第17話:瑠羽/人が狂うまでの物語
ルウが自らの意識を取り戻したのは、よくわからない施設だった。魔術的な要素は一切なく、電子機器と大型の機械がそこら中にある、巨大な空間。彼女はぼんやりとした頭で工場を連想した。
「――目が覚めたか」
スオウの声。その声で警戒と覚醒のレベルが上がる。ルウは自らが拘束されベッドの上に寝かされていることを知った。
「――ここ、は? いったいなんで……?」
「ここは私のアジトだよ。先ほどいたペンションに偽装した場所とは別の、ね。――あぁ、あの少年は逃走した。おそらく生きてはいるだろう」
スオウの言葉に、ルウは胸を撫でおろす。意識はなかったが記憶はある。彼女が真白の胸を貫いた感触ははっきりと残っていた。
「……そう、ひとまず良かったわ。――それで、私をこれからどうするつもり? 傀儡にして神器が発動可能な人形として扱うのかしら?」
先ほどの状況からすると、スオウが右腕経由でルウを操作することも可能ということだ。下手をすると右腕をもぎ取っても操作用の魔術の効力は消えない可能性さえある。――実質的に、ルウ単独でスオウを何とかすることは難しい。
「基本的にはそうだな。だが……神器の使い方は、少々工夫をするつもりだ。――いかに必殺の槍でも、正面から撃ち合うだけでは目的達成は不可能だろうからな」
「……ねぇ。あなたの『目的』って何?」
ルウは、漏れ出た核心へと斬りこむ。――ずっと、気になってはいた。神器を手に入れて、彼は一体何をしたいのか。
彼とルウの母がどの程度の知人だったかはわからないが、少なくとも娘の失った腕を任せる程度の信頼はあったはずだ。魔術師にまともな倫理は期待できないとはいえ、裏切りにはリスクが伴う。――それを覆してでも、叶えたい願いがあったということなのだろう。それはいったい何なのか。
「そうだな。……私の目的のために、お前の意識は不要だ。つまり、疑似的な死を与えることになるだろう。せめて、その前に理由くらいは伝えておくことにしよう」
スオウは一度目を閉じた後、ゆっくりと口を開いた。――語られたのは、一人の男の、ありふれた、悲しい願い。
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スオウという男は魔術師の家系の長男として生まれた。魔術というのは神秘を操るものだが、彼の家系は神秘と現代技術の融合を目指す特殊な魔術の使い手だった。ゆえに、彼は普通の魔術師と異なり、大学での技術的研究に携わっていた。
通常、魔術師は高等教育を受けない。それぞれ専門とする魔術の研究や実践のため、表の世界から距離を置くのが一般的だ。だが、スオウは大学を通じて一般人との交流も継続していた。
その最中、スオウは一人の女性と出会った。女性の名は真希那。魔術なんてものには全く関係のない、ただ機械と宇宙が大好きな一般人だった。二人は惹かれ合い、恋に落ちた。そして――スオウは、彼女と生きるために、魔術を捨てることを決めた。
スオウは家を捨て、マキナと結婚をした。娘も生まれた。幸せな日々だった。――だが、魔術を捨てることは簡単ではない。魔術に大事なものは、血統と才能。そして不運なことに、スオウの魔術の才は、娘に受け継がれていた。
詳細は省くが、スオウの実家が、才のある娘を誘拐しようとした。当然スオウ達は抵抗し、何とか娘は守り抜くことができたのだが――その最中、妻であるマキナが命を落とした。
スオウは嘆き、悲しみ、そして、彼の知る魔術を用いて、なんとか彼女を蘇らせることができないか、試行錯誤した。だが、どんなに努力をしても、《《人間の持つ力では》》、死者蘇生など叶わなかった。それを可能とするのは――――神の道具だという結論に至る。その神器こそ、死返玉。日本古来の神話に伝わる、伝説の宝玉である。
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「……そこまではわかったわ。あなたは亡くなった奥さんを生き返らせたい。そのために死返玉を手に入れたい。でも、なぜ私の右腕が――『ブリューナク』が必要なの?」
ルウは言葉を紡ぐ。当然と言えば当然の問い。まだ全体像は描かれていない。それらを繋ぐ、ピースがあるはずだ。
「死返玉は、とある異能者の手中にある。そいつは実に厄介でな。普通の武器、兵器や魔術では、傷一つつけることができないのだ。――だからこそ、必殺の槍が必要というわけさ」
ゲームの世界であれば、死者蘇生の重要アイテムを持つのは強力なボスである。ならば、その退治のために伝説の武器が必要であることも頷ける。――この現代の世において、ボスとなるような化け物が存在するのだろうか?
