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第28話:瑠羽/未来に続く物語

報復の剣(フラガラッハ)


 呟きは、空間に溶けた。神崎彩華かんざきさいかはさすがに警戒の色を露わにしてルウを睨んでいる。


 フラガラッハとは、太陽神ルーが携えていた剣で、その名の通り、敵に対する報復の力を持つ。同時に、ひとりでに敵を攻撃し、相手をまるで瀕死の女性のように弱体化させると言われる。その欠片がルウの右腕には仕込まれていた。つまり――。


「――知らないのかしら。蛇って、執念深いのよ」


「――何っ!?」


 先ほど斬り落とされた『右腕』がひとりでに動き出し、まるで生き物のように神崎彩華に絡みつく。そしてその牙――正確にはそのように見える刃――を彼女の首筋に突き立てた。


 本来であれば、あっさりと振り払われただろう。しかし。今の神崎彩華には真白の石化の魔眼によって行動が縛られている。


「ちっ……だが、私はまだ鞘の加護がついている。フラガラッハも必殺の属性を持つ剣だが、この程度なら相殺可能だ」


 まだ神崎彩華は冷静だった。実際、突き立てられた牙は彼女の首元に届いてはいない。不老不死の伝承を持つ聖剣の鞘。その能力が必殺の剣を妨げているのだ。


「そうね。……でも、不老でも、不死でも、身体が弱ることはあるでしょう? 知らないのかしら。蛇には、毒があるものよ。果たしてそれは、防げるのかしら?」


「―――――!」


 神崎彩華の顔色が変わる。石化の魔眼を受けた際も、致死ダメージになりうる石化は無効化されたが、動きを封じる、というデバフは通った。不老不死と矛盾しないからだ。つまり――瀕死の女性のようになってしまうという弱体化は、彼女の鞘では防げない。


「くっ…………だが、この鞘には再生の力もある。再び顕現をすればこの程度の弱体化など――」


「残念ながら、その暇は与えない」


 いつの間にか、血だらけの真白が、足を引きずりながら神崎彩華の元へ近づいていた。神器の力でかろうじて繋ぎ留めているだけの状況だが、それでも彼にはまだ攻撃の手段がある。


「――顕現。不死殺しの湾曲刃(ハルパー)。さすがにこれで、終わりだ」


 動けない神崎彩華の首元に、鎌のごとき刃が押し当てられた。既に鞘の防御はフラガラッハで相殺されている。この上で不死殺しの刃を受ければ、いかに彼女でも無事ではいられないだろう。


「……なるほど、な。いい連携だった。予定していたのか?」


 先ほどまでとは打って変わって穏やかな声で、神崎彩華は問う。


「まさか。切り札があるらしい、ということしか聞いていないし――うまく連携できたのは、俺の中に『ペルセウス』がいたからだよ」


「…………認めよう。《《私》》は負けた」


 嘆息し、目を閉じる神崎彩華。その言葉にルウは真白と目を合わせ、笑みを浮かべる。


 昨日、化野護がルウの義手の異変に気づかなければ負けていた。彼は義手を詳しく解析し、休眠状態になっていたフラガラッハの欠片を『眼』で見つけ、その力で蘇らせたのだ。おそらくルウの母が義手を作成する際に仕込んでおいたのだろう。本当にギリギリの勝利だった。感謝してもしきれない。


「じゃあ、これで、私たちを狙うことはなくなるのね」


 ルウの言葉に、神崎彩華は笑みを浮かべる。


「――いや、このまま終わりとはいかないな。覚えておけ。世の中には理不尽なことがたくさんあるんだ、とな」


 途端、どこからともなく飛来してきた弾丸が、真白のハルパーを吹き飛ばした。


「えっ?」


 疑問の声を上げる暇もなく、背後から人影が現れ、ルウと真白にそれぞれ武器を突き付けている。まさに一瞬。瞬く間に形勢は逆転した。


「……彩華さん。ちょーっと、遊びすぎじゃないですかぁ?」


 朗らかにさえ聞こえる台詞は、真白のこめかみに銃を突きつける女性から。張り付いたような笑みを浮かべ、戦場にはふさわしくない女給のような恰好をしている。


「そうだね。彩華さんは荒事担当じゃないんだから、大人しくしてればいいのに」


 少年のものと思しきその言葉は、ルウの背後から聞こえている。姿は見えないし振り返れない。なぜなら彼女の首元には、槍の穂先が突きつけられているからだ。恐ろしいほどの神秘が込められた、ブリューナクと同格と思われる、槍が。


