第7話:瑠羽/今は昔の物語
「――事情は分かった」
ルウがこれまでの経緯――彼女が失った右腕を探していて、その途中で真白に目撃され、神秘の秘匿のために殺すことになった――を説明すると、真白は重苦しい表情で頷いた。そして。
「……それで、何で俺が殺されないとならないんだ?」
そんなとぼけた言葉を発した。
「……とりあえず、この十分間が徒労に終わったことはわかったわ」
煤に塗れた用具室の中でルウは嘆息するが、考えてみれば真白は魔術や神秘に関する知識が全くないのだ。秘匿、と言われてもその理由がぴんと来ないのだろう。
「君たちの不思議な力を隠さなくてはならないのは理解した。だが、なぜ殺人まで犯す必要がある?」
その、至極当然な言葉に、ルウの思考は停止してしまった。――考えてみれば、当たり前の疑問だ。当たり前すぎる、一般人の思考。自分が逸脱していることを改めて感じ、ルウは背筋が寒くなった。
「――そうね。本当に、そう。でも、神秘は決して漏らしてはならないの。それは、暗黙の了解であり、厳密なルール。人が神秘を手放し、その代わりに科学を手に入れた頃から続く、定めなの」
「それは、どうしてだ? 特殊な力。確かに危険なものではあるが、使い方を考えれば便利なものだし、隠すのではなく、活用する方向にはできないのか?」
素人ならではの発想。そしてきっと神秘に関わる全てが、幼い頃に思い浮かべる思考だ。
「……もう、すっかり巻き込んでしまったし。命を奪われそうになった理由もきちんと説明すべきね。いいわ、少しだけ話しましょう。――昔々の、おとぎ話を」
◆◇◆◇◆◇
――今よりもずっと神と人が身近だった時代。でも、少しずつ距離ができ始めた時代。与えられる神秘から、自ら生み出せる技術へと舵を切ったその頃だ。
神の加護、あるいは怒りによる奇跡は日常のものではなくなっていった。人は自らの力で生きていく力を身に着け、神の存在を感じてはいても頼ることはなくなっていった。
神もそれを受け入れ、お互いは適度な距離感を保つようになった。ごくまれに、神秘をその身に、あるいは道具に宿したものが現れ、彼らは英雄と呼ばれ奇跡を引き起こす。たまに、神が誰かを助けたり、怒りをぶつけることもあったが、その程度。互いに大きな干渉はなく、信仰と対価によって営まれる関係性だった。
――とある国が、その神秘を独占し出すまでは。
小さな島国のとある小国は、神器や神秘の力を持つ者を集め始めた。それだけにとどまらず、その力を用いて戦場において圧倒的な力を発揮するようになった。
本来英雄と呼ばれるはずの戦士たちも、敵として相対すれば化物でしかない。神の、あるいは魔の力を持つその国はどんどん力を蓄えていく。そして――とあるきっかけで、その国の英雄たちは『神』を殺した。
それが、均衡の破壊。人は神を崇め、神は人を慈しむ。そういった関係性が覆された瞬間。まるで反抗期のようだ。愛し、大切にしてきた存在から、敵意を向けられる。――もちろんそれは親の勝手な思惑で。子からすれば、一挙手一投足を管理されるなんて、煩わしいことこの上ないのだが。
この島国には八百万とさえ言われるほどの神が住んでいる。それがさらに状況を悪化させた。一部の神々は、その国に、英雄たちに憤り、恐怖し、敵対した。結果として――その神々は、自らの力を以てその国を滅ぼした。
後に神罰の変と魔術世界で呼ばれることになる戦いは、一方的な殺戮であり、発生の事実はおろか、滅ぼされた国のあらゆる痕跡すら、表の歴史上から掻き消されたという。
それ以来、神は人が『神秘』を集めることを過剰に警戒するようになった。神を殺しうる力を与えてはならないと、様々な方法で、人から神秘を奪っていった。――魔術師を含む神秘を生業とする人々は、神々の監視を逃れながら、ひっそりとその業を磨き、仲間を集め、歴史の裏で暮らしている。
ゆえに、神秘は秘匿するものとなった。――もしも見つかれば、神様に殺されてしまうのだから。
◆◇◆◇◆◇
「……とりあえず、理解はした」
真白は呟いた後、ちらりと警戒するように窓の外を見た。おそらく、神の『目』を意識したのだろう。
「大丈夫よ。神の監視はそこまで緻密ではないから。――ただ、例えば神秘の存在が世間に知られたりすれば、神は躊躇なく対象者を消し、その力そのものを奪うでしょうね。もしかしたらもっと大規模な破壊や殺戮を起こすかもしれない。だからこそ、私たちのような神秘に触れているものは、その漏洩に対して容赦しないの」
現代においては、スマートフォンやSNSなど、映像の記録、発信が容易にできてしまう。ゆえに、情報の秘匿には昔以上に気を使わなくてはならないのだ。
「それで、俺はどうすればいいんだ? どうしたら……生き残れる?」
真白の問い。仮に今この場で逃走したとしても、今までと同じようには暮らせないと理解したのだろう。ルウが見逃したとて、神秘の力を秘めた彼は、何かの拍子に別の誰かに狙われる可能性がある。――それだけではなく、一生神の視線に怯え、生きていくことになるのだ。
「選択肢は二つ。一つ目の方法は、記憶の消去。魔術による記憶操作は一応可能だから。――ただ、本人の合意がないと失敗する可能性が高い。加えて、あなたの場合は記憶だけではなく能力も封じないと意味がないから、多少手間はかかるわね」
「……なるほど。もう一つは?」
真白は理解したと頷く。彼はぼんやりしているようで頭の回転や理解力は高いようだ。
「――こちらの世界の住人になること。あなたは既に神秘の力を得ている。あとはそれを自らのものと認め、今までの人生に別れを告げれば、一般人ではなくなるわ」
「今までの人生に……」
神秘を身に秘めたものは、日常から切り離される。――いや、正確には、日常に身を置けなくなる。世界の裏側を知ったうえで、当たり前に生きることは難しい。
「もちろん、中には神秘の力を持ちながらそれを秘して学校へ通い、企業に勤め、一般の方と共に生きようとする人もいるわ。――大抵の場合、それは叶わないのだけれど」
「……なぜだ?」
真白の問いに、ルウは意図して笑みを浮かべた。
「――だって、自分だけが持つ特別な力に、溺れない人間はいないでしょう?」
優越、自己肯定、承認。どこにでもいる誰かではなく、特別であることを意識しながら生きてきた人物が。あるいはその力を手に入れた人物が、突然それを手放して生きていくことができるだろうか?
いないとは言わない。平穏を、凡庸を。――無知を、幸福と感じる場合もある。苛烈な過去を経ているならなおさらだ。だが、自分が心血を注ぎ鍛え続けてきた器官を当たり前に捨てることは難しい。命の取り合いに身を置いた戦士が、当たり前の学生生活に戻るのはきっと困難だろう。
「さあ、あなたは、どうする?」
ルウの疑問に、真白はまっすぐな目線と共に、口を開いた。
「俺は――――」