「その、異能者って、何者なの?」
異能者といっても様々な特性があり、能力にもランクがある。先ほどの話を聞くかぎり少なくとも通常の魔術師ではない。防御系に特化した超能力者の類か、あるいは――。
「あぁ。おそらくは、この国でもっとも有名な異能者の一人だよ。お前も知っているだろう。この大陸に『協会』ができるきっかけとなった『神罰の変』。神によって滅ぼされた幻の国。その生き残り――今は神崎彩華と名乗っている、五百歳を超えた生ける屍、恩讐に突き動かされる化物だ」
「神崎、彩華……」
ルウでさえ、その名前は知っている。当然だ。異能者でその名を知らないものはいない。あらゆる攻撃は通用せず、強力な神器とその使い手を従え、異能者に限らず世界中から恐れられる人類最強。五百年前の恨みから、神を滅ぼそうとしているという眉唾物の噂さえある。
「……『協会』のトップに位置するような怪物級の異能者でさえ、遜るような存在よ。喧嘩を売って生きていられるわけがないでしょう」
それどころか、各国の首相クラスでさえ敵対は避けるほどだとさえ言われる。大げさなようだが、そのくらいの権力と戦力を持っているということだ。
「だからこそ、これが必要なのだよ。神崎彩華自身はもちろん、その仲間も化け物みたいな異能者どもだ。視認された時点で詰む上に、強力な防御系の神器まで保有している。超長射程かつ必殺の神器を持たなければ、舞台に上がることもできないのだ」
ケルト神話の太陽神、長腕のルー。その伝説に残される神秘の槍。その伝承は様々だが、自動で敵に向けて飛び、相手を貫く、という能力が良く知られている。確かにその槍を能力で一方的に攻撃を仕掛けることも不可能ではないが――。
「やりたいことはわかるけれど。狙うということは、相手を見なくてはいけない。つまり、視線が通るということよ。反撃を受ける可能性もある。防がれる可能性もある。……さすがに、甘く考えすぎじゃないかしら」
「言われるまでもない。その対策は既に準備済みだ。後は――槍を、セットするだけ」
「……セット?」
疑問の声を浮かべたが、スオウは答えない。そして。
「――さて、事情説明は終わりだ。さようなら、長手瑠羽。太陽神ルーの力と名を継いだ、人造生命よ」
スオウが右腕を掲げる。疑問は解消されることなく、ルウの意識は奪われた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
朧げな意識の中に映るのは、暗い空と星。どうやら高所らしく、周囲には明かり一つない。見上げた空に欠けた月と眩い星。
――その中で、一つだけ強い輝きを放つ、神の知らない星が目に映った。
その星に、照準を合わせ、ルウは金属製の右腕で神の槍を構える。引き絞る様に、ゆっくりと。
「――顕現。貫くもの」
言葉と同時に、空中へと槍を放つと、その神秘はひとりでに宇宙へと向かって行く。目標はあの人工の星。神の槍は必中の奇跡を発動し、電離層の彼方へと、光を纏い昇っていく。
神話の時代でも到達しなかったであろう星の海。少しずつ力を失いながらも神の槍は天を超え、ついにそこに辿り着いた。そして――目標を、貫く。
これにて、仕掛けは完了。後は設置と、接続作業が終われば準備は――装填は完了となり、ルウはただの部品へと変貌する。
その前に、どうか彼が、間に合いますようにと。消えかかった自我の中で、ルウはそう思う。もう顔も思い出せないけれど。小さな約束があったような、そんな気がした。
天には煌々と輝く偽の星。現代における人類の英知、領土の拡大を示す証跡の一つである、人工衛星が浮かんでいた。




