第23話:真白/緊張と緩和
「養父さん……」
突然の養父の登場に、真白は混乱していた。
神崎彩華から突きつけられた、自らは彼女の思惑によって創られたという事実。そしてその理由が、ルウのへ槍の対抗手段だという現実。それに加えているはずのない養父。完全に頭はパニックである。
「うん、お疲れ、真白。いい羊羹を買ったんだ。帰って一緒に食べよう」
「いや、それは……ありがたいんだけど」
紙袋を掲げ、暢気に笑う養父。言いたいことはわかるのだが、今この状況をどうしたらいいのか。目の前には抜身の刀を持った長身の女性。表情から感情は読み取れないが、臨戦態勢であることは間違いない。
「……化野か。なるほど……養父、ということはお前が匿っていたということだな」
「あぁ。研究所が教会に破壊された後、外で泣いている彼を見つけてね」
「……なるほど。鼻が利く協会連中をどう掻い潜ったのかと思っていたが……ハデスの兜、か。なるほど。神眼を持つお前なら、見つけられるな」
養父――化野護と神崎彩華は旧知のようだ。この断片的な情報で、何が起こったのかを一瞬で理解したらしい。ちなみに施設の破壊やそこからの逃走に関する状況を真白はほぼ覚えていない。神器の発動もおそらく無意識だっただろう。
「それ以来ずっと親子として過ごしていてね。結構な期間一緒に暮らしていたし、情もある。この場は私に免じて見逃してくれないかな。そもそも君がここに来た理由は――あの衛星軌道上にある攻撃兵器を止めるためだろう? その目的は彼の魔眼によって達成されている。何せ疑似的に石化して、動作不良に陥っているからね。そう考えれば、ほら。急ぎの要件はないんじゃないかな?」
養父は人差し指を立て、漆黒の空を示す。……なるほど。詳細はわからないが、神崎彩華の目的はあの攻撃衛星を止めることだったらしい。
「そうだな。だが、太陽神の槍は回収しておきたいんだよ。他の敵対勢力にわたることは避けたいし、私としても利用価値がある。だからこそ、その再現体の身柄の確保は命題だ――ついでに、ペルセウスの神器も確保しておきたい」
神崎彩華の瞳が細められる。事情はよくわからないが彼女は神器を集めているらしい。当然真白とルウの所持している神秘も、彼女にとっては蒐集対象なのだろう。
「別に今すぐでなくてもいいだろう。何せ真白も、この子もボロボロだ。何より今の状況も把握しきれていない。このままだと混乱のまま戦闘に突入することになるよ。下手すれば命を落としかねない。それは君も本意ではないだろう? そうだな――数日、時間を貰えないか。私の方で状況説明はしておく。その上で交渉の場を設ける、でどうだろう」
養父は気後れすることなく、長身の女性と交渉を行う。真白は神崎彩華と呼ばれる女性のことを良くは知らないが――周囲の雰囲気と、何より本人の持つ所作、気配から、尋常な存在でないことは理解している。そんな相手と対等に渡り合う養父は一体何なんだろう、という疑問が浮かんでいた。
「……私も暇ではない。今力ずくで拘束してしまったほうが楽だな。まだ天秤は釣り合わん」
「そうだね。もしあなたが力づくでの戦闘を選んだ場合は……私も含めて敵対することになる。――逆に、もし私の提案に乗ってくれるようなら、この眼の力を一度貸すことを約束しよう」
「……ほう。天空神の瞳を、か。いいだろう。口約束は信用せんからな、ちゃんと魔術で契約を結ぶぞ。呼び出したらいつでも来るように」
「いや、いつでもってのはちょっと。……諸条件は、調整させてほしいなぁ」
養父が打って変わって口ごもり始めたが、神崎彩華は取り合わず、頷く。
「言質は取った。三日間猶予をやろう。それまでに対応方針を決めておけ。契約書は後日郵送する」
そう言い放つと、神崎彩華は背を向け、闇に消えていく。……結構な山の中なのだが、どうやって来たのだろうか。そんなことを真白は思いつつ、はぁ、と長い溜息をついた。
「……とりあえず、助かったみたいだ」
「……真白くん。……あなたのお養父さん、何者?」
ルウの質問には答えられない。なぜなら真白自身も知らないからだ。
「ふぅ、いや、疲れた。怖い人と話すと緊張するね。――まぁとりあえず、家に帰ろうか。ルウさん、だったかな。君も送るよ。あぁそれと……スオウさん」
養父の呼びかけに、スオウは答えない。だが、びくり、身を震わせる。
「あなたの願いは叶わなかった。失った人は戻らない。でも、あなたの支えを必要としている人はいる。――ルウさんの腕を切断し、時間を奪ったことは事実だから、彼女が許してくれるかどうか次第ではあるけれど、もう一度向き直ってみるといい」
