表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/31

第24話:瑠羽/神の腕が欲しいわけ

「さて、これから君たちが取りうる手段は大きく二つ」


 真白の養父――化野護あだしのまもるは、ピースサインをするように指を二本立てた。ルウは頷き、先を促す。


「一つは、腕を諦め、神崎彩華かんざきさいかさんの要求に従う。あの人は傍若無人で唯我独尊、我が道を突き進んでいるように見えるけど、話の通じない人じゃない。腕を回収した後、君の身柄は保証してくれるはずだ。――ただ、神器を集めることに対する執着は強いから、返してもらえる望みは薄いけれどね」


「なるほど」


 ルウにとっては、右腕を失ってからの状況と同じだ。ただそれが永久に続くだけ。――つまり、生きているが、生きているだけの存在となる。


「もう一つは、要求を突っぱねる。交渉か、戦闘か、方法次第ではあるが、君の要求を通す。ただ、当然リスクは高い。彩華さんは、目の前に立ち塞がるものへの容赦がないからね。それこそ――神様だって殺してしまうような人だ」


 伝わる伝承が確かなら、彼女は五百年前に神を殺し、神によって国を滅ぼされた。それ以来、彼女は神に恨みを抱き、自らの国を再興するため生き続けていると噂される。神器を集めているのも、神に対抗するためであるとか。


「…………それでも。私は、あの腕を諦められない」


 ルウにとって、あの腕は自らの存在の意味そのものである。彼女は魔術師としては平凡で、母親のように人形師としての才もない。異能者としての彼女の価値は、あの腕を持つ、神の槍を再現できる、という一点のみなのだ。


「……なぜだ?」


 真白の問いに、先ほど考えた言葉を返そうとして――ふと、思いとどまる。異能者としての価値、それは、一体、何のために必要なのか。自分はその腕を取り戻して、何を成したいのか。ルウはその答えがないことに気づく。


「なぜって、私は――」


 よぎるのは、些細な承認欲求。幼いころ、神の力を再現することができて、母に褒められたおぼろげな記憶。


「失った自らの一部を取り戻したい、と願うのは自然なことだよ、真白。理由を問いたい気持ちもわかる。でもそれは不躾なことだ。少なくともよく知らない男の前でする話ではないだろう」


 ルウの心情を読み取ったかのように、化野護あだしのまもるは言葉を継いだ。文字通り、見透かされているのかもしれない。なにせ彼は神眼持ちだ。


「……確かにそうだな。すまない。不躾だった。機会があれば、その時に」


 とりあえず真白も納得したようで、ルウは胸を撫でおろす。――同時に、答えを探さなければならないと、心に決めた。


(――当たり前に右腕があった十五歳の時。私は一体、何を思って生きていたのかしら。もしかして、本当に、母に褒められたから?)


 だが、今はそれに埋没する時間はない。ルウは軽く頭を左右に振ると,気持ちを切り替えて意志を伝える。


「改めて伝えるわ。私は自らの右腕を取り戻したい。だから――神崎彩華と敵対する。愚かなことだとわかっている。そして、私ひとりではどうしようもできない。……あぁ、本当に情けないわね。無責任に無理難題を課すヒロインみたい」


 顔を覆いたくなるような恥ずかしさを感じて、頬が赤くなる。ルウの戦闘能力は凡百の魔術師と同等だ。神器を多数持つ神崎彩華へ対抗するなんて到底不可能。彼女の持つ最大戦力は、今も空の上で石の塊に埋まっている。


「――いいよ、意志さえ確認できれば十分だ。俺は、君の腕を取り戻すために協力すると約束した。まだそれは達成できていないからね。……さっきの質問は、君が命を懸けるつもりなのかを問いたかったんだ」


 内容とは裏腹に、カレーの材料を買ってきてと頼まれた子供のような気軽さで真白は答える。それは――ルウにとって心強くもあり、恐ろしくもあった。ルウは、彼の命を天秤に乗せるのだ。おそらくは簡単に掲げられてしまうであろう、不平等な皿の上に。


「真白くん。――ありがとう。改めて、言葉にさせて頂戴。私を助けて。私の右腕を取り戻す手伝いをしてほしい。報酬は……今すぐに渡せるものはないけれど、私にできることはできる限り」


 背筋を伸ばして座を正し、ルウは真白に頭を下げた。真白はそれを見て笑う。


「うん。わかった。何が欲しいのか、考えておくよ」


 二人の様子を見て頷くと、化野護は口を開いた。


「さて、では方針は決まったね。では、やれることを考えようか。私も協力できるだけのことはするよ。交渉、戦闘、降伏、それぞれの詳細を詰めていこうか」


「……あの、降伏、って」


「まぁ、どうしたって勝ち目はないからね。彼女だけなら出し抜くことはできるかもしれないが、彼女の周囲には神秘を秘めた手練れが控えてる。昨日の山中でも、下手なことをすれば皆殺しにされていたよ」


