第3話:瑠羽/逃走した死者
本日はルウ視点です
「――ダメだったわ。そっちでは見えた?」
ルウはイヤホンマイクへ落胆の声を発する。少年を始末したあと急ぎビルから逃亡した人影を追ったが、大通りに行きかう人の中から標的を発見することはできなかった。気配を追尾しようとしたが、途中で痕跡も途切れている。
『いんや。途中までは追えたが、姿を消した。魔術か魔導具でも使ったんだろうさ。監視カメラに映らなくなってたし、『腕』の反応も消えてる』
情報屋は魔術を用いて街中にある監視カメラをハックし、標的の魔力の痕跡を追っていた。追跡ができなくなったということは、その魔術を上回る隠蔽を行っているのだろう。
「そう……仕方がないわね。ビルに戻って手がかりを探しましょう」
彼女は一年と半年前、腕を奪われたあの日からずっと犯人と自らの右腕を探し続けている。ここまで迫れたのは今回が初めてだった。確保できなかったのはかなり痛いが、目撃者を出すわけにはいかない。運が悪かったと諦めるしかないだろう。
懸念は少年の遺体が発見されることにより、警察や消防が集まっていることだった。だが、それは杞憂だった。監視カメラもない路地裏には誰の気配も。――少年の死体すらも残っていなかった。
「――なん、で……?」
ルウは呆然とした後、痕跡を探る。が、見つけられない。まるで、この世界に最初からいなかったかのように、気配が存在しない。
『どうした?』
「……情報屋。この路地から出てきた人物を追えない? 制服を着た少年なのだけど」
情報屋に声を掛ける。路地に監視カメラはなくとも、大通りに出れば何か所かある。もし仮に生きていて逃走したなら、追いかけることはできるはずだ。
『ちょっと待て。…………いや。いないな。そもそもここしばらくで路地裏から出てきたのは、例の人影とお前だけだ。魔術的な解析もしているから間違いねぇ』
情報屋の言葉を信じるなら、彼は忽然と路地裏から姿を消したことになる。――いや。もしくは、まだこの路地にいる可能性もある。
「了解。ビルの調査も含めて周辺を調査するわ。引き続き周辺の監視をお願い」
ルウの言葉に情報屋から疲れたような声が返る。
『…………追加料金、払えよ』
それには答えず、ルウは雑居ビルを眺めた。ぼんやりと、青白い光が灯っている。――同類にしか見えない、魔力の明かりが。
「……さっきのは、夢? それとも……」
呟きながら、先ほど壊したビルの扉へと向かう。――きっと、この調査は徒労に終わるであろうことを感じながら。
◆◇◆◇◆◇
「――ふぁ……」
ルウは大欠伸をしながら、早朝の通りを歩いていた。結局あの後路地をうろうろと調査したものの人影にも少年にも手掛かりになるようなものはなし。うろうろした結果得たものは、変な酔っ払いに絡まれ、ネズミの大群に襲われ、飛ぶゴキブリに悲鳴を上げる実績の解除だけだった。最悪である。
「ゴキブリってなんであんなに嫌悪感を招く挙動と形状なのかしら……悪魔とかそういう起源?」
ぶつぶつ呟きながら歩みを進める。タクシーを使っても良かったが、本日目標を捕縛できなかった以上、今後も様々な出費は続く。母親から金銭面の補助があるとはいえ、自身の収入はほとんどない今、出費はなるべく抑えたいところだ。
「……もう、登校の時間なのね」
学校の制服姿とちらほらとすれ違う。ルウは今学校に行っていない。中学三年生のあの日、彼女は右腕を失った。高校には通うつもりで準備をしていたものの、怪我の治療やら何やらで受験も何もかも吹き飛んだ。それ以降はずっと、右腕を探すことに専念している。
日の光ではない眩しさにルウは目を細める。似たような黒い服に身を包んでいても、住む世界はまるで違う。何人目かの生徒とすれ違ったとき――昨夜の光景がフラッシュバックした。
「あの時の、制服……」
昨晩路地裏で出会った少年が身に着けていたのは、黒っぽい、特徴のないブレザーだった。だが、ネクタイの色が、今すれ違った生徒とよく似ていたような……?
「…………はぁ」
ため息をつく。天気は良いが、風の強い朝だ。色々あったし、徹夜だし。さっさと帰って、朝食を食べて、お風呂に入って、ゆっくり眠りたい。暖かい紅茶を入れて、パンを焼いて、バターをたっぷり塗ろう。そんなことを考えていたら、自然と足が家路に向かおうとする。
「……でも、今できることは、しないと」
ルウは自分に厳しい。本来あるはずの価値を失ってしまった彼女だから、せめて他の部分で質を落とさぬようにと。
本能を捻じ曲げて、理性で足を律する。転換した方向は、ブレザーの背後へ。気配を殺し、怪しまれないように。……認めなくないことではあるが、ルウの外見は目立つ。道の真ん中にいようが端にいようが目を引くらしい。だが今回の任務はひそかにターゲットを見つけ出すことだ。
「夜も朝も、こんなことばっかり」
誰かを追ってばかりの人生なんて、疲れるなと再び溜息。
「どうせなら、追われる方が、刺激的ね」
学校が見えてくると、道に生徒たちが増える。とりあえず対象は見つからない。目立たず監視できる場所を探そうと思ったが――。
「待ち伏せに良さそうなところはなし……仕方ない……」
こっそり校門から少し離れた木に登り、気配を殺す。傍から見たら間抜け極まりないが、簡単な結界を張っているので凝視しない限り一般人に見つかることはない。
「……セミになった気分」
呟き、登校する生徒たちを監視する。みんな思い思いに挨拶を交わしながら、学校へと吸い込まれていく。同世代なのに人生の差がありすぎて絶望しそうになるが、セミのように二週間の命でないだけ良かったと思おう。
「…………ん?」
視線を感じて、木の下を見た。
一人の少年がこちらを見ている。不思議そうに目を丸くする表情から一転、目が合った瞬間に、顔が青ざめ、脱兎のように校門へ向け走り出した。……どうやら、夢ではなかったらしい。
「ターゲットを確認。さすがにこの時間、この場所で処理するわけにはいかないから──」
ルウは木から飛び降りる。やることは山積みだが、一歩前進だ。どこかへ逃げたのではなく学校へ入っていったのだから、放課後まで学校外に逃げることはないだろう。
「また会いましょう。今度は放課後、お相手してくれると嬉しいわ」
誰にともなく手を振り、ルウは来た道を戻っていく。
――神秘の時間は闇の中。帳が落ちる頃、再びまみえることにしよう――。