「……タダでは許さないわ。あの衛星、石化してしまったけれど、戻せるかもしれないのでしょう? そうしたら、私に頂戴。それで諸々はチャラにしてあげる」
「……結構吹っ掛けてないか? いや、でも腕との交換と考えたらそんなものなのか……? でも腕ごと返ってくるようなものか……?」
真白がぶつぶつと呟いていると、ルウは彼を睨みつける。
「乙女の腕をぶった切ったんだから、星の一つくらいもらえないと、慰謝料としては不足でしょう?」
「……まったくもって同感だ」
色々言いたいことはあったが、とりあえず真白は同意しておいた。
◆◇◆◇◆◇
「いらっしゃい。迷わなかったか?」
「ええ。術が掛かっているから、招かれていなければ苦労したでしょうけれど。お邪魔します。……これお土産よ」
翌日の午後、身体を休めた二人は真白の養父――化野護の家で邂逅していた。真白の家は狭いし、養父がいたほうが何かとスムーズだろうと考えたからだ。ちなみに真白は昨晩もここに泊まっている。実家のようなものだし、部屋は余っているので問題はない。
「羊羹か、ありがとう」
「前にいただいたものが美味しかったから、私のおすすめを買ってきたわ」
居間に向け、真白は和風の廊下を進む。実家にルウがいるのは新鮮だった。彼女の持つ特徴は和風だが風体は洋風で、纏っている黒のワンピースも相まってこの家にいることに違和感が生じている。
「やあ、よく来たね」
「お土産、貰ったよ」
養父にルウから貰った羊羹を渡すと、笑みを深め喜んだ。
「へぇ、さすがに長手のお嬢さんだ。良い趣味をしている。わざわざありがとう」
「喜んでいただけて良かったです。あの……母のことをご存じなのですか?」
ルウの敬語は真白にとって新鮮だった。今まで針鼠のような様子ばかり見てきたが、こういった態度も取れるのか、と感心してしまう。
「うん。私は魔術師ではないけれど、異能者ではある。近隣に住んでいれば挨拶くらい交わしたことはあるさ。なかなか面白い方だったのは覚えているよ。身に着けているもののセンスも良かった」
「変人なのは間違いないですが……」
ルウの母親はどんな人なんだろうか。今度聞いてみよう、と真白は思うがとりあえず座るよう促す。居間はきれいに掃除されているが、畳敷きで木製のテーブルと座布団が置かれていて、典型的な和室だ。
「まあお茶でも飲んでいてよ。いただいた羊羹を切ってくるから」
紙袋を手に、養父は台所へと向かって行った。
「真白くん、改めて、昨日は本当にありがとう。それで……身体は大丈夫?」
座布団に正座し、こちらに向き直るルウ。姿勢は良く、思った以上に様になっていた。
「いや、無事でよかったし、全部を解決できたわけじゃないからな。身体は……多少筋肉痛だけど、そのくらい。ルウこそ大丈夫か?」
洗脳をされていたのだから、精神的な後遺症が存在する可能性があるだろう。
「ええ。身体への負担は思ったより少なかったみたい。……思ったほど、外道ではなかったのかもね」
結局、スオウはあの後、憑き物が落ちたかのような表情で、ルウに深々と頭を下げ、彼女の提案を受け入れた。攻撃衛星に関する諸々の情報は後日渡すということだ。
「しかし、あの衛星から腕、回収できるのか?」
「色々考えてはいるのだけれどね。機能を回復させるのが手っ取り早そう。真白くん、あの石化、解呪方法はないの?」
石化の魔眼による機能停止で、攻撃衛星は周回軌道を漂う隕石と化している。
「何とも言えない。少なくとも俺の意志で解除できるようなものじゃなさそうだ。永続じゃないのかもしれないが、どのくらいかかるかも想像がつかないな……何か、手段があればいいのだけど」
「それこそ、神崎彩華の手を借りるしかないのかもね……」
ルウの言う通りだと真白も思う。昨晩、養父から神崎彩華がどんな人物なのかを詳しく聞いたが、彼女なら宇宙から衛星を回収することも不可能ではないだろう。異能に関する実力だけでなく、シンプルに金や権力も持っているらしい。実際、現代日本おいて宇宙に手を伸ばすことができる個人はごく限られる。
「お待たせ。とりあえず、君の右腕に関する話は、羊羹を食べてからにしよう。まずはゆっくりしてくれ」
戻った養父と三人で、羊羹に舌鼓を打つ。まだまだ何もかも解決したとは言い難いが、それでもこういった団らんの時間を設けられることに、真白は心の中で感謝した。




