第26話:瑠羽/乙女の加護を秘めたモノ
ルウは、神崎彩華の剣に斬り裂かれ、血を流し倒れていく真白を横目で見ていた。
今すぐにでも駆け寄りたい。助けたい。――でも、その気持ちを唇を噛んで振りほどく
今衝動で動いてしまったら、全てが水の泡だ。ルウは今、衛星軌道上にある攻撃衛星と自らを接続し、再起動、攻撃準備に注力している。既に起動は終わり、発射までは三十秒ほど。
(――大丈夫。だって、真白くんは、任せろって言ってくれた)
ルウは頭の中から不安と迷いを一旦追い出す。魔術師は精神制御の訓練をする。制御を誤ると自らの命を奪いかねない力だからだ。その応用で、思考を目の前に集中する。あと、もう少し。
「――間に合わなかったな」
祈るように天を見上げるルウに、黄金の剣を突き付けているのは神崎彩華だった。足元には血溜りが広がり、誰のものとも知らない血液が、地面を濡らしている。
「発動を止めろ。さもなければ右腕を切断する」
(ダメだ、間に合わない。仮に発射できたとしても、着弾までのタイムラグがある。時間を稼ぐ方法。この化物相手に? 何ができる。何が、あと十秒。なんでもいい。右腕と頭さえ残っていれば、何とかなる)
「お断りよ」
何も思いつかぬまま、反対の意だけはきっぱりと示す。その回答に表情一つ変えず、神崎彩華は剣を振り下ろした。そこには余計な動作など一切なく、残念ながら時間切れだ。
(……何かないか。誰か。誰か、何でもいい。時間を稼いで。――あれ? ……そういえば、こういうとき、私を助けてくれる英雄が、すぐ近くにいたような――)
血だまりがルウの目に留まる。彼女は、それが誰の血なのかわからない。走馬灯のようにゆっくりと振り下ろされる剣。回避などできない。近くにいる化野護はこちらを見守るだけで、助けてはくれない。――他に、ここには誰もいない。…………本当に?
「――ハデスの隠れ兜、解除」
――突如、血まみれの背中が現れる。ルウを庇うように立っているのは一人の少年。本当にいつの間にか彼女の意識から完全に消えていた、最も身近で、頼りになる英雄。これが、神話の時代、神代の怪物すらも騙した隠れ兜。おそらく、神崎彩華も認識できていなかったのだろう。神器の力で姿を隠し、ルウの目の前に真白は再び現れた。そして――。
「顕現、最強の盾」
神話の力が、現代へと蘇る。振り下ろされた金の剣と、輝く力場が相殺し合った。神崎彩華の持つ剣が何かはわからない。だが、先ほどアイギスをあっさり切断したことを考えると、おそらくブリューナクと同じく、必殺の神秘が込められた武器なのだろう。だから、真白は全力を出し、顕現を発動させた。
神器の引き出せる力は、魔力の総量によって大きく変わる。真白は常人とは比べ物にならないほどに魔力が多いが、神崎彩華はレベルが違う。太古の英雄と遜色ないほどの魔力量で、神器の力を最大限引き出せている。
「――見事だ。兜はもちろん……その盾、顕現させているとはいえ、防ぐか、この刃を。……お前を生み出した甲斐があったな」
元々真白は神崎彩華の指示により造られた存在らしい。まるで自分が生んだような口ぶりだが、薄く笑みを浮かべていることから、挑発だろう
「……母親面をしないでくれないか」
「反抗期か。悲しいな」
軽口をたたきながらも神崎彩華の攻撃の手は緩まず、何度も黄金の剣を真白に叩きつけている。先ほどつけられた傷は神器の力で止血されているものの、傷は深く、表情からも痛みが伝わってくる。正直、そう長くはもたないだろう。だが、もう充分。
「ありがとう、真白くん。少し距離を取って」
