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『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


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第399話 白き山は、銭を生む

西暦1556年7月29日(弘治二年・文月二十九日ごろ)

肥前国 泉山

伊万里の山道を、土煙を巻き上げながら一団が駆けていた。

先頭を走るのは、高橋鑑種。

その後ろを、豊臣号にまたがった狂犬お市様が、まるで風に乗るように追ってくる。

その速さは、もはや“進軍”ではない。

獲物を見つけた獣が、一気に間合いを詰める時のそれだった。

「やるのー!高橋!」

お市様が笑いながら声を飛ばす。

「わらわの先を走るとは!」

高橋は振り向かず、ただ答える。

「恐れ入ります!」

だがその背中は、わずかに誇らしげだった。

お市様はさらに続ける。

「良い馬、良い武者じゃ!」

「はっ!」

「わらわの先を走る武者なぞ、兄上と赤備ぐらいのものじゃぞ!」

その一言で、後ろの利家と慶次が顔を見合わせた。

「……それ、褒めすぎやろ」

「高橋、今日から出世確定だな」

お市様は止まらない。

「さすがしゃのー高橋!」

そして、満面の笑みで言い放った。

「今日から高橋は風神じゃ!」

一瞬の静寂。

「風神……?」

「うむ!」

「……」

「風神高橋名人じゃ!」

慶次が吹き出した。

「名人ついたぞ!」

利家も笑う。

「なんやそれ!」

高橋本人は、どう反応してよいか分からず、ただ前を向いて走り続けた。

「……ありがたき幸せ!」

(ええのか、これで)

そんな空気のまま、一行は泉山へと辿り着いた。

山に着いた瞬間だった。

お市様は、馬が止まるより早く飛び降りた。

草をかき分け、地面を見回し、しゃがみ込む。

「……あった」

その声は、静かだった。

だが、確信に満ちていた。

手に取ったのは、白い石。

いや、石とも土ともつかぬ、固く締まった白い塊だった。

周囲を見渡せば、同じような白が、地面のあちこちに顔を出している。

利家が近づいて、首を傾げる。

「なんやこれ……」

慶次も拾い上げる。

「白い石やな」

高橋も、無言でそれを見る。

元就が、ゆっくりと近づいてきた。

そして、いつものように髭をしごきながら言う。

「……石灰石、ではないな」

その一言で、場の空気が少し変わる。

お市様は、立ち上がった。

白い石を手に持ったまま、くるりと振り返る。

その顔は――

完全に“見つけた者の顔”だった。

「爺!」

元就を見る。

「毛利は、一つ乗るや?」

元就は、少しだけ笑った。

「乗るぞ」

「よし」

間髪入れずに頷く。

次に、お市様は島井宗室と神屋宗湛を呼び寄せた。

「宗室!宗湛!」

「は、はい!」

二人は慌てて駆け寄る。

お市様は、白い石を掲げた。

「銭の山ぞ!」

二人は、同時に固まった。

「……これが?」

宗室が恐る恐る聞く。

「石にしか見えませんが……」

宗湛も続く。

「灰に近いような……」

元就が、横で静かに言った。

「姫様」

「なんじゃ」

「もったいぶらず、教えてくだされ」

場の全員が、息を詰めていた。

お市様は、にやりと笑った。

そして、はっきりと言い切る。

「磁石じゃ!」

一瞬、誰も理解できなかった。

「……磁石?」

利家が聞き返す。

「うむ」

「それが銭になるんか?」

お市様は、白い石を軽く投げて受け止める。

「なる」

そして、ゆっくりと続けた。

「白磁、青磁の皿の原料じゃ」

その瞬間だった。

元就の目が、わずかに見開かれる。

宗室の呼吸が止まる。

宗湛の手が震える。

お市様は、さらに畳みかけた。

「景徳鎮が、ここにある」

その言葉は、重かった。

戦国の武将たちでも、商人たちでも、完全には理解しきれない。

だが、それでも分かる。

これはただの山ではない。

「……」

元就が、ゆっくりと息を吐いた。

「金山、銀山ではない……か」

お市様は、即答する。

「目ではない」

そして、笑う。

「それ以上じゃ」

宗室が、震える声で言う。

「……これを、焼くのですか」

「そうじゃ」

宗湛が続ける。

「明の……あの器に……」

「そうじゃ」

利家が、ぽつりと呟く。

「……あれ、めっちゃ高いやつやん」

慶次が笑う。

「銭の匂いしかしねえな」

その場の空気が、一気に変わった。

ただの山が、

世界の商いに繋がる山へと変わった瞬間だった。

お市様は、満足そうに頷く。

「よいか」

そして、高橋を見た。

「風神高橋!」

「はっ!」

「今日からお主が代官じゃ」

高橋が、一瞬言葉を失う。

「黒髪山、泉山、任せる」

「……はっ!」

「守れ」

「はっ!」

「周りも、まとめてシバキ回せ」

「はっ!」

利家が横でぼそっと言う。

「出たな、シバキ回す」

慶次が笑う。

「雑な指示だなあ」

だが、高橋の顔は引き締まっていた。

「必ずや、守り抜きます」

お市様は、満足そうに頷いた。

そして、白い石をもう一度見た。

「……これで、世界が変わる」

その声は、小さかったが、確信に満ちていた。

誰もまだ知らない。

伊万里が、後に世界へ器を送り出す地になることを。

だが、この日、この山で。

狂犬お市は、それを“見つけた”。

祐筆桃の日記

弘治二年 文月二十九日(西暦1556年7月29日)

泉山にて、姫様が白い石を見つけられた。

最初は皆、ただの石としか思わなかったが、姫様は「磁石」と言い、白磁・青磁の原料であると断じた。

さらに「景徳鎮がここにある」とまで言われた。

その言葉に、元就殿、島井宗室殿、神屋宗湛殿が震えていた。

金や銀ではない。

それ以上のものだと、皆が直感した。

高橋鑑種殿は「風神高橋名人」となり、泉山・黒髪山の代官を任された。

姫様は今日も楽しそうであった。

だが、あの笑みの裏で、どれほど先を見ているのか、私には想像もつかぬ。

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