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第15話:瑠羽/彼と彼女の想い

 身体が動かない。倒れこんでから、目を開くことすら自分の意志では困難だった。流し込まれる魔力はルウの意識を刈り取ろうとしてくるが、彼女はそれを拒絶する。抵抗により魔力を通した血管が傷ついているらしく、身体の各所から出血する気配を感じた。


(――こんな無様をさらしているわけにはいかない……何とか機を見て反撃をしないと……)


 とはいえ、ルウに許されることは薄目を開き、真白の状況を耳で聞いて確認することだけ。マキナと接続された右腕はピクリとも動かない。今すぐにでも彼女の魔力を好き勝手に利用している敵に報いたいところだが、まずはその手段を探るのが先決だ。


 体内の魔力を探りながら、二人の会話を聞く。


「――だから、私が協力したのだ」


(――――!)


 精神が乱れ、魔力が体内を荒れ狂う。


(これを、造ったのが……あいつ? 母さんは古い知人と共同で造ったって言ってたけれど……)


 言われてみれば、その共同制作者とルウは直接顔を合わせていない。メンテナンスが必要な際は基本的に母が行っていて、直接接触する機会などなかったのだ。――まさか、事前に罠を仕込まれていたとは。


(つまり、こちらの動きは全部把握されてた……ってわけね……)


 唇を噛みしめたいが、残念ながらその程度の動作も許されなかった。ここへ乗り込んでくることもすべて織り込み済みだったのだろう。前回の雑居ビルでの逃走劇も含めて、コントロールされていたのだ。


(でも、こちらには真白くんがいる)


 スオウの口ぶりから判断するに、真白に関する詳細をスオウは知らなかった。それはつまり、詳細な日々の会話などは聞かれていないということだ。さすがに盗聴機能を仕込めばバレる可能性が高いからだろう。


 つまり、この場における真白の存在は完全なイレギュラーだ。その上ただの魔術師などではなく、神話級の力を持つ異能者。ルウ自身が足かせとなっているが、今の状況を何とかして打開できれば、十分勝利の路はある。


(問題は、彼が撤退を選んだ時……)


 色々あって手伝ってもらっているが、彼とのつながりは時給二千円の儚い糸である。命と天秤に乗せたら到底釣り合うものではない。


(でも、彼が私に情を持っているかというと……。殺しかけて、殺し合って、お茶を飲んだ、だけの関係性)


 もし彼が逃走するようなことがあれば、潔く受け入れつつ、腕を引きちぎってでもこの場を何とかしてやる……とルウが考えていると。


「――それでも、ルウを犠牲にするわけにはいかない。彼女は渡さないし、その腕も返してもらう」


 なんと。ルウの想像よりもだいぶ献身的だ。生還した暁には和菓子でも用意して報いてあげなければ。


「……わからんな。なぜ、そこまでする?」


 スオウの台詞に思わずルウも内心頷く。先ほどは冗談めかして考えていたが、実際、彼がなぜそこまでするのかは純粋に疑問だった。


 真白は何かを呟いた後、しばし熟考する。そして。


「――俺は初めて会った時から、ずっと彼女に憧れているんだよ」


 真白がルウに対しどう思っているか、言葉の内容以上に優しい声音に表されていて、嬉しくなる。ただ。


(…………そんなに憧れるようなこと、したかしら?)


 ルウ自身はいまいち納得できていなかった。


(生き残ったら、あとで聞かないと。羊羹でも食べながらね)


 しかし、冗談を思い浮かべていられたのはその時までで、ルウの意識は朦朧としてきた。彼女の腕を持つ機械人形――マキナの右腕に魔力が吸い取られるたび、視界が霞む。


(――まずい……神器に魔力が集まってる。全力で発動する気ね)