 化野護はさらりと恐ろしいことを言う。考えてみれば当たり前だ。神崎彩華は世界中から狙われているようなものなのだから、護衛もつけずに一人で来るわけがない。


「……全く気付かなかった。そもそも武力でどうこうするのは無理ってことか」


「そう。私たちの勝利条件は、神崎彩華に勝つことじゃない。ルウさんの右腕をルウさんの所有物として認めさせる。そのための条件を定めることだ。そのためにどうするかを考えようじゃないか」


 なるほど、確かに道理だ。改めて、冷静な大人が味方にいたことを感謝する。ルウと真白だけだったら、特攻して玉砕していただろう。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ルウは深々と頭を下げる。――そうだ、勝つことが目的じゃない。結果的にあの腕が、手元に戻ってくればそれでいい。そう考えると少しは気楽になった。真っ暗闇から、一筋の明かりが差したような気分。改めて、機械仕掛けの右腕を見つめ、拳を握った。


「……おや? その腕――造ったのは、スオウさんかい?」


 化野護は眼鏡をずらし、ルウの腕を凝視した。


「ええ。あと、母も関わっているようですが、詳しくは……」


 よく考えると、自分で少女の腕を切断しておいてその義手を何食わぬ顔で作っていたスオウは狂っていると思う。


「なるほど、ね。色々と仕掛けがありそうだ。後で詳しく見せてほしい。作戦に組み込めるかもしれない」


「はぁ、わかりました」


 義手としては高性能だが、あの神崎彩華に通用するとは思えない。ルウは疑問に思ったが、詳しくは後で聞けばいい。――もう、決戦まで時間はない。使えるものは何でも使って、目的を達成するのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「――よし、到着だ」


 会議の後、化野護あだしのまもるの運転する車で、ルウと真白は昨日戦ったスオウの研究所を再び訪れていた。神崎彩華かんざきさいかとの戦いに備えて情報を集めておくためだ。山道なので車で登ってくるのはかなりの苦労を強いられたが、何とか無事辿り着くことができている。――相当揺れたので、ルウは少々気分が悪かったが、この程度は許容範囲だろう。


 三人は車を降り、研究所の入口へと向かう。既に気配に気づいていたのか、こちらが呼びかける前に中からスオウが現れた。


「や、スオウさん。昨日より――顔色は良くなったかな」


 旧知の友人のように護は声を掛ける。


「……昨日、娘と久しぶりに電話をした。たくさんの言葉をぶつけられたよ。――思えば、彼女の言葉をきちんと聞いたのは久しぶりだった。いつも何を言われても聞き流していた。……本当に、親として情けない」


 スオウは苦笑した。心なしか、表情は明るい。憑き物が落ちたかのようだ。


「それで、和解はできたのかい?」


「まさか。そう簡単な話じゃない。まずは対話をしてもらえるようになるところからだよ」


「そうか。協力はできないが、うまくいくことを祈っているよ。――子供には、親が必要だ。害悪でないのならね」


 ルウは母のことを思い出す。普通の母親のように常に一緒にいてくれたわけではなかったが、ルウにとって彼女が大切であることは疑う余地もない。


「それで、要件は聞いたが、衛星の詳細を教えて欲しいと」


「ああ。今後のことを考えると構造は知っておきたいからね」


「なるほど。腕を回収するにせよ、情報は必要か。こちらにまとめてある。必要ならばデータでも送ろう」


 スオウは分厚い冊子を取り出した。


「ありがとう。データもあったほうがいいかな。衛星との通信はここのアンテナを経由して?」


「そうだ。低軌道衛星を経由する方法もあるが、どうしても速度や効率が悪い上リスクもあるからな。長手の娘の腕には既にアンテナを経由した通信装置が組み込まれているから、特にこの場にいる必要もない。距離に応じて多少のラグはあるが、気になるほどでもないだろう」


「なるほど。ルウさん。接続方法とか、わかる?」


「……なんとなく……あまり意識がなくて、感覚的に覚えているかな、くらいですね」


「マニュアルを送ろう。接続さえしてしまえば、あとは感覚的に操作できるはずだ。だが……アレは、もう動かないのではないか? 伝承において、石化の解除のためにはメドゥーサの血が必要だったろう。あんなところまで血は届かん。あそこまで届くのは、それこそ()()くらいだと、お前たちが証明しただろう」


 スオウの言う通りだ。そもそもアレに対して行えることは、せいぜいが隕石を砕き中からルウの右腕たる槍を取り出すことくらいである。


「まぁそれはね、私の方で何とかするさ。今はとりあえず、必要な情報を集めよう」


 護は不敵に笑う。本当に、彼が味方で良かったと、ルウは心から思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