後日談:八尺様VSペルセウス
見渡す限りの田畑。都会では肌を焼く日差しも心なしか少し柔らかい。空の青、山の深緑、様々な作物の鮮やかな緑。――そんな風景の中、背の高いトウモロコシから突き出す麦わら帽子が一つ。
「――いたわ。なるほど、確かに魔的ね。ただ、波長が合わなければ気づかないかしら」
少女――ルウの声は蝉の声にかき消されないギリギリの声量だ。
「……あんなに目立つのに?」
少年――真白は麦わら帽子を怪訝そうな目で眺めている。何せトウモロコシは二メートル級。つまりそれ以上の身長を持つ何かがそこにいるのだ。
「……零落しているけれど、おそらくは巨人族の流れを汲む存在ね。原典は高位の神秘的存在だから、現代で感知できる人は少ないでしょう。ダイダラボッチとか、スルトとか、聞いたことない?」
それぞれ神話に出てくる、世界を作ったり滅ぼしたりするような存在だ。さすがにそこまでのサイズ感には見えないが、怖気を感じるような異常さは伝説上の怪物といっても差し支えはない。
「……そんなに大仰なものなのか……? ちょっと背の高い人なのでは」
真白の言葉にルウは首を振る。彼は臨戦態勢に入っていないとややぼんやりとしている。もう少し緊張感を持たせなければ。
「二メートルを超える女性、というのは存在するけれど……あのサイズともなれば何らかの異常によるものよ。それに――聞こえるでしょう? 尋常ではない声が」
その麦わら帽子の存在は、会話するこちらに気づいたようで、ルウと真白の方に視線を向けた。麦わら帽子の下には長く黒い髪を持った女性。目深にかぶった帽子で顔はよくわからない。だが、こちらの方を見た瞬間、ぽぽぽぽぽぽぽ、という謎の音が発せられた。聞いた瞬間、ぞわり、と全身に怖気が走る。
「完全にターゲットにされたみたい。……掲示板に掲載された最初の情報だと、高校生の男の子が狙われたのよね?」
この巨人の出典はインターネットの匿名掲示板。真偽は定かではないが多くの人を恐怖に陥れた物語だ。
「……つまり俺か。嫌だな。狙われてから見ると大分怖いぞ、アレ。今まで出会った存在とは違って純粋に恐怖を感じる。あの声とか」
真白は先ほどから腰が引けている。ルウ自身も怖気を感じていた。今まで様々な異能や超常の存在と相対してきたが、こういった感覚は初めてのことだ。
「あの声……バンシーだかセイレーンみたいな、音による精神操作、あるいは警告の可能性があるわね。様々な伝承や神話によって生まれた最新の怪異。現代における知名度はそれこそ神話怪物の非じゃないわ。それだけ力も増している。……神崎彩華め。面倒な仕事を押し付けてくれたわね」
ルウがぶつぶつと呟くと、それに反応したかのように八尺様が動いた。トウモロコシ畑を踏みつぶし、あぜ道を蹴ってこちらに向けて高速移動。ぞっとするような笑みを浮かべた巨大な女性は大きな拳をルウに向かって振り下ろす。
「――ちょっ」
突然すぎる攻撃性の発露に、ルウは反応しきれない。とっさに頭部を右腕で庇うのが精いっぱい。八尺様の拳は少女の頭を叩き潰さんと襲い掛かるが――。
「――アイギス、起動」
真白が起動させた『神器』によってその拳は受け止められた。不可視の盾がルウと拳の間に展開され、少女への攻撃を防いでいる。
「ぽぽぽぽぽぽぽぽ」
「悪いが――巨人退治は慣れている。さぁ、戦おう、現代の怪異」
◆◇◆◇◆◇◆◇
神崎彩華はディスプレイに映った映像――ルウと真白が八尺様と戦う様子――を眺めながら、煙草を咥えていた。紫煙を吐きながら、感情を表さない視線で画面の動きを追いつつ、手元にある束ねた紙に目を通す。
「――八尺様。ネット掲示板から話題になった『都市伝説』で、近年では創作物に登場するなど人気を博している、か」
画面に映る白い巨女はインターネットで噂される姿そのもの。物語が先なのか、発生から物語が生まれたのかは定かではないが、いずれにせよ人々の様々な想いによって肥大化している。ありていに言って――原典であろう巨人や妖精と遜色ないレベルの強さを得てしまっているのだ。
「まだ一部の人間にしか視認できないからSNSでも大きな騒ぎにはなっていないが……これ以上力を付ければ動画の拡散や殺人事件になりかねん。そうなれば神の介入すらあり得る」
この世界を監視している神は、人々から神秘の力を奪い取ろうと画策している。電脳世界の口伝によって育まれた八尺様のような都市伝説は、人類の歪んだ進歩と潜在する神秘によって誕生したものである可能性が高い。つまり、ある意味、人が巨人を再生させたようなものである。ということは。
「巨人と神は仲が悪い。変な言いがかりをつけられかねん」
北欧神話、ケルト神話、ギリシャ神話を紐解けば、巨人族と神々の対立は当たり前に描かれている。それらの神々からしてみれば、今回のような巨人にまつわる都市伝説が普及する状況は看過しがたいはずだ。
「というわけだ、さっさと倒せよ、巨人退治の専門家ども」
呟いて、神崎彩華は再び紫煙を天井に吐いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「――穿て!」
ルウは右腕の機械義手を砲身へと変貌させ、魔力の弾丸を放つ。握りこぶしほどの青い光球が高速で八尺様へ襲い掛かった。しかし――。
「ぽぽぽぽぽぽぽ」
八尺様が声を上げながら右腕を振るうと、あっさり魔力弾は弾かれた。かなりの対魔力。既に一般人ではどうすることもできないレベルにまで成長している。