 ルウは意識を対峙する二人――正確には、二人と一体、の会話へと向ける。


「私も忙しい。そろそろ終わりにしよう。マキナ、『顕現けんげん』を」


「……けん、げん?」


 真白は盾を構えながら、訝しげな表情を浮かべた。


「そうか。お前は素人だったか。神器には、真の力を引き出すための儀式がある。神話の時代、神々や英雄たちが使ったその力を現代に蘇らせる手順。それを『顕現』と呼ぶ。――今から見せてやろう、お前の命が料金だ」


 スオウの言葉で、傍らのマキナが口を開く。人形そのものの、ぎこちない動きで。


「――顕現、セヨ。貫くもの(ブリューナク)


 彼女は願う。金属がこすれるような、人ならざる者の声で。


 瞬間、彼女の右手の輝きが増し――。


「貫ケ」


 掲げられた右腕から、光が五条、発射された。


 まるで流れ星のような閃光。先ほどまでとはまるで違う、超高速で迫り来る五本の指先。まさにそれは腕だった。顎のごとく開かれた巨大なてのひらに真白は飲み込まれる。そして――。


「ぐうううううっ!」


 盾を全力で展開するが、一瞬の時間稼ぎにしかならない。光の指はあっさりと真白の構えた盾を貫き、真白自身の肉体へと迫る。


 光が四肢と胸部を貫き、血が噴き出す。――どう見ても致命傷。盾で威力が相殺されたから何とか生き残っているだけで、戦えるような体ではない。


 攻撃の余波で朦朧とした意識のままルウは吹き飛ばされる。繋がれたマキナの左手に牽引されながら。彼女は声すら上げられず、ただ真白が攻撃されている様子を見ていることしかできなかった。


 真白に『顕現』は教えていない。というか、アレは教えられてできるものでもない。神器のことを知り、対話し、その力を再現する。その方法は神器によって様々だ。スオウは本来の持ち主ではないが、年単位の解析の結果、その手段を突き止めたのだろう。


 ――足りなかったのは、本来の使い手だけ。それが今、こうしてルウを接続することで完成している。


「詰みだ。長手の娘のことを忘れ、ここから去るなら見逃してやってもいいが」


 スオウの言葉に、真白は首を振る。


「いや――まだだ。俺はまだ、戦ってもいない」


 真白は剣を構える。身体はボロボロで、勝ち目など一つもない。いっそルウを引っ掴んで逃げてもらえば、とも考えたが、彼女の右腕はマキナの左腕とつながっている。腕を切断してもらえば自由にはなるだろうが……。


(――そんな隙を、相手が見逃すはずがないわね)


 先ほど吹き飛ばされ、引き寄せられたせいで真白との距離も離れている。かろうじて戦いの様子を見ることはできるが、相変わらず身体は動かせない。


「そうか。ならば死ね。死体は有効活用してやろう」


 スオウの言葉で、再びマキナは右腕を掲げる。魔力が集う。この空間において戦況は完全に傾いている。天秤はもう崩壊寸前だ。


(――無駄死にさせるなんて、勿体ないわ)


 勝てないのなら、逃げてもらおう。命を無駄にすることはない。……もしも、助けたいと思ってくれるなら、戻ってくれるだろう。――そうならなくても仕方がない。


(私は絶対に、一人でも腕を取り戻すから)


 絶望的な状況であっても、必ず覆してやるとルウは決意する。そして――可能性を高めるために、できることをしないと。


(魔力を全力で注いで、動きを封じられている状況から離脱する)


 右腕から流れてくるスオウの魔力を阻害した。身体のあらゆるエネルギーを総動員して、喉を震わせ、口を開く。


「――――に、げて」


 端的に、震える声で告げる。だけど、これだけでは逆効果だ。もう一言、伝えなければ。


「――そして、また、助けに戻ってきて」


 本当はもっと、気軽に伝えたかったけど。声音に、必死さが出てしまった。


 ルウがそう告げた瞬間、また体の自由を奪われる。


「ちっ……抵抗されたか。もう少し強めに術を掛けておく必要があるな」


 意識が奪われそうになる。霞み、薄れていく瞳の中、真白がこちらのことをじっと見ていた。

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