「そう言うな。たまには私だって戦わないと、勘が鈍る。――さて、長手瑠羽(るう)化野真白あだしのましろ。君達は私には勝てたが、(私たち)》には負けた。これはつまり――相手が一人なら何とか対応できるが、徒党を組んできた場合、残念ながら対抗できないということだ」


「……約束を守らないつもり? あなたに勝ったら、私のことは諦めるという話だったけれど」


 それが戦闘開始前の約定、いわば契約だ。それを破ることがこの世界において危険であることは神崎彩華も知ってはいるだろう。


「ああ。強制はしない。だからこれから話すことは提案だ。――二人とも、私の仲間にならないか?」


「…………仲間?」


 神崎彩華の言葉に、ルウは疑問の声を上げる。本当は首を傾けたかったが、喉元に槍を突き付けられている状況でそれはできない。


「そうだ。……お前ら、武器を下ろせ。もう戦いは終わりだ。あと化野護あだしのまもる。息子を治療してやれ。死ぬぞ」


 神崎彩華の言葉に従い、女給服の銃使いと、少年の槍使いは武器を下ろし、ルウと真白を開放した。化野護は真白の元に駆け寄り、眼鏡を外す。


「真白くん。私たちも神器は解除しましょう。それで――仲間というのは、具体的に何をするの?」


 解放されたことで気が緩み、ルウは思わず座り込みそうになった。だが耐える。ここは意地の張りどころだ。交渉において弱みは見せたくない。片腕がないからだいぶバランスは取りづらかったが、大地を踏みしめ前を向く。


「私の目的は知っているか?」


「……そういえば、神器を集めていることは知っているけれど、それが何のためかは聞いたことがないわ」


 冷静に考えれば、神器を集めて何と戦うというのだろう。本人がこれだけ強い上に、強力な仲間もいる。あえて危険を冒してまで新たに神器を集めるメリットが思いつかなかった。世界征服でもするつもりなのだろうか。


「そうか。ならば質問を変えよう。――神罰の変と呼ばれる戦いのことは知っているか?」


「ええ。端的に言えば、およそ五百年前、あなたの国が神によって滅ぼされた。その時の経験から、異能は秘匿するべし、という思想が生まれたのよね?」


 異能管理協会が生まれた理由。異能は秘匿され、管理されるべきという思想。神は、異能を許さない。出る杭は打たれるのだ。


「そうだ。――だが、それはおかしいと思わないか? なぜ力を持つことが罪にあたる? 神々は自由に使っていた道具を、人が保有し、行使すると罰を与えられる。そんなことが許されるわけはない」


 彼女の言うことは一見正しいように見える。だが。


「でも、そもそもの発端は、あなたが神を殺したから、その罰を受けたという話だと聞いているけれど」


 ルウの言葉に、神崎彩華は苦々しい表情を浮かべた。


「間違ってはいないが、そもそも私たちが神を殺したのは、私たちの国を滅ぼそうと画策する神がいたからだ。――結局のところ、奴らは人間が力を得ることを許さない。あいつらは自分が上位存在であり、人間は管理対象だとおもっている。だから少しでも目立てば消される。……私は、そんな世界が何よりも許せない」


「言いたいことはわかるわ。じゃああなたはどうしたいの?」


 ルウの言葉に、神崎彩華はにやりと笑う。


「決まっているだろう。神を殺す。全滅させる必要はないがこちらに対して敵対的な神は全員滅ぼす。そして、私たちが自由に生きていける世界を作る。それが――私の目的。私の夢、だ」


「――神殺し、ってこと?」


「ああ。実際、奴らはこれまでも地上を監視しては目立つ異能者を排除している。そんな監視世界はうんざりでね。今日も結界をガチガチに張って何とか目を逸らしてる有様だ。――とはいえ、今の戦力で神殺しは叶わないから、五百年かけてコツコツと神器や仲間を集めた。その一環としてお前たちにも協力してほしいんだ」


 神崎彩華の語る目的は壮大過ぎて、今一つぴんと来ない。神を殺さなければ、自由に生きられない。そんなことがあるだろうか? これまでの人類は、自由ではなかったのか?


