第14話:真白/英雄による怪物退治
意識が、薄い。
混濁している。――いや、はっきりしているのに、自分のものではないような感覚だ。本来とは違う血液に、化野真白という意識が押し流されている。
だが、反するように生み出される言葉と力は流麗だ。溢れ出した力に乗せて、自身の奥底に在る神秘が沸いてくる。
実際、『ハルパー』と呼ばれる鎌のような剣を呼び出すこと自体は訓練でもできていた。だが、強度も大きさも不十分で、本当に草刈りくらいにしか使えないような代物だったのだ。
だが、今真白の右手に握られているそれは、怪物退治にも十分扱えそうなサイズだ。化物の首を狩るに相応しい代物で、持ちうる神秘だけ見れば敵の持つ『槍』と引けを取らない。だが――。
「真白くん!」
ルウの声が室内に響く。その直後、五条の光が部屋を縦横無尽に走り回り、あらゆる方向から真白に襲い掛かる。
「くっ……アレ、槍って呼んじゃダメだろう」
『貫くもの』の異名を持つ、太陽神ルーの持つ神秘の槍。ブリューナクと呼ばれるその神器のことは一応事前にルウから聞いていた。だが、聞くと見るでは大違い。想定していた戦い方では到底対応できないモノだった。例えるなら自動追尾型のホーミングレーザー。神の武器というより、どちらかと言えばアニメや映画で見るようなSF的な未来兵器を想起させる。
幸い、敵の狙いは真白だけらしい。ルウが標的になっていないことに胸を撫でおろしつつ、真白は室内を駆けて回避を試みる、が。
「――どこまででも追ってくる!」
障害物を経由したくらいでは何の効果もない。本当に『貫く』まで、追い続ける仕様らしい。本来の使い手でないためか、威力、速度共に大したことがないのが救いだ。
「なら!」
盾を展開する。そこに吸い込まれるようにして迫る五条の光。真白は盾に魔力を注ぎ込み、強度とサイズを高めた。
「――これで、どうだ――!」
魔力で作られた力場が巨大化する。真白を完全に隠せるほどの大きさと厚み。神秘で形作られた盾に、五条の光は吸い込まれ――拮抗する。この盾の名はアイギス。神により作られた、あらゆる神話の中でも最上級の盾の一つ。その名を関したシステムが軍艦に搭載される程に高い知名度がある神器だ。
「その盾――アイギスとブリューナクは、防御と攻撃における最高クラスの神秘だからその力は相殺し合うわ! あとは、注いだ魔力と使用者の能力差がそのまま結果になる――」
ルウの言葉と同時、五条の光は砕け散った。真白は少し安堵する。何せ相手は機械の人形で、仮初の使い手だ。仮にも英雄の力を秘めているという自身であれば、少なくとも負けることはないだろう。
「……ふむ。さすがに英雄を継ぐ人間だな。ここまで魔力差があるとは。さすがに人形では歯が立たないか」
スオウが呟く。敵の攻撃が通じないなら、勝機は十分にある。人形を真白が抑えてルウが彼を捕縛することもできるだろう。
「ならば仕方ない、奥の手だ。――『接続』」
「ん?」
男が、片手を掲げる動作をした。その指先が向いているのは――ルウ。
「――――あ――――」
がくん、とルウはその場に膝をつき、どさり、と倒れこむ。
「ルウ!?」
駆け寄ろうとしたとき、ルウの白金の右腕が痙攣するように跳ね、マキナと呼ばれる人形へと伸びていく。一瞬、襲い掛かるのかと思ったが、マキナ自身も機械仕掛けの左手を伸ばし、手を取り合うように接続した。――その瞬間、マキナの右腕から、すさまじい圧力を感じて、真白は足を止めた。
「これは……?」
真白は眩しさに目を細めた。青い輝きが、マキナの右腕を覆っている。それに合わせ、こちらを押し返すような圧力。神器が本来の力を――使い手を取り戻し、喜んでいるようだ。それはつまり。
「お前……ルウを――その神器と繋いだのか」
「そうだ。やはり本来の使い手を通したほうが、力は引き出せるようなのでね」
に、と嫌な笑みを浮かべるスオウ。
「……彼女は魔術師だろう。そんなに簡単にできるものなのか」
真白のような素人ならともかく、ルウは魔術に対する防御もしっかりと行っていたはずだ。そんな簡単に意識を奪われるほどの干渉を行える――つまり、この男が相当に優れた魔術師だということなのだろうか。
「いや、普通なら無理だな。よっぽど油断でもしていない限り、魔術は防御側が有利でね。相当な力の差があっても難しい。だが――触媒があれば、話は別だ」
「触媒……?」
「あぁ。――その義手、それは誰が作ったものか知っているか?」
