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第16話:真白/英雄になり切れない愚かさ

「にげて――そして、また迎えに来て」


 か細い、消えてしまいそうな声。それを聞いた瞬間、真白の脳は焼け付きそうなくらい高速で稼働し始めた。


「ルウ!」


 声を掛けるが、既に彼女の意識は失われていた。力を失った身体。機械仕掛けの右腕は、同じく機械仕掛けの人形と繋がっている。


「……馬鹿言うな。助けるさ」


 とはいえ真白自身も傷は深い。そのまま逃げるなら何とかなるだろうが、ルウを連れてとなるとかなり厳しいのは事実だ。機械人形――マキナの右腕である『ブリューナク』は、既に魔力を蓄積し、再び『顕現』を行おうとしている。


「迷っている暇はないな」


 真白の目の前には選択肢がある。


 一つは逃走。もう一つは奪取。大きくはその二択だ。だが、前者は既に真白の頭から消えていた。


(どうすれば、ルウを助けられる? ……距離はあるし、正面からではどうしようもない)


 真白の右手にある神器、『ハルパー』を用いればルウの右腕を切断することはできるだろう。やりようによってはマキナ自身を倒すことだってできる。だが、その前に確実に貫かれる。既に四肢はボロボロで、もう一撃喰らえば手足は千切れるだろう。


(――盾の出力を上げれば、もしかしたら……?)


 しかし、これは賭けだ。しかも分が悪い。なぜなら相手の魔力はマキナの蓄積分に加え、スオウ、そしておそらくルウの魔力も流用している。そして何より──彼には顕現という技が使えない。盾の真の力は引き出せない。


「でも、逃げるなんて、選べない、よな」


 あんなことを言われて、逃げられる男なんていやしない、そう真白は思う。分が悪くてもなんでもやってみるしか――――。


(――勝機のない戦いに、捨て身で挑むなんて馬鹿のすることだ)


 突如、頭の中で声が響いた。


(――敵の能力を、その場の状況を、使えるあらゆる条件を考えて勝ちを導け。それが『ペルセウス』の戦いだ)


 呼びかけは、こちらを嗤うような声音で。それでいて、正しい事実を真摯に告げていた。


(とはいえ、君は未熟ものだ。だから、もう()()、力を貸してやる。次は一人でやれよ。惚れた女くらい、自分で守るのが英雄だ。そして――逃げるなよ)


 一方的な言葉。それと同時に、頭に一つの勝ち筋が浮かぶ。それは――昨日、ルウから聞いた、ペルセウスの逸話から導かれるものだった。


「――ありがとう、偉大な英雄。……惚れているかどうかは自分でもよくわからないんだけどな」


 真白はそう呟くと、神代の槍を持つ機械人形と対峙した。


◆◇◆◇◆◇


 ――空間に、神秘が満ちる。魔力などという空気中に漂う一要素ではない。文字通り時代を超越した、奇跡の源が部屋を埋め尽くしていく。


 時代を超え、『顕現』した五尖槍ごせんそう。腕と同一視される神の槍。太古から伝わる『貫く』という言葉を武器と化した奇跡の魔槍。


 理解が深まったからこそ、わかる。――アレは、本来人が手にしてはいけないものだ。その力を得るために、どれだけの犠牲があったか。


「――それを、掠め取るなんて、だめだろ」


 尊敬する知人としてではなく、同じく神器を身に宿すものとして、言葉が漏れた。失った記憶が脳裏に覗く。同じよう創造つくられて、塵のように廃棄(すて)られた、名もなき無数の兄弟たち。その果てに生まれたのが、自分だと唐突に理解した。――狂気ともいえる呪いと奇跡の果てに生み出された歪な願望。それを、自らの欲望のために横から奪うなんて、許されるはずがない。


 機械仕掛けの人形が、神の槍を放たんと腕を引き絞る。貫くという現象を具現化した槍。それはすなわち、『狙ったものは、必ず貫く』呪いだ。狙われた時点で運命が決まる。放たれるのは結果でしかない。狙いを定めた以降、結果は変わらない。ゆえに――。


「――避けるなら、今しかない」


 真白は魔力を振り絞った。――英雄、ペルセウス。彼は半神ではあるが、その身に奇跡を宿しているわけではない。彼を英雄たらしめている逸話の数々は、神々により授けられた神器によるものだ。それ故に――保有する神器は、類を見ないほどに多い。


「――ペルセウス、力を貸してくれ」


 神代の力を呼び起こす、世界への願いが空気に溶ける。その瞬間、真白は()()()()の神器を発動させた。


ハデスの隠れ兜(アイドス・キュネー)


 呟くと同時、真白の姿は、世界から掻き消えた。


 真白の姿が、存在が、実在が、希薄になる。彼自身の認識すらも曖昧になる。人間はおろか、機械人形であるマキナでさえ、自分が何のためにその槍を放とうとしていたかを理解できていないのだろう、その場に静止している。


(だが、時間はない)


 ハデスは死を司る神である。その兜の力もその派生のようなもので、その存在を死者に近づける――つまり、真白のような抵抗力のないものが長時間使えば、命を落としかねない代物である。


 真白は命を削る兜の力を発動させながら、走る。この場にいる誰もが状況を理解していない。ただ、攻撃的な行動をとれば、自らの隠蔽は解除される。ゆえに、許されるのは一撃だけ。


 ――さぁ、運命の選択だ。必ず当てられる初撃。切断するべきは何だ? 