「まずいわね。原典に近い神秘に触れたことで本来の姿を取り戻しつつある。早急に駆除しないと。現実にも影響を及ぼすわ」
気が付けば八尺だった身体は既に樹木と遜色ないほどにまで巨大化している。八尺様、という名前による縛りを超えているのだ。
「どうする? 俺が神器を使うか?」
「……いえ。巨人は『眼』にまつわる伝承を持つ者が多いから、下手をすると攻撃を妨害されかねない。まず私が潰すわ。大丈夫。――この身に宿る神様は、巨人の眼を潰した逸話持ちよ」
ルウはそう宣言すると、右手を掲げ、目を閉じた。周辺の人払いは済んでいる。まだ空は青く、日は照り付けている。だが――見えなくたって、星はそこに在る。だから、何の問題もない。
「――顕現。攻撃衛星ブリューナク」
ルウの掲げた機械の右腕から魔力が天に向けて迸る。それはしばしの間隙を経て――五条の光を生み出した。衛星軌道上にある神器を格納した攻撃兵器。そこから放たれた五つの光芒が、天から巨人へと降り注ぐ。いつの間にかその大きさは十メートル――およそ三十三尺にまで成長していた。
「潰れなさい」
麦わら帽子を吹き散らし、頭を消し去る勢いで光の槍が五本、巨人の頭部に突き刺さる。
「――――――オオオオオオオオアアアアアア!!!」
田舎町にありえない叫びが響き渡る。周辺に結界を張っているとはいえ、山間にこだまするその声は、原初の恐怖を呼び起こすおぞましいものだった。
「真白くん! 眼はつぶしたけど、まだ無力化はできてないわ。お願い!」
「任せ――うわっ!」
巨人が真白を巨大な両手で掴み上げる。そのまま握りつぶさんと力を込めた。目から流れ出す赤い血。表情はよくわからないが笑っている。とっさに盾で防御したものの、このままでは林檎のように潰されかねない。
「――顕現、アイギス!」
叫びと同時、真白の身体を覆うように白銀の盾が現れた。巨人が力を籠めるが、びくともしない。
「……八尺どころか、百尺くらいないか?」
先ほどよりもさらに巨人化が進行していた。このサイズになると普通の攻撃では倒せそうもない。ルウの衛星攻撃を続ければ倒せるかもしれないが、周辺への被害も甚大になるだろう。
「でも、あいにくだな百尺様。ペルセウスの逸話を知ってるか? 最新のネットの怪異のあなたとは相反するものかもしれないが――」
巨人は圧し潰そうと必死にアイギスを握る。そのまましゃがみ込んで身体を丸め、小山のような姿勢で力を込めた。
ペルセウスの巨人退治。解釈は様々だが結論は同じだ。アイギスにはめ込まれたメドゥーサの首によって石化させられる。
「――顕現。石化の魔眼《ゴルゴネイオン》」
「ぽ」
空気が漏れたような一言とともに三十メートルの巨体が静止する。身体を丸めたような姿勢のまま、まるで小さな岩山のように、八尺様と呼ばれた現代の怪異は石化した。
◆◇◆◇◆◇
「疲れたわ。――でもあれ、あのままにしておいて大丈夫だったの?」
ルウ達が事務所に戻ったのはあたりがすっかり暗くなってからだった。あの後、土地の持ち主には近寄らないよう言い含めて結界を張り、そのまま都会へと舞い戻ったのだ。
「ああ。既に処理班が向かっている。ま、巨人、石化、という要素が揃ったからな。放っておけばアトラス山脈のように自然回帰するかもしれんが邪魔だろう。破壊して処分するさ。巨人の欠片なら使い道は色々あるだろう」
「それならいいけれど。……でも、あんなふうにネットから生まれた怪異が、神話と繋がっているとは思わなかったわ。完全に新しい存在かと思っていたもの」
ぽっと出の新しい怪異だと思っていたので、さしたる苦労もなく退治できるとルウは考えていた。まさか神器の顕現が必要になるとは想定外だった。
「昔は口伝や書物だったものがインターネット掲示板になっただけだからな。本質は変わらないし、そもそも『怖い話』は神話や伝承を原典としたものが多い。発生の仕方は変わってもルーツは同じだ。そして――近年のSNSの発達により、その類の『都市伝説』が蔓延し始めている」
神崎彩華は立ち上がると分厚い紙束をルウ達の目の前にどさり、と置いた。
「……まさか、これ全部?」
「真偽調査中のものもあるがな。まずはこの案件を処理してからでないと、神との戦いどころじゃない。お前ら二人には働いてもらうぞ。どうせ夏休みだろう?」
「それは困る。そろそろ勉強もしないと」
先ほどまで黙っていた真白も、現実の生活に密接した内容には反論の声を上げた。それを聞いて神崎彩華は笑う。確かにルウ達には受験が控えているのだ。
「ま、心配するな。そのあたりのコネはあるから大学にねじ込むくらいはやってやる。その代わりと言っては何だが――早速この対応を明日から頼みたい」
神崎彩華に渡された一枚の紙を見て、ルウと真白は顔を見合わせる。そこには『くねくね』という都市伝説の説明と、一枚の写真が貼りつけられていた。
「――はぁ。しばらくは忙しい日々が続きそうね」
「だけど、それだけ困ってる人がいるってことだからな。できる限り、頑張るさ」
真白の言葉にルウは苦笑した。
「そうね。一応私たち、現代の英雄みたいなものだし。世界の平和と自分の幸せのために、頑張りましょうか」
きっと、なだらかな道ではないだろう。でもその山を越えた先に笑える未来があるのなら、そこを目指して進んでみよう。
――傍らには一人の英雄。そんな物語も、悪くはない。