「母親、じゃないのか。人形師だっていう」
詳細は聞いていないが、ルウの母は義手も作っているということだったので、てっきりそう思っていた。
「それ半分正しい。が、長手の造る義手は、あくまで人形。人のカタチを模すパーツなのだよ。攻撃機能を盛り込むには、人形師の技術では足らなかった。――だから、私が協力した」
「――――!」
言われてみれば。機械人形の造形と、ルウの右腕。その精度は違えど、形状や素材には類似点がある。
「基本構造とギミックは私が作り、神経との接続や稼働に関しては長手が造った。まぁいくつか私の知らない彼女の仕込みはあるようだが……いずれにせよ二人の合作だ。その際に――魔術の触媒となる装置を埋め込んだ」
「…………なぜ、お前は、彼女の腕を奪っておきながら、彼女の腕を造るような真似をした……? いや、そもそもそれを彼女の母親は知っているのか?」
知っていて、この男に腕の製作を依頼したのだとしたら――。真白の悪い想像は膨らむ。だが。
「いや、長手は知らん。私の独断だ。本人ごと攫い、神器の発動用に作り替えることも考えたが――さすがに、古い知人の娘を壊してしまうのはと配慮した結果、最低限必要な部品だけ頂戴した。だが、……研究と実験を重ねた結果があの程度でな。これでは到底、私の目的には届かない」
スオウはマキナの方にちらりと目を向ける。確かに、神器本来の力には程遠いものだったようだ。
「目的……? ルウの腕を使って、お前は一体何をするつもりなんだ」
最強の槍。神秘の頂点に届く力。それを使って、この男は何を企む。
「欲しいものがあってな。だがそれは、とある化け物によって守られている。そいつを退治するのに、最強の槍が必要でね。――だから、残りの部品を回収するために、呼び寄せた。情報を流してな」
――スオウが語った内容は曖昧だ。確信はきっとぼやかされている。だが、語る声音と表情は真剣だった。そのためなら、知人の娘でさえ部品扱いし、犠牲にすることを厭わないという、狂気とさえいえる強い意志。
「そうか……。お前の願いはわかった。それが大切なことだというのも理解できる。だが――それでも、ルウを犠牲にするわけにはいかない。彼女は渡さないし、その腕も返してもらう」
マキナから感じる圧力は強度を増していく。眩しすぎて目が開けていられない。逃げたい気持ちが体を震わす。だがその恐怖を打ち消して、真白は倒れるルウの元へ足を向けた。
「……わからんな。なぜ、そこまでする? お前がその娘と知り合ったのは最近だろう? ただの通りすがりのようなものだ。それとも、長手の娘に何か借りでもあるのか?」
このまま逃げればいいだろう、とスオウは疑問の声を上げる。俺はその言葉に首を振った。
「いや、俺は――――」
真白は言葉に詰まる。考えてみれば、最初は殺されそうになり、その後も敵対していた関係だ。多少お茶を一緒に飲んで仲良くはなったものの、別段命を懸けて救うような間柄ではない。
ただ。あの夜、彼女に命と心を奪われた。それから――掛け値なしに人生は変わった。生きている中ずっと、ぽっかりと心の中に開いていた空白。ずっと欠けていたピース。そこに、彼女は強引に体を押し込んできた。その時、新しく生まれ変わったような気がしたんだ。
「…………ルウはきっと、何とも思っていないと思うけど。俺は、彼女に救われた」
想像が混じるが、彼女はきっとまともに生まれた存在ではない。真白自身もそうだが、『神器』なんてものを宿す人間は、普通には生まれえない。誰かの狂気じみた想いや、純粋すぎる信仰により生まれた人工生命。その結晶が真白の『盾』や彼女の『槍』なのである。
だからこそ。彼女はそれを奪われたときに、捨て去る選択肢もあった。人形師である母の義手を用いれば、日常生活へ戻ることも可能だったろう。だが、彼女はそうしなかった。奪われた腕を追い続けた。
ルウはずっと、全力だった。真白を殺そうとしたときも、学校へ乗り込んできたときも、そのあと彼を『協会』に勧誘したときも。絶対に右腕を取り戻す。そのためには何でもするという熱があった。あの華奢な体のどこに、と思うくらいに。
「――俺は初めて会った時から、ずっと彼女に憧れているんだよ」
ずっと冷めていた心に、火が灯された。命を奪い合ったときも、共に背中を合わせた時も、その熱に何度も震えそうになった。
「だから、ルウは渡さない」
真白はルウの元へ駆け寄ると、盾と剣を構えた。――英雄、ペルセウスが、蛇の怪物の前にそうしたように。




