第27話:真白/瑠羽/夢を叶えるそのために
「――顕現。断鋼剣」
今、現世に蘇ったのは、おそらく世界でもっとも有名な剣。アーサー王がその手に携え、たいまつ数百本に匹敵する光を放ち、鋼も鉄も、あらゆるものを斬り裂いたと言われる王の象徴。――剣だけでなく、その鞘にも強い神秘が込められていて、持つ者は時間の干渉から解き放たれ、不老不死の力を得ると伝わっている。
「さあ――受けられるか」
神崎彩華が、大上段に構えた王の剣を振り下ろす。まばゆい光が刃となり、天を貫く柱へと変わった。天空にある衛星にさえ届きそうな凄まじい光量。まさしく伝説の顕現だった。
真白の脳裏に過ったのは、昔たまたま図書館で読んだ伝説の武具の本。その中で一番大きくまとめられた、ゲームでも物語でも、他に並ぶことのない最強の武器。その輝きに目を焼かれながら、彼にできることは全力で盾を展開することだけだった。
「顕現……最強の盾」
真白の眼前に透明な力場が展開する。この後ろには何も通すまいと、覚悟と魔力を注ぎ込んだ。
「ぐっ…………くそ……アイギス……もっとだ……!」
真白の声と魔力に応え。曖昧だった輪郭が、盾の形を成していく。神話の力を取り戻していく。金色に縁どられた美しい造形の、身体を覆い隠すほどの丸い大きな盾。その障壁に向けて光の断層が襲い掛かってくる。真白にできることは両手で盾を支え、光の奔流に押し流されまいと抵抗することだけだった。
じりじりと削られていく盾。それと合わせて失われていく魔力。神話を超えた神秘の前に、真白の肉体は摩耗していく。このままではすぐに終わってしまう、もう一段階、踏み込まなければ。
「まだだ……換装、イージス!」
真白の掛け声で盾の形状が変化し、迎撃機能を発動させる。光の奔流を相殺するように、盾から無数の迎撃ユニットが散布され、そこから光弾が放たれる。だが。
「ほう? 伝承の再現だけでなく、言葉に込められた意味を神器に追加したか。伝承の潤色だな、面白い」
神崎彩華は驚きの声を上げる。とはいえ彼女の攻撃は防ぎきれていない。多少威力が弱まった程度で、どんどん盾が削られていくのがわかる。神器の格も、現代における逸話も、この盾は聖剣に引けを取らない。にもかかわらず圧倒されているのは純粋に魔力量の違いだ。神崎彩華という、五百年かけて造られた魔力の蓄積が圧倒的な火力を支えている。
「真白くん……!」
ルウの叫び声が聞こえた。真白は声を振り絞る。
「ルウ……! ブリューナクを、頼む……!」
このままではじり貧。魔力切れと同時に消し飛びかねない。神崎彩華としては真白もルウも殺したくはないようだったが、とはいえ五体満足で残す理由もない。極端なことを言えば、生きてさえいれば神器使用の部品としては機能する。だから、せめて反撃を行わなければ。無事に帰るために。
「――顕現。最大出力、貫くもの!」
衛星から降り注ぐ、今までで最大の光。聖剣の輝きの隙間からでも鮮明に映る。五条に分かたれたソレは、星の海にすむ巨人の腕のようだった。やがてその形は歪み、それぞれの指が独自の軌跡を描き、神崎彩華に襲い掛かる。だが――。
「悠久不変の守護。同化せよ」
神崎彩華の呟きと合わせて金色の鞘が現れた。鞘は粒子となって空間に溶け、神崎彩華の肉体を覆っていく。――そこへ、光の槍が突き刺さり、一瞬で掻き消える。
「――効かない……! 神器の同時使用!?」
ルウが驚嘆の声を上げる。真白も複数の神器を発動させてはいるが、実は完全に同時に使っているわけではない。神でもない限り、強力な神秘を同時発動をすれば魔力が不足し、血管や脳にも大きな負担がかかる。下手をすれば焼き切れてしまいかねないのだ。
「あぁ。そもそも、この鞘と剣は一揃いだからな。私の魔力量なら不可能ではない」
確かに、言われてみれば元々一対の武具である。しかし、それぞれがあまりにも協力過ぎる代物だ。さすがは現世で最も知られた剣だけのことはある。
「くっ……」
盾がどんどんと削れていく。アーサー王の剣は神の武器ではなく、湖の乙女と呼ばれる妖精によって造られたものだが、最上級の神秘であることには変わらない。ギリシャの神に造られたアイギスと格は同等とみていい。だが、魔力量が大きく異なる。神崎彩華はおそらく生きてきた五百年間で魔力を溜め続けている。真白とは比較にならない貯蓄。それはそのまま耐久力の差となって表れている。
「終わりだ。よく頑張ったよ。誉めてやろう」
神崎彩華は再び黄金の剣に魔力を込め、振りかぶった。
「――最大出力。断鋼剣!」
真白の目に映ったのは、光の断層。空を、闇を、空間を斬り裂く巨大な柱。
「止める! 全力展開、最強の盾!」
巨大な盾が、視界を覆う。後ろには守るべき少女がいる。一歩も引けないと、真白は大地を深く踏みしめる。
「おおおおおおおおおおおおおー!!!!!!」
