第29話:真白/瑠羽/エピローグ
『こちらルウ。状況は?』
「こちら真白。ビルの屋上にターゲットを確認した。カラスさんの情報通りだな」
『了解。これから登るからちょっと時間かかるわ。――さすがに衛星攻撃を街中でぶちかますわけにはいかないものね』
ルウの武装は強力ではあるが使いどころが限られる。仕事において基本的には援護に回ってもらうことが多い。
「む、移動しそうだ。壁伝いに登ってこれないか?」
「人を何だと思ってるの……ヤモリじゃないのよ蛇なのよ。そもそもそんな絵面、目立つでしょう。ハロウィンとはいえ、壁に張り付く女は現れないわ」
「蛇なら壁くらい行けそうな気がするけど。ほら。配管とか伝って。――いや、何でもない。じゃあ俺が兜を解除して捕まえよう。タラリアを使えばすぐ追いつける」
どうやらあまり良くない話題のようだ。無駄話はやめることにしよう。
「……はぁ。監視に見つからないように気を付けてね。ハロウィンは異常と正常の境界が曖昧になるとはいえ――派手なことをすれば『神』の眼に映りかねないわ」
「うん。承知している。むしろ……アレをさっさと止めないとダメな気がしてきたな」
真白は今、姿を消し、羽根つきのサンダルで空を飛んで状況を監視しているのだが――ハロウィンの夜、高笑いを上げながらビルを飛び移る人影が一つ。
『おい。お前ら急げ。あのカボチャ、SNSでの目撃情報が増えてるぞ。AI加工と言い張るにも限界がある。バズりでもしたら減給だからな』
通信に割り込んできたのは神崎彩華だった。真白の眼下にはビルを飛び回るハロウィンの象徴、ジャック・オ・ランタン。
『はぁ!? あんなの動画に撮られたら炎上させられるに決まってるじゃない! 真白くん、頭カチ割ってもいいから止めて! 年代物の妖精ではあるけれど、カボチャかぶってるくらいだから現代かぶれのミーハー野郎よ」
本来のジャック・オ・ランタンはカブらしい。カボチャ化したのはアメリカに文化が移ったとき、大量生産されていたからだとか。少なくとも伝統に従っているタイプではない模様。
「了解。この次のビル屋上で抑える。ルウは急いで合流頼む」
『了解、頼んだわ、真白くん』
通信が切れると同時、真白はタラリアを全力起動する。
「カボチャ頭! あいにくだがビルの上は通行禁止だ、止まれ!」
叫びをあげて、真白はカボチャへ体当たり。こうしてめちゃくちゃな依頼が今日も始まった。だけどまぁ、物足りなかった日々に比べたら、ずっと楽しい。やりがいのある仕事と、たくさんの仲間がいて、好きな人が近くにいる。それだけで十分幸せだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……疲れたわ。もう朝じゃない」
ルウは事務所のPCの前で、焦げ付いた髪を手櫛で梳かしながらぼやいた。ハロウィンの夜はひとまず終わり、事態はおおむね解決した。まだ片付いていないことは山ほどあるが、とりあえず情報の拡散は何とか防げただろう。報告書をまとめながら、差し込む朝日に目を細める。
ルウと真白は神崎彩華の組織に加わり、様々な異能に関する問題を解決する仕事を行っている。一応まだバイトだ。SNSを含む様々な口コミ、情報を調査して、尋常でない事態があればその原因を取り除き、解決をすることが主な仕事である。
何せ、大事になれば、神の監視の目が強くなる。下手をすると介入が早まったり、大災害を起こして事象を掻き消されかねない。事態が大きくなれば神が地上を滅ぼそうとする可能性がある。そんなことにならないよう、神のアンテナが弱い電子世界の段階で噂を調査、解決することを任務としている。
「でも、案外多いのね。本物の超常現象」
仕事を始めてからそんなに経っていないのだが、既に魔導具、妖怪、そして妖精絡み等様々な事態を発見し、それぞれが実際に異常事態を引き起こしていた。神崎彩華曰く、以前より頻度が高いということだから、SNSの発展によって可視化されやすくなっているのかもしれない。
「ん、まだいたのか。若いとはいえ肌に悪いぞ。さっさと帰って寝ろ」
事務所に入ってきたのは煙草を咥えた神崎彩華だった。相変わらず、怪しい立地の雑居ビルに不似合いな美貌だ。本人は肌荒れなど起こしたことがないだろう。不死だし。不老だし。
「報告書も終わったし、もう帰るわ。それより、ここ、煙草禁止じゃないの? 辻浦さんに怒られるわよ」