 一つはルウの機械仕掛けの右腕。それを切断し、そのまま彼女を抱えて逃走する。ただし、彼女の戦闘能力は完全に失われ、本来の右腕も取り戻せず、課題は残る。


 そしてもう一つ。選択すべきはこちらだ。機械人形――マキナの、腕。


 マキナの背後に立つ。狙うべきはルウの腕を掴んでいる左手。それを切断すればルウの腕は無事に残り、彼女を回収できる。――懸念は、マキナの右腕を、神器を無力化できないこと。左手の切断及びルウの確保と同時、兜の能力が解除される。カウンターで『槍』を放たれた場合、ルウもろとも撃ち抜かれる可能性はある。


(……いや。それは、凡人の思考だ。英雄ならば、全てを手に入れてこそだろう)


 思考が、支配される。脳裏に神秘の時代を生きた英雄が蘇る。振り下ろそうとした神器を止め、振り下ろす場所を変更する。


(頭を割って機能を停止させるか? いや。頭を割っても機械は止まらない。止める、そして、目的を達成する。それを両立させる個所は一つだけ。兜からは死の気配が近寄ってくる。もう限界だ。覚悟を決めろ。


「――不死殺しの湾曲刃(ハルパー)


 刃を振り下ろす。同時に世界に存在が知られる。マキナは動かない。そのまま、機械のような正確さで、マキナの右腕──すなわち、ルウの右腕ブリューナクと機械の身体の境目を斬り裂いた。


 ボトリ、と真白な右手が落ちる。これで、攻撃手段は封じた。離脱ではなく制圧も選択肢に上がる。だが――。


「…………!? そうか、『ハデスの兜』……! ちっ――戻れ!」


 スオウは一瞬で状況を把握したらしい。思った以上に反応が早い。そして、何らかの術を使ったのか、ルウの右腕が導かれるようにスオウの手に収まる。どういう仕組みか、スオウの手に触れた瞬間、しなやかな右腕は姿を変え、本来の逸話通りの五尖槍へと変化した。そのまま彼は後方に飛び退り、真白達から距離を取る。


 右手を奪われたのは残念だが仕方がない。幸い攻撃は封じた。優先すべきはルウの回収だ。真白は思考を切り替ると、マキナの右手に攻撃を仕掛ける。


「――ルウを、返してもらう!」


 キン、と金属の触れ合う音が響いた直後、ハルパーに切断され、機械人形の左手の肘が落ちた。ルウとの接続は解除され、機械人形も両手を失い実質無力化されている。


 戦況は、真白の近くに意識のないルウと、両腕のないマキナ。少し離れた位置に『槍』を持つスオウ。


「その槍、いくら強力でも本来の使い手じゃなければ大した威力は出ないだろ。その機械人形も両腕がなければ戦えない。詰みだ、スオウ。命は取らないからその腕――槍をルウに返してやってくれ」


 真白は剣を構える。魔力は減少しているが、戦闘継続に支障はない。スオウに神器が使えないのであれば勝負にすらならないだろう。


「……なるほど、な。……残念だが、私の負けか。……良かろう。まずはその、長手の娘の術を解こう」


 警戒は怠らない。だが、スオウが右手を掲げると、ルウはあっさりと目を開いた。彼女はそのままふらふらと上半身を起こす。


「……え? 私は……」


「ルウ! 良かった、無事か」


 顔色は悪いが、意識は無事戻ったようだ。真白はほっと胸を撫でおろす。


「ええ、無事、だけれど……。ん? ――右手、そのまま――?」


「長手の娘、これを受け取れ」


 スオウが、ルウの言葉を遮るように、『槍』を彼女に向けて投げた。戸惑いながらも、ルウはそれを受け取る。


「これ…………」


 本来の持ち主に戻った槍は、歓喜の声を上げるかのように、輝きを放つ。


「――良かった。目的、達成だな」


 真白がそう、呟いたとき。


「――ああ。目的、達成だ。長手の娘よ、()()()()()()


「……え?」


 言葉は、誰のものだっただろうか。槍を手にしたルウは、今までとは打って変わった速度で立ち上がり、そのまま右手に持った槍で真白の胸部を貫いた。


「が……ル、ウ……?」


 ルウの目は虚ろだ。目は開いているが、意識はないような、そんな表情。


「はははははは! いくら英雄の武器を持っていても、精神もその頭脳も未熟すぎるな! ――真っ先に潰すべきだったのはその右腕だよ。それがある限り、長手の娘は私の操り人形だ」


 真白は自らの愚かさに気づく。なんて未熟。術を使うための仕込みがされていると聞いていたのに、油断した。英雄の力を借りただけで、自分自身は何一つ変わっちゃいないのに、自分の願望を優先するなんて。


 「――『顕現』」


 ルウの唇から、神話の再現が呟かれる。真白は口の端から流れる血を自覚しながら、胸に突き立った槍を引き抜いた。


 アイギスの力で、まだ真白は致命傷を受けていない。だが、『顕現』された槍を喰らえば終わりだ。残りの力を力を振り絞り、真白は再び『兜』の力を発現させる。


ハデスの隠れ兜アイドス・キュネーエー!」


貫くもの(ブリューナク)


 操られているせいか、ルウの反応は少し鈍い。結果、間一髪で兜の力により真白の存在は掻き消える。


 そのまま、血を流しつつ真白は建物から脱出する。


「――ごめん、必ず助けに戻る」


 敗因は、己の甘さ。たとえ機械仕掛けの偽物であっても、敬愛する少女の腕を切断するという選択肢を避けてしまった、英雄になり切れない愚かさと甘さである。

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