第6話:真白/蛇の袋詰め
「……熱っ!」
瞬間的な爆発の後、真白は思わず声を漏らす。用具室内に小麦粉をばら撒いた後、必死に跳び箱を盾にして身を隠したものの、爆発の規模を考えれば仕方がない。熱い、くらいで済んだのは幸運だろう。
「……どうなった、かな」
一気に燃え上がった炎は、蠟燭を吹き消したように消えつつある。正直、自分でもなんでこんなにうまくいったのかはよくわからなかった。ただ、記憶の奥底に眠る『誰か』が、恐ろしく冷静に、少女を倒すための戦略を立てたのだ。はっきり言って、この爆発で彼女が死んでいてもおかしくはない。だが、その結果も含めて冷静に受け止めている自分が恐ろしい。――彼の失った記憶には、何が眠っているのだろう。
「小麦粉をかき集めようなんて、今までの自分だったら思いつきもしなかっただろうし」
放課後、戦いに使えるものを探しているとき、家庭科室にストックされている小麦粉のことが脳裏をよぎったのだ。そこから、少女を打倒するための戦略の組み立て、準備含め、彼の想定通りに事が進んだ。
「……後始末、どうするかな」
大量の小麦粉はまだしも、この黒焦げになった体育倉庫をどうするか考えると頭が痛い。それに……。
「もし、殺してしまっていたら」
よく考えれば殺人罪だ。殺されそうになったとはいえ、罪に問われることは避けられない。
「……養父さんに相談してみるしかないか……」
彼の養父は怪しい経歴の人物だが、様々なコネがあるようで、トラブルがあったときは彼に相談するのが常だった……無論、この状況の解決を図れるかどうかはわからないが。
そろそろ煙が晴れる。もし怪我を負っているようなら救急車を呼んで押し付けてしまおう、などと考えていると。
「――知らないのかしら。……蛇って、執念深いのよ」
煙を引き裂き、銀の輝きが飛来する。機械で作られた顎は鋭い牙を煌めかせ、真白の喉に喰らいついた。
「ぐっ……!」
喉元を引き裂こうとする刃を必死に手で掴む。まるで短剣が並んでいるような、鋭利な口元。晴れた煙の向こう、蛇の射出元たる少女は、真白を睨みつけていた。全身がほんのりと焦げ、髪や服装が乱れている。それなりにダメージはあったようだが、致命傷ではないようだ。特殊な能力を持っていることは理解していたが、想像以上に頑丈だったらしい。
「……やってくれたわね。もう容赦はしないわ。このまま牙から毒を流して、殺してあげる」
真白の肉体は、先日少女に殺されかけて以来、よくわからない力を発揮している。校舎を爆発させるような光弾を受けても無傷でいられる防御力と、敵を倒すための最適な戦略を練る頭脳。だが、少女の『蛇』から流されている毒は、その防御を相殺している。このまま受け続ければ、ほどなくして彼女の牙は真白を引き裂くだろう。
「……詰み、ね。ずいぶん手こずったわ。最後に、一つだけ。――あなた、何者?」
もはや少女に油断はない。鋭い目つきで油断なく真白を殺そうと全力を尽くしている。だが、あいにく、死んでやるつもりはない。
「……わからない。俺は、昔の記憶がないんだ。ただ、君に殺されかけてから、よくわからない力と、知識が生まれた。――いや、蘇った、のかもな」
少女はその言葉にさらに目を細めて真白を凝視する。
「何かが、埋め込まれてる? いえ、編み込まれてる? ……あなたもしかして、私と同じ、何らかの神話の――」
少女の瞳が見開かれ、揺れる。言葉に動揺が混じる。――直感的に、今だと思った。頭ではなく、体の中に在る『何か』が行動を起こす。右手に、いつの間にやら布製の袋を持っていた。一抱えほどのものを入れるのにちょうどいい、複雑な意匠のソレを不思議に思う暇もなく、真白は少女の右手を、その袋で覆うように包む。
「! 何の真似!?」
少女の驚きの声。強引に袋で包まれた少女の右腕である『蛇』は、突然その力を失った。そのまま口を縛ると、完全に蛇は動かなくなる。
「俺もよくわからないんだが――蛇退治は、得意らしい」
「――っ、動かない……どうして? 封印? 蛇を……? まさか……!」
少女は目を見開き、唇を噛んだ。それでも諦めることなく、残った左手で光弾を放とうと試みるが――。
「――詰み、だ」
真白はふわり、と羽のような身軽さで跳躍し、少女の真後ろに降り立つ。そのまま、手元にいつの間にやら持っていた、鎌のような刃を少女の首元に当てる。
「……なるほど、ね。蛇を武器とした時点で、私は負けていた、ということかしら。――伝承における天敵、だものね」
嘆息と共に漏れ出た少女の声音に、年相応の幼さを感じ、真白は少し驚いた。
「俺もよくはわからない。相性が良かったんだろう。……それで、だ。俺としては、別に君を殺したいわけじゃない。この後のことを話さないか?」
真白はそもそも巻き込まれた身だ。少女の命を奪うことを目的としているわけじゃない。大事なのは自身の安全。それが守られれば特に文句はない。彼は手にした刃を下ろし、少女と向き合った。
「……あんな爆発を起こしておいて?」
少女は呆れたような、睨むような顔で問う。
「自分の命が優先だったからな。それに――どうも、俺の中に在る誰かは、化物退治が得意らしい」
「……失礼ね。化物なんて」
「夜の路地裏で襲い掛かってくる、機械仕掛けの右手を持つ少女。化物じゃなきゃ都市伝説か怪談だよ」
「……む」
自覚はあるようで、反論はなかった。なんというか、化物なんて呼んでみたものの、思った以上に人間らしいその仕草に真白も少し気が抜ける。
「まぁ、いい。蛇女なんて呼ぶのも申し訳ない。とりあえず、相互理解の第一歩だ。俺は、真白。化野真白。――君の名前を教えてくれないか?」
その言葉に、少女は大きな目を見開いた。何かを忘れていたかのように、こちらの目を見て口を開く。
「――長手瑠羽。ルウでいいわ。よろしく」
その響きは、なんというかその少女に良く似合っていた。
「ルウ、か。なるほど。うん、よろしく。じゃあ、お互いが幸せになるために、話し合いを始めようか」
命の取り合いの末、二人はようやくお互いの名を知った。――用具室の窓から、光が差す。既に太陽はとっくに沈み、空には少し欠けた月が浮かんでいた。