辻浦というのはいつも笑みを浮かべている女給姿の女性で、主にこの事務所の清掃全般を担当している。尚、怒ると怖い。
「……言うなよ?」
「言うわよ」
本来であれば雇い主なので神崎彩華には敬語を使うべきなのだろうが、面倒なのでそのままにしていた。別に本人も気にしていないらしい。
「証拠は残さないから大丈夫だ。で、どうだ。ここでの仕事は」
「そうね。きつい、汚い、危険なのは頂けないけれど――」
「汚くはないだろ」
他二つについては否定されない。間違いなく事実だからだ。ハロウィンの深夜にカボチャの化け物と追いかけっこして燃やされかけるくらいだから仕方がない。
「このビルの周り汚いのよ。煙草吸ってる雇い主もいるし」
「もう少し監視の目が弱まったら新しいビルでも買うさ。今は目立たないことが優先だ」
とにかく神に目を付けられないように、というのが大前提の行動原理だ。とはいえ内装は綺麗に整えられているのだから、そこまでの不満はないのだが。
「そうね。3Kの職場ではあるけど――悪くはないわ。生きている感じがする」
右手を追い求めていたここ数年に比べれば、十分すぎるほど充実した日々だ。
「それなら良かった。ほら、もう行け。忙しいんだろ」
しっしと手を振り追い払われる。大きく伸びをした後、事務所を後にした。
「じゃあまた後で」
こう挨拶する相手がいるというのは、いいものだな、と改めて思う。
雑居ビルを出て家に戻り、シャワーを浴びると支度を整えた。
準備が終わった直後、呼び鈴が鳴る。まるでタイミングを見計らったようだ。カラスに監視されているのではないかと念のため窓の外を見るが、怪しい野鳥は見当たらない。
鞄を手に、ルウは家を出た。門の前には一人の少年が立っている。
「おはよう、真白くん」
「おはよう。ルウ。……眠そうだな。今日くらい休んでもいいんじゃ?」
そういう真白も顔色があまり良くない。深夜に大捕り物をしていたのだから当然だが。
「ダメよ。――残り時間は短いんだから。少しでも取り戻さないと。さ、行きましょ」
言葉を遮り、ルウは目的地へと足を向ける。慌てて真白も並んでついてきた。
「でもいいの? 真白くん。私みたいな怪しい女と並んでいて。クラスメートから何か言われない?」
しばらく歩いていると、周囲には制服姿の生徒がちらほら見えてきた。
「あぁ、言われたよ。あの子は誰だ、紹介しろってね。丁重にお断りしたけど」
「変わった人が多いのね」
「それは否定しないけど、反応としては正常だと思う」
わかりづらい回答に、口元が緩んでいることを感じる。
「おう、仲いいな、おはよう!」
真白のクラスメイトの――誰だったか、が声を掛けてくる。
「おう。奏斗。元気だな」
「おはよう。えーっと……支倉君」
かろうじて思いだせた自分の記憶力に拍手。
「邪魔しちゃ悪いから、先行くよ」
小走りで支倉奏斗は去っていく。その先に大きな建物が見えてきた。
「――毎日、この景色を見るたびに、嬉しくなるの」
「なんとなく、わかるよ」
「だからこそ、この日常を守りたいわ」
真白と出会って、神崎彩華の仲間になって。つい最近、学校に通い始めた。日常と非日常を行ったり来たりする日々だが、その忙しさが何よりも愛しい。それに――隣には、彼がいてくれる。
あの日、真白を殺そうとして登っていた木が目に入る。あの時破壊したガラスの扉をくぐって校舎に入る。リノリウムの床を踏む感触は、今日も優しい。
階段の鏡に映る制服姿の自分にもようやく見慣れてきた。手袋に覆われた右腕はそのままだけど、たくさんのものを手に入れた。
「じゃあ、またお昼に」
手を振って真白と別れる。教室に入って、クラスメートと軽く挨拶を交わす。少しずつ仲の良い子も増えてきた。
教室の椅子に座って、窓の外を眺める。空の上、今も空の上にあるルウの右腕。距離は遠くなってしまったけど、彼女はちゃんと取り戻した。
「――人生って、最高ね」
自分の問題は解決したが、まだ世界の危機は続いている。きっとこれからも大変なことは山積みだろう。何せ神と戦うなんて無茶苦茶なことをしなくてはならない。
「でも、きっと大丈夫」
そう呟いて、ルウは右手で、今日の授業で使う教科書をめくる。そこに掲載されていたのはとある絵画。神話に伝わる蛇髪の怪物。英雄に切断された、その首を描いたものだった。
「だって私には、――世界一の英雄がついているんだから」




