第4話:真白/魔弾ピッチャーライナー
「――はあっ、はあっ、はあっ」
息が荒い。心臓が壊れそうに鳴り響く。真白は後ろを振り向いた。
「……追ってはこない、か」
下駄箱でへたり込みそうになる。だが、こんなところで寝ているわけにはいかない。早めに学校へ来たのだって昨日やりきれなかった予習のためだ。――しかし、夢じゃなかったんだな、と真白はもう一度校門の方を見る。
「……いなくなった? どこかへ消えたのか」
悪魔かあるいは死神か。美しい姿と冷たい右手を持つ少女。昨日の夜、真白を殺すと宣言した彼女は、どういうわけか学校近くの木の枝に佇んでいた。
「いや、虫系統なのかもしれない。カマキリとか」
色こそ違うが、腕で獲物を捕らえるあたり、よく似ている。
「……とにかく、学校には入ってこないみたいだ」
そういうルールに縛られているのかもしれない。怪談なんかではよくあることだ。色々気になったし内心穏やかではなかったが、真白は当初の目的を果たすべく、教室へ向かい予習を開始する。
――ちらり、と窓の外を見るが、先ほどから変化はない。もしかしたら、自分だけに見える幻覚なのかもしれない。一度忘れることにして、真白は目の前の教科書とノートに集中した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「――そろそろ、動かないと」
放課後だ。真白は深いオレンジの空を見上げて嘆息する。学校にいる間、窓の外を気にしていたが、木の上にいた少女の気配は感じられなかった。……そもそもなぜ、気配などを感じるようになったのかはよくわからない。少なくとも今までの彼にそんな特殊能力はなかった。昨日の事件以来、感覚が鋭敏になっている。
今まで見えなかったものが見えているような違和感。例えるなら――赤の下敷きで覆われていた赤インクが突然見えるようになったような、そんな感覚。
早々に他の生徒に紛れて帰ろうとも思った。――でも、相手が手段を選ばなかったら? 近くを歩く生徒たちに被害が及ぶ可能性がある。
「アレは俺のことを狙ってる。だから、俺が何とかしなくちゃならない」
真白は呟く。しかしどうやって? 倒せばいいのか? 曲がりなりにも少女の姿だ。仮に攻撃しているところを見られれば咎められるのは彼であろう。正当防衛が成立する状況でないと攻撃に転じることは難しい。
「その上、あの蛇みたいな手と、青い光弾」
どっちも人知を超えた力だ。ファンタジーというよりはSF系、おそらくはロボット的な存在であると推察される。
「……下手に学校から出ないほうがいいか。ここなら武器になるものもあるし、地の利もある」
丸腰でのこのこと出ていけば即座に終わりだろう。むしろ有利なこの場所におびき寄せて迎撃したほうが良いのではないか。真白は運動部というわけではないが、バイトも含めて身体が資本なので鍛えてはいる。
「不意を突いて背後から、動きを封じることができれば」
ボールやバットなど、色々武器になるものもある。
「とりあえず、夜まで待った方がいいな」
暗い方が地の利は生きる。幸いバイトは休みだ。学校内を回って、計画を立てることにしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……よし、いくぞ」
日が沈もうとしている。空はオレンジから紫へと変わり、一日の終わりを示し始めた。真白はたまたま帰りが遅くなった、という風体を装い、校門への道を歩く。少しいつもより荷物が多いが、仕方ない。
相手に気取られないことが重要である。ただの獲物だと錯覚させる。相手の虚を突き、弱点を突くのが怪物との戦い方だ。
「……なんで、俺はそんなことを知ってるんだろうな」
記憶を持たない幼い頃。何か教わったことがあるのだろうか。
「違う気がするな、なんとなく」
昨日から妙に頭が冴えている。もしかしたらもっと別の――。
「……きた」
思考を中断し、呟く。誰もいない校門前に佇む影一つ。昨日とは異なり、街灯がスポットライトのように彼女の姿を照らし、影を露わにしている。
印象は人形。肩口で切り揃えた黒髪から、初見は日本的な印象を受ける。しかし、大きな瞳や造作は西洋のものだ。その上、右腕は銀色に光る機械仕掛けの紛い物というアンバランスさ。なのに不思議と調和がとれていて、彼女の美しさは一切損なわれていない。
彼女は羽織った外套をはためかせて、真白に向けて右腕を掲げた。逃げようかとも思ったが、会話が通じる一縷の可能性にかける。
「――なるほどね」
少女は睨みつけるように、呟いた。
「昨日、あなたには一般人には猛毒になりうる濃度の魔力を流し込んだ。普通なら身体が耐えられないはず。なのに、あなたはこうして無事でいる。つまり――あなたは、潜在的に魔力を使う才があった。普通はあり得ないのだけれど」
なるほど。自分が生存した理由は正直よくわかっていなかったが、そういうことか。
「どういう経歴かはわからないけれど……自覚のない魔力使い。でも、あなたが一般人であり、秘匿するべき対象であることには変わらない。――今度はしっかり、殺してあげるわ」
理解はできなかったが、残念ながら結論は変わらないらしい。溜息を吐き出して、真白は校門に背を向け、校舎に戻る道を走り出す。この距離ならきっと例の弾丸を撃ち込んでくるはず。
走りながら、増えた荷物の中身を取り出す。予想通り、背後から青白い光弾が飛んできた。狙いは真白の頭部。回避することは不可能ではないが、試したいことがある。真白は振り向き、足を止めると、とあるものを振りかぶった。
「……何を……? まさか。いえ、ただの道具では魔弾には干渉できないはず」
聴力も鋭敏になっているのか、少女の呟きが耳に届く。真白が手にしているのは銀色に光るバット。野球部の備品を拝借したものだ。野球の経験は体育の授業と奏斗に連れていかれたバッティングセンターくらいだが、青い球の球速はそこまでではない。
「百二十キロに比べたら、ずいぶんゆっくりだ」
驚嘆に値するスムーズな動作だ、と自画自賛しながら、真白は青い球を打ち返す。野球ボールのような確かな手ごたえではなかったが、勢いをきちんと跳ね返し、狙いたがわずピッチャー返し。つまりは少女へ向け弾丸ライナーが襲いかかる。やりすぎたか? と思ったが、命を狙われているのだから仕方がない。
「――嘘、なんで打ち返せるの――!?」
叫びと共に驚きの表情を浮かべた少女のおでこに弾丸が直撃する。強烈な一撃に、彼女は悲鳴一つなく倒れこんだ。
「……倒した……か?」
プレイボールからの初球。ピッチャー返しでノックアウト。これにて試合終了か……? と真白が少女に近づこうとしたとき。
「――ぶっ殺す」
先ほどまでの声音とは打って変わった殺意満載の呟きに、真白は反転して校舎へと逃亡した。