真白は叫んだ。光の刃が、盾を少しずつ斬り裂いていく。一秒でも長く持たせようと、真白は魔力を注ぐ。少しでも力が籠められるよう、大きく声を張り上げる。魔力も、両手も、命もいらない。これを止めて、逆転の一撃を――。
――盾が両断された。
身体はかろうじて繋がっている。
左肩から右腰に掛けて袈裟斬りに。
真白は血を吹き出しながら、ぼろ切れのように吹き飛ばされた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「真白くん!」
ルウは叫ぶ。かろうじて、斬撃はルウをぎりぎりで避けていた。いや――真白が、逸らしたのだ。彼はルウの後方に吹き飛んでいる。死んではいないようだったが、もはや動くことはできないだろう。それくらい、傷は深い。
駆け寄ることはしない。彼が作ったチャンス。たった一度の機会を無駄にはできない。神崎彩華を睨み、再び衛星から攻撃を放とうと試みる。だが――。
「いい加減、鬱陶しい」
神崎彩華は、金色の聖剣を軽く振るった。それだけで、眩い光と共に斬撃が飛来する。
「――――え?」
あの、雨の日を思い出す。何の感触もないくらいにあっさりと、機械仕掛けの右腕は、切断されて地面に落ちた。
「――――あ」
フラッシュバックを強引に振り払う。だが、身体は正直で、ルウはバランスを崩しその場にへたり込む。冷静さを保とうとしても、衛星との接続は途切れてしまった。これではもう、ブリューナクは放てない。彼女にできるのはただ神崎彩華を睨みつけることだけだった。
「終わりだ。私相手にここまで戦えた人間は少ない。その力は私が役立てよう」
ゆっくりと、神崎彩華はルウへ向かって歩み寄る。彼女が足元に転がっている、ルウの腕に目を落とした。その時。
「……顕現。石化の魔眼」
吹き飛ばされた真白が、息も絶え絶えに神崎彩華を睨みつけていた。その瞳は金色に輝き、神秘の光を放っている。
「メドゥーサの魔眼か。強力な神秘ではあるが、鞘の防御があれば石化には至らん。――とはいえ、動きは制限されるか。悪あがきを」
神崎彩華はその場で固まったように足を止めた。鞘の力である程度は相殺されているようだが、完全に防御しているわけではなさそうだ。致死に至る石化の状態変化は防いでいるが、致命でないデバフまでは防げていないような印象。――少しだけ、時間は稼いでくれた。
「……ねぇ。さっき私に、何のために生きているのか、って、聞いたわね」
ルウはポツリと、思い出したように口を開く。その間に準備を整える、時間稼ぎだ。
「そうだな。――なんだ、遺言か? 殺す気はないが、望むなら止めんぞ」
「違うわ。……私はね。きっと、母に認めて……褒めて欲しかったのよ。神器を使いこなす、彼女の望んだ娘でいたかった。彼女の笑顔が欲しかった。――でも、腕を失って、自分の価値を失ってしまって。だから必死になって取り返そうとしていた」
神崎彩華は黙ってルウの方を見ている。何か思うことがあるのだろうか、珍しく皮肉も苦言も発さない。
「でもね。考えてみたら、腕を失ったからといって、母の態度は何も変わらなかった。むしろ神器のせいで何かに巻き込まれることを嫌っていたのかもしれない。だって、私は元々、あなたを殺すために造られたのでしょう? ――今思えば母はきっと、そんなことを望んではいなかったのね」
娘が、誰かを殺すことを望む母はいないだろう。ましてこんな怪物だ。関わってほしくないのが本音だったはず。
「――それで、お前の生きる理由は?」
絶体絶命の状況だからか、頭が妙にはっきりしている。やることはもう明確で。後は引き金を引くだけだ。だから、素直な言葉が紡がれていく。
「――私は、なんの柵もなく、楽しい日々を送りたいわ。右腕は、そりゃあ自分のものの方がいいけれど、何かを殺すとか、殺されるとか、そんなことは関係なく、当たり前に生きて、機会があれば恋をして、幸せになりたい。それがきっと、母が望んでいることだから」
右腕に捕らわれるのではなく、誰かを殺すために存在するのではなく、ただ楽しいと思うことを、気の向くままにしてみたい。――できれば隣に、誰かがいてくれたら嬉しい。それが、今のルウの望みだった。
「そうか。それは……いい夢だな。私もずっと、そうありたいと思っているよ」
本当に珍しく、神崎彩華は笑みを浮かべた。――五百年生きた彼女の望みは、案外そんなささやかなものだったのかもしれない。
「ええ。だから――あなたの思い通りにはならないわ。これが最後の勝負。受けてみなさい」
ルウの言葉に、神崎彩華は警戒するように上空を、闇の中で輝く紛い物の星を見上げた。――残念、外れだ。
「顕現――――」
呼び起こすのは、太陽神ルーが持つとある神器。私の《《右腕》》に埋め込まれていた、もう一つの神秘。
「報復の剣」