「悪いけど、正直納得はできないわ。神がいることも、世界に影響を及ぼしかねない異能が排斥されることも知ってはいる。でも、だからと言って神を滅ぼさなければ自由に生きられないなんて、私は思ってもいなかった」


「今まではそれでもよかった。異能を使わず、隠れ住む選択肢もあった。だがここしばらく、神の動きは活性化している。文明は成熟し、異能を用いずとも人は星を滅ぼしかねない力を手にした。――噂では奴らは地上を掃除しようとしている。人の文化と異能を一気に消し去り、世界をリセットしようと画策しているのさ。……まるでシミュレーションゲームだな。失敗したから、やり直すつもりらしい」


「……それ、本当なの?」


「さて。それがいつなのか、どこまで本気なのか。そのあたりは今調査中だ。だが、最悪に備えて戦力を充実させなくてはならない。そのためにここしばらくは仲間集めに奔走した。まだ足りないんだ。――改めて頼む。この世界を守るため、神殺しに協力してくれ」


 ルウはしばし考える。と、その時、傷だらけだった真白が立ち上がる様子が見えた。どうやら治療は終わったらしい。


「話はなんとなく聞いたよ。それで、俺の考えだが――ルウ。俺は彼女に協力してもいいと思っている」


 真白は部活に入るかのような簡潔さであっさりと告げる。


「……真白くん。気軽に言うけれど、何をするのかわかっているの?」


「詳しくはわからない。色々条件は確認しなくてはならないけど――」


 そこで真白は、自らの左の手のひらをじっと見つめる。


「俺が手に入れたこの力は、かつて人々を助けるために授けられたものだ。原初の願いはきっと、救済なんだろう。かつての神々が、世界を、人を滅ぼそうとするのなら、俺はそれを止めたい。それが、英雄としてこの力を授かった意味なんだろうと思う。何より――このままだと世界と一緒に君も死んでしまうんだろう? それは困る。俺は君を助けるために、生まれてきたんだから」


 真白はきっぱりと言い切った。その言葉にルウの頬が熱くなる。そんなに簡単に。それに……なんというか、運命的な話だっただろうか?


「ん? あぁ。そうか。お前は対ブリューナク用に造ったから、本当にその通りなんだな。ルウ。この真白という人間は、お前を止めるために生み出されたんだよ。お前がいなければ、この世界には存在していないんだ。――そりゃあ、神を殺すことだって厭わないさ。それが彼の、存在理由なんだから」


「…………そうか。そう言われれば、そうね。あなたは、私のために生まれてきた。私を止めるための、守るための、盾だったのね」


 だったらまぁ、仕方がないだろう。英雄が世界を守ることは、当然なわけだし。何より、ルウ自身も死にたいわけではないし。


「……どこまでできるかわからないし、諸条件については相談したいけど、いいわ。手伝ってあげる。――とりあえず、報酬について相談しましょうか」


「――任せておけ。何せ世界に唯一の特殊技能だ。技術手当は弾んでやる」


 神崎彩華はにやりと笑う。


 これからどうなるかはわからない。でも、空の上とはいえ右腕は取り戻したわけだし。新しい目標に向かって行くのも悪くはない。――守られてばかりというのも性に合わないし。お互い背中くらい、預けられるくらいにはなっておきたいし。


「元通りとはいかないけど、新たなスタートね」


 取り戻そうとしていた右手は、いつの間にか世界を掴めるくらいになっていた。だったら、それを使って星を守るのも悪くはないだろう。


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