第18話:真白/生まれた意味を知る
「……はぁ、はぁ……」
息が荒い。慣れない神器の連続使用に加えて、貫かれた手足が悲鳴を上げている。ボロボロの真白が辿り着いたのは自宅ではなく、養父の家、つまり実家だった。住宅街にある、少し古びた一軒家。特別広い家ではないのだが、どことなく怪しい雰囲気が漂っている。
鍵は掛かっていない。そんなものがなくても常人は寄り付かないだろう。古びたドアを開けると典型的な日本家屋。廊下を進んだ奥の居間で茶を飲んでいたのは、三十代くらいに見える黒髪に眼鏡を掛けた男。とはいえ、真白が知る限り四十歳は超えているはずだ。
「やあ、お帰り。ずいぶんとボロボロだね」
養父――化野護は穏やかな口調で真白に声を掛けた。明らかに異常な衣類の欠損具合や血痕を気に留める様子もない。
「色々あって。……養父さん。聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
彼の過去。生まれてから、助けられるまでのこと。そして、可能ならば自身に秘められた力を引き出す方法を知りたい。
「いいけど、その前に傷を治したほうがいい。……ん? これ、もう塞がってるね。後で治療はするけれど……もう力を引き出すところまでは来ている。じゃあ私もそのつもりで話そう。とりあえず着替えておいで」
養父は真白の様子を見ると、すべて理解したような口調で真白に告げる。言われるがまま、真白は自室に戻り着替えをして、再び居間に戻った。テーブルの上には温かいお茶と羊羹が置かれている。
「さて、どこから話そうか――」
養父は、お茶で唇を湿らせると、真白の知らない記憶を話し始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
真白が生まれたのは――いや、創られたのは、とある研究所。
この世界には神秘の力が存在する。それは表では隠匿されているが、一歩裏路地に行ければ当たり前の常識だった。その力を得るために人々は様々な手段を用いる。
神秘は血統に宿る。力を持つ存在を生み出すため、その研究所では人間の血統を操作していた。神秘を生み出しやすい血統の遺伝子を受精させ、厳選し、育成をする。その繰り返し。その最終形態が、神器を宿す英雄の血を生み出すことだった。
どれだけの命が生み出され、奪われたのだろうか。そもそも生まれることすらできなかったものも大勢いる。その、たった一人の成功作。それが真白だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「君が生まれてしばらくの後、研究所が破壊されたんだ。――きょうかいによってね」
「それは――どっちのだ? 異能を管理する側か、敵対する側か」
以前ルウが話していたことだ。異能管理協会と、敵対する『教会』があると。音で聴いたときにわかりづらいのが困るなと感じた記憶がある。
「……なるほど。それを知るくらいには、踏み込んだんだね。後者だよ。神に仕える、異能を罰するための組織の方だ。研究所で創られていた『神秘』は、教会にとって看過できないモノだったから」
理屈はわかる。神を害しうるものが教会にとっての敵であるならば、真白のような神器を操る人間の存在は、脅威以外の何物でもないだろう。しかも、場合によってはそれの量産すら可能かもしれないのだ。
「なら、なぜ、俺は生き残って、ここにいるんだ?」
「君の持つ、隠匿の兜の力によるものだよ。生命の危機に反応したその兜は、教会の眼さえも欺いた。……まぁ、神秘の力というのは強弱というより相性だからね。だからこそ、君のような素人でも危険視されるわけだが」
「なるほど。……それで、なんで養父さんの元に?」
「私は特別な目を持っているからね。姿を隠している君のことも見つけられた。研究所のことは元々知っていたし、君の様子から事情を察して君を匿った。申し訳ないが君の記憶と力は封印させてもらい、普通の子供として育てていた、というわけさ」
養父の眼には普通には見えないものが見える、という話は何度か聞いたことがあった。信じていないわけではなかったが、自分に似たような力が宿って初めて、それが真実だったことを知る。
「……どうして、助けたんだ?」
養父に、真白を助ける義理はない。見捨てたって良かったはずだ。
「あの時、君の力は暴走して、誰の目にも映らなくなっていた。でも私の耳にだけその泣く声が届いた。それ以上の理由はないよ。私のこの目は、きっとこの時のためにあったんだろうと思えた。だから助けたんだ」
「――――養父さん」
胸を撃たれた。そうだ。きっと神秘の力には理由がある。きっと真白のこの力も、誰かを救うためにあるに違いない。そして。
「助けたい人がいる。この力の引き出し方を教えてもらえないか」
封印を施した、と養父は言った。ならば、それを開放することもできるのだろうか。
「ああ、わかった。元に戻すのは私の得意分野だし、色々見えるものもある。君が持つ神器のすべて。その力の引き出し方を、わかる限り教えよう」
養父は頷く。眼鏡の下に隠れた黒い瞳が、鈍く輝いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「カラスさん、今大丈夫か?」
養父から様々な事柄を教わった翌日の夕暮れ。真白は情報屋のカラスに電話を掛けていた。昨日の作戦前に緊急連絡先として教えてもらっていたのだ。
『よう、遅かったな。すぐに連絡が来るか、二度とこないかのどっちかだと思ってたが』
電話口の声はどことなく嬉しそうに聞こえた。
「すぐに戻っても、同じことになるだけだからな。十分ではないけど、勝機は見えた。――ルウは、どこにいる?」
『あの後、別のアジトに運ばれた。とある小さな山の上だ。その辺一帯完全にスオウの私有地で、おそらく罠や障害が多数あるだろう。詳細はわからないが、ルウも意識を奪われて、敵に回っている可能性が高い――それでも行くか?』
「もちろん。大丈夫、障害を越えるための力は持っている」
『私は助けてやれないぜ。道案内くらいが関の山だ』
カラスはこのあたり非常にドライだ。仲は良い様に見えたが、ルウに対しても徹底的に金を仲介した関係を保っていた。
「あぁ。巻き込む危険がなくてありがたい」
『ははっ。いいね。英雄みたいな口のきき方だ』
「多くの人を救う、本物の英雄にはなれないけれど――」
呟き、真白は拳を握る。
『誰か一人のための英雄になら、きっと俺にでもなれると思うんだ。この力は、きっとこの時のために授かったものなんだろう』
失った幼い頃の記憶。欠けている自分。それを埋めるのはきっと今だ。
『オーケー。フギンとムニンに案内させる。移動は結構大変だと思うが、足は手配するか? 罠もありそうだが――』
「いや、問題ないよ。カラスが辿り着けるなら、俺には何の障害もない」
『……へぇ。なるほどね。じゃあそうだな……三十分後、家に向かわせる。報酬は――まぁ、後払いにしてやるよ。生きて帰れ』
通話が途切れる。きっとこれは彼女にとって精一杯のサービスだろう。既に準備は整った。深呼吸して、空を見上げる。日は沈み、漆黒の空が世界を塗り替えていく。少しずつ、星が姿を現していた。
「――待ってろ、ルウ」




