第10話:真白/ただのありふれた話
「……でっかい家だな」
約束の午前十時。その五分前。真白は思わずつぶやいた。
都会にあるまじき庭付き門付きの古めかしい西洋屋敷が、昨日ルウから聞いた住所に鎮座している。
住宅街のはずなのに、周辺に人の気配はない。どこかに行くための経由地ではなく、道の終端に存在しているので住人か迷い人以外は入ってこないのだろう。古めかしい門柱に不似合いなインターフォンを押す。
『入って』
呼び鈴に間髪入れずルウの声が機械を通じて響く。同時に門の鍵が外れる音がした。どんな仕組みかはわからないが、自動化されているようだ。
真白は言われるままに門を開け、中に入る。玄関までそう距離があるわけではないが、門からの石畳を歩く間、違和感に襲われる。おそらく結界とやらだろう。魔女の住む屋敷なのだから当然である。扉の前でノックをするべきか悩んでいると、扉が勝手に開かれた。
「来たわね。どうぞ」
真白は声も出せないほどに驚いていた。中から扉を開けたのはルウで、そこまでは予想通りだったのだが――彼女はエプロン姿だった。自宅だから当然だが、Tシャツにハーフパンツというラフな格好をしていて、右手の義手も露わである。昨日までの彼女とは全く異なる雰囲気に、真白は面食らってしまった。
「――――お、お邪魔します」
何とか言葉を絞り出す。
「ええ。靴のまま入って構わないわ。どうぞ」
屋敷の中は古めかしい装いだ。映画でしか見たことがないような内装や絨毯。その雰囲気とはちぐはぐな、銀の機械義手にエプロンを身に纏う少女。そのアンバランスさを認識していたはずなのに、思わず口をついて出たのは。
「君は、エプロンが似合うな」
そんな、よくわからない台詞だった。真白自身でも発声した後に驚いたくらいだ。
「――――初めて、言われたわ」
ルウは照れるでも怒るでもなく、瞳をまんまるにしてこちらを見ていた。その言葉が、信じられないというように。
「そうだろうね」
思わずそんな言葉を返してしまう真白。
「…………あなた、喧嘩を売っているの?」
「いや、断じて。自分でもよくわからないんだけど――」
その、アンバランスな姿の中に、彼女の本質を見たような気がしたのだ。
「……まぁ、いいわ。お茶が冷めるから、早く来て」
心なしか、優しい声に導かれ、リビングらしき場所に辿り着く。四人掛けのテーブルには、湯気が立つ紅茶と、クッキー。
「そうだ。これ」
大したものではないが、近所の和菓子屋で買った羊羹を手土産として渡す。
「ありがとう。……意外ね、もっと気が利かないかと思っていたのに」
失礼なことを言われている気がするが、先ほどの意趣返しかもしれないので反論はしない。
「養父がね、誰かの家に招かれたときには手土産を持っていくのが礼儀だと教えてくれたんだ」
初めて仲良くなった友人の話を彼にした時のことだ。家に訪れるということは、相手の家族に負担をかけることになる。だからせめて感謝の気持ちを持つようにと。
「ふうん。……きちんとした方なのね」
「変人だけど、道理はわかっている人だと思うよ」
促されるままに、席に着く。紅茶には詳しくないが、カップと香りだけで上等なものだと想像がついた。
「そう。――あら、羊羹。自分では買わないから、ありがたいわ」
キッチンに手土産を片付け、ルウはそのまま真白の正面に座る。エプロン姿のままだから、なんとなく本題に入るのは躊躇われた。紅茶に口をつける。
「詳しくはないけど、香りがいいな、美味い」
「そうね。一応お客様だから、上等なものよ」
ルウも紅茶を口に運ぶ。……なんというか、雰囲気が非常に柔らかい。真白は魔術師としての彼女ではなく、同世代の少女としての彼女に質問をすることにした。
「一人で住んでいるのか?」
この屋敷は広い。庭も含めて、管理でさえ大変だろう。リビングの窓から見える庭も、屋敷の中も手入れが行き届いているように見えたので、少なくとも家族はいるのではないかと想像したのだ。
「いえ。母と使用人がいるわ。ただ――今は二人で外国を飛び回っていて、しばらく帰ってきていないわね。だからここしばらくは一人よ」
「……それは、色々大変そうだけど」
掃除とか。普段は使用人とやらがやっているんだろうが、今はルウが何とかしなくてはならないはずだ。
「いえ、母の『人形』がいるから。基本的なメンテナンスは任せているわ」
「人形……?」
ルウの言葉に疑問を返すと――かすかな音と共に、突然リビングの入り口に人影が顔を覗かせた。
「うわっ!」
気配がなく突然現れたため、真白は思わず声を上げる。が、改めて観察すると、それが生命を持たない存在だと理解できた。
ルウの右手のような機械式のものではない。遠目からでは人と遜色がない姿の、メイド服を身に着けた、少女を模す精巧な人形。彼女は、こちらの声に一瞬反応したものの、その後は気にする様子もなく部屋に入り、落ちていた小さな屑を拾い去っていった。
「……なるほど、あれが」
「ええ。アレが屋敷管理を任されている人形よ。母は、人形師、と呼ばれるタイプの魔術師なの。疑似的な生命を作る。――場合によっては、人の部品としてさえ使いうる、精巧かつ異常なヒトガタの制作者」
なんとなく、ルウの右腕に目をやる。――趣は違うが、彼女があの精巧な義手を所持している理由も、母親に起因するものなのかもしれない。
「真白くんは一人? 養父の方と同居かしら」
「いや、アパートで独り暮らしだよ。掃除に困るほどの広さはないけれど」
家でやることは睡眠と勉強くらいなもので、部屋にはほとんど何も置いていない。
「ふうん。一人暮らしは、大変じゃない?」
「そうだな。でもバイト先で賄いを貰ってるから、食事はそんなに困ってないんだ」
「バイト? あの路地のあたりかしら。――だから、あんな所にいたのね」
一昨日の夜。たまたまあの時間にあそこを通ったから、真白とルウは出逢ったのだ。
「ああ。一応お金は養父から貰っているんだけど。自分で欲しいものは自分で稼いで買うべきだと思っているから」
「なるほどね。……大体事情は分かったわ。お金が必要な理由もね。――じゃあそろそろ、バイト料が払えるように、本題に進みましょうか」
ルウはエプロンを外し、目を細める。――真白の知る、彼女の表情に変わった。
これからが、本当の目的。今まではアイスブレイクに過ぎない。錯覚しそうになった己を正気に戻す。
――ただ、真白にとって今の会話は、紅茶よりずっと上等な時間だった。