こちらの充填も完了した。ルウは天に掲げた手をそのままに、神代の奇跡を呼び起こす。
「顕現――攻撃衛星ブリューナク!」
我ながら、意味の分からない呼称だな、とルウは苦笑する。だが事実だから仕方がない。
ルウの発声と同時、衛星軌道上から五条の光が射出され――狙い違わず神崎彩華に向かっていく。真白は身体を引きずるようにして彼女から距離を取っていた。
「――ブリューナク。太陽神ルーのもつ必殺必中の槍。その上衛星兵器と同化させることで超々遠距離攻撃と火力の向上を実現させている」
降り注ぐ光の槍を見つめながら、神崎彩華は呟いた。
「冷静な分析ね。……あなたなら防ぎきれる、と?」
「さて――試してみるか」
降り注ぐ五本の輝く指。本来なら五体の敵をそれぞれに葬る刺突は、神崎彩華の肉体に集約され、襲い掛かる。
「――――ほう」
すさまじい光量と熱が標的へと襲い掛かる。感嘆の声と同時、強力な光の槍によって頭から心臓にかけ、上半身を吹き飛ばされ神崎彩華は地面に倒れこんだ。着弾した周辺の大地は吹き飛ばされ、土砂が舞い視界を奪う。残ったのは――肩より上が吹き飛んだ、スーツ姿の亡骸だ。
『えっ……?』
ルウと真白は同時に声を上げる。いくら強力な攻撃とはいえ、不死の力を持つ相手をあっさりと倒してしまったものだから、困惑しているのだ。
「この程度で……?」
すさまじい威力であったのは事実だし、必殺の槍と呼ばれる代物でもある。だが――神崎彩華の前評判を考えれば、簡単すぎる。
「……ああ。もちろん、この程度で死ぬようなら私はいま生き残ってはいない。……ち。衣類も幻獣の毛や神代の素材を使った特注品だったんだがな。さすがに破損したか」
抑揚なく言葉を紡ぎ、土を払いながら何事もなかったかのように神崎彩華は立ち上がった。欠損していた肩から上の部位は既に修復されているが、さすがにスーツやシャツは破れてボロボロで、白い肩口が露わになっている。
「……化物」
「いや、ダメージは受けているよ。神器の力によるものだが、治癒というより回帰だからな、魔力消費が大きい。――喰らい続ければ、いずれ魔力の枯渇もありうるだろう。……。あと普通にスーツを失ったのが痛い。製作コストは高級車と遜色ないからな。覚えておけ」
神崎彩華の口調――とりわけ最後の一言には強い想いが込められていた。だが、構ってはいられない。精神を乱したなら、それは好機だ。
「そう。良かったわ。無駄打ちにならなくて。なら――魔力切れを狙わせてもらうわね!」
出し惜しむ余裕はないし奥の手もない。再び衛星からの攻撃を放つ。再び夜を照らす五本の輝き。
「自動追尾までついていて、回避は無意味、と。本当に反則だよ。本人を倒すのが手っ取り速いんだろうが――」
ルウの目の前には、血を流した真白が立っている。彼の防御は神崎彩華のソレと匹敵するレベルだ。簡単に突破できるものではない。
「仕方ない。ならば、私も呼び出そう」
天空から降り注ぐ流れ星のような五つの光弾。それはまるで彗星のごとく、今度こそ神崎彩華を消し去ろうと襲い掛かり――。
「顕現。――悠久不変の守護」
神崎彩華の持つ神器の正体は知られていない。ここまでの戦いで分かったのは、頭を吹き飛ばされても復帰可能な治癒に、絶対的な防御と、全てを斬り裂く剣。複数の神器を持つこと自体は、真白の例を見てもあり得ないことではない。そしてこれはおそらく――防御の神秘。
神崎彩華が右手を頭上に掲げると、金色に輝く盾のようなものが展開された。何かを守るような、包み込むような印象を想起させる。
