第30話:彩華/おまけの話
「――ずいぶんと数が多いな。裏取りも済んだ投稿だけでこの数か」
神崎彩華は紫煙を吐きながらPCの画面を眺める。まとめられているのは、SNSや動画サイトなどの情報。様々な『異能』の。あるいは『異常』の情報たち。
「ルウの報告を見ても、今までとはレベルが違う。ハロウィンとはいえ本物の妖精が暴れまわるなんて現代においてはなかったことだ。――明らかに、世界が変わってきている」
本来、技術の進歩により神秘や異能は薄れていくものだ。世界にあるリソースは科学技術に注ぎ込まれ、異能は芸能やスポーツなどの突出した才能という形で、違和感のない形に収束していく――はずだった。
「電子世界が異能の力を増幅する役割を持っているのかもしれんな」
昔は妖怪、妖精、精霊のような人とは異なる世界が密接に存在しており、その世界との交わりが異能の発生に影響していた。現世においてはそれらが消えた代わりに、電子の海が広がっている。――当然、そこに対応した、新たな異能も生まれている。
「……本格的に神が対策を打ちかねないな。もう少し戦力が欲しいところだが――」
「まだ、足りませんか?」
音も気配も、空気の流れすらも感じなかった。だがそれはいつものことだ。もはや慣れ切っているので、驚くことも、鼓動が高鳴ることもない。尤も――心臓なんて、疾うに動いてはいないのだが。
「辻浦。たまには普通に入ってこい」
にこりと張り付いたような笑みを浮かべる給仕服姿の女性――辻浦羽手奈が出現した。ふざけた名前だが、きちんとその戸籍は存在している。
「いえいえ。隠れて煙草を吸っている不良を注意しないとならないですからね」
顔は笑っているが声は笑っていない。彼女はこの事務所の掃除全般を担当している。ゆえに煙草を喫煙所以外で吸っていると怒るのだ。
「……悪かったよ。魔力補給だ」
辻浦を怒らせると事務所内が荒れるし仕事にも支障が出るので大人しく謝罪する。彼女は彩華の秘書的な役割もこなしているのだ。
「ちゃんとご飯食べてください。めんどくさがらないで」
通常、魔力は食事を通じて行われる。土地や植物に魔力が蓄積されている場合はその場にいるだけで呼吸を通じて吸収されるものの、このような雑多な都会では生物由来の魔力を吸収するのが一番効率が良い。
「食事は面倒だ。摂取も分解も吸収も時間がかかる。私の身体にとって栄養は不要だから大半は体内で消滅するしな。非効率だ。煙草は作業しながらでも魔力を取り込める」
「でも、魔力の質は良くないわけでしょう? 身体に負担がかかりますよ」
煙草も自然由来の存在であり、古来より儀式に使われる程度には魔力含有量が高い。ただし、あまり魔力としての品質は良くないため、煙草からの吸収は肉体にダメージがある。
「どうせ死なないからな……」
「死なないからと言って、自分を軽視しないでください。――昔っから、変わらないですね、あなたは」
辻浦は溜息をつき、無言で灰皿を差し出した。昔、という言葉で電子世界など影も形もなかったころを思い出す。
「……五百年も生きてるとな、なかなか変わらないよ。ましてや神のような寿命が存在しない存在は尚のこと、柔軟性が失われているだろうな。だが――」
神崎彩華は、ルウと真白のことを思い出す。
「奴らは、神話の、神器の伝承者という役割を与えられて尚、その神器に新しい力を吹き込んだ。もちろん偶然によるものではあるが――衛星からの攻撃に、高度な迎撃システムの追加。それは神話には決してなかったものだ」
ルウの衛星は本人が望んだものではないが、見方によっては神が使っていた槍よりも利便性が高い。何せ実質射程が無限だ。真白の『イージス』にしても迎撃システムにより戦術の幅が広がっている。
「まぁそうですねぇ。私なんかは現代の銃器も駆使していますが、それは元々の性質ですし。神器に理解が深い使い手程、神話、伝承に縛られてしまうのは事実ですね」
辻浦はうんうんと頷いている。彼女は銃に神秘を込めるタイプなので特殊だが、他の仲間たちの多くは元々の神話に忠実な能力を秘めている。
「いくら戦力を集めたとて、使い手は人間で、神器は借り物だ。そのままでは勝てない。だからこそ、あの二人のような柔軟な伝承者が必要になる。新しい時代の神器使いだ」
当然ながら、神器の使い手として、人間は神には勝てない。だからこそ、新しい要素が必要になる。
「ええ。きっと彼らの神器の使い方は、きっと神との戦いで切り札になり得ます」
「ああ。我々も含めて、彼らのような神器使いを目指さなくてはならない。『神殺し』を達成するためにはな」
神は強い。そもそも基本的に不死身で、生半可な攻撃は通用しない。魔力も無尽蔵に近く、神崎彩華でさえ、正面から戦えば足元にも及ばない存在だ。
「そうですね。お二人に学ぶことも多そうです。でもまずは目の前の問題解決ですね。とりあえず――コーヒーでも入れますから、少しはゆっくりしていてください」
辻浦がキッチンに向かう様子を見送り、彩華はPCの画面から目を逸らすと、短くなった煙草を揉み消した。
「今この最新の時代に適応した英雄。名づけるなら――神話を超えた、伝承者、とでも呼ぶか。私の目的のために、しっかり活躍してもらおう」
少しだけ残っていた紫煙は、やがて空気に溶けて消えた。残ったのは香りだけ。それもやがて、薄れていく。――まるで、現世における、神様の存在みたいに。
本当はここで終わる予定だったのですが、
十万文字にほんの少し届かないことがわかりましたので、
急遽おまけエピソードを追加したいと思います。
エンディング後の二人の物語に、あと少しだけお付き合いください。




