない。払うわ。そこの周辺監視は可能?」
「ああ、既にやってるよ。結界が張られているから近寄ることはできんが、アジトから移動はしていないようだ」
ルウはしばし考える。さすがに疲労もたまっているし、今攻め込んだところでさらに警戒させるだけだ。一旦準備を整えてからの方が良い。
「いいわ。なら、明日の夜にアジトを襲撃する。――真白くん。手伝ってもらうわよ」
「あぁ。よくわからないが、明日は学校も休みだし、できることはしよう」
真白は本当によくわかっていないようだが、力強く首肯している。方針は決まった。後は戦力の把握。
「真白くん。あなたの力を知りたいわ。ただ、今日はもう遅いから――明日、私の家に来てもらえる? とりあえず、連絡先を交換しましょう」
スマートフォンを操作し、自らの情報を探り出す。お互いに不慣れなその状況が何となくおかしかった。
約束を交わし、ルウと真白はカラスの根城を後にする。まるで異世界のような裏路地を抜け、大通りに出たところで手を振った。
「住所を送っておくわ。――また明日」
そう言って、返事を聞く前にルウは真白に背を向けて歩き出した。
「……真白くんは紅茶、好きかしら」
明日、招いたときに何でもてなそうかと、悩みながら家路につく。――思えば、そんなことを考えるのは、生まれて初めてのことだった。