その『何か』にブリューナクの攻撃が触れる。ルウはどちらの神秘が上回るのかを凝視していたが――。
「――え?」
衛星からの攻撃は、神崎彩華の守りに触れた瞬間、元々存在しなかったかのように、消え去った。
「……アレは、単純な防御じゃない。俺のアイギスとは質が違う」
真白が何かを読み取ったかのように呟き、ルウも頷く。
「受け止める、弾く、という盾の要素ではないわね。そもそも触れてもいないような、そんな様子に見えた。そのレベルの防御を可能とする神器、何があるかしら……」
神器同士の戦いは、言ってしまえば相性バトルである。基本的には最強の剣、最強の盾、最強の鎧が蔓延るのが神話における武器防具だ。例えば強力な炎を放つ剣には耐火の力を持つ鎧が強い。一方で必殺必中の武器と絶対防御の盾がぶつかり合えば、どちらかの特性が発揮されない矛盾が生じる。
その際の勝敗は神秘の強さや込められた魔力量による部分が大きく、必殺必中の力を持つブリューナクを消滅させたあの『守り』は、ブリューナクと同等かそれ以上の神秘を秘めているはずだ。
「……神器の正体がわかれば、逸話に紐づく特性も見えてくるけれど……」
太陽神ルーの槍と同等もしくはそれ以上の神秘等そうそうあるものではない。あとは名前から推測するしかないが、神崎彩華が宣言したあの言葉は、一体どういう意味だったか――。
「すぐにわからないなら、探っても無駄だろう。俺が防御を使わせるから、隙間を縫って当ててくれ」
真白の怪我は神器の力で先ほどよりマシになったらしく、いくらか顔色が良くなっていた。
「わかったわ。無理はしないで」
「任せろ。――顕現、有翼履」
言葉と同時、真白は高速で駆けた。神崎彩華の眼前まで迫ると、右手に持った湾曲等を叩きつける。あっさり受け止められるが、真白は再び反転し、あらゆる角度から剣を叩きつけ始めた。
「動きは良くなったが、威力が足らないな。防御をするほどでは――」
「顕現。不死殺しの湾曲刃」
「ちっ。――顕現」
真白は不死属性を破壊する神秘の刃を振り下ろす。さすがに顕現なしでは受け止めきれないと思ったのか、再び神崎彩華は神秘を発現させた。真白の攻撃はあっさり受け止められた。刃が消えるようなことはないが、神秘は完全に相殺される。だが、隙はできた。
「貫くもの!」
タイミングを合わせ高速射出された光の槍が神崎彩華に降り注ぐ。
「やるな」
神崎彩華は散発的に降り注ぐ五条の槍を手にした防御ですべて防ぎきる。しかし――。
「まだまだっ!」
再びハルパーを手に、真白が斬りかかる。だが、技量差は激しく、あっさりと避けられた。
「遅い!」
神崎彩華も金色の剣で真白を突く。狙いは右腕。剣を落とすつもりだろう。だが。
「最強の盾!」
キン、と高い音を立て、生み出された力場が金色の剣を防いだ。その隙を掻い潜る様に、再びルウはブリューナクを放つ。五条のうち四本はかろうじて受け止められたが――。
「……ちっ」
舌打ち。神崎彩華の左足は槍に貫かれ、大きな穴が開いていた。
「このまま、畳みかける!」
真白は再びハルパーを振るう。二対一、しかもこちらには強力な神器が複数ある。こちらが圧している状況だ。これなら勝てる。――そう、ルウが思ったとき。
「――――顕現」
一瞬で神崎彩華の足は再生していた。構えた剣から、夜を覆すかのような輝きが放たれている。真白は足を止め、ルウも思わず目を閉じた。
「真白くん、気を付けて! 剣の力を開放するつもりだわ。私の予想が正しければアレは―――」
神崎彩華の守りに含まれていたスキャバードという言葉。それが意味するものを、ルウはようやく思い出していた。




