表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『狂犬お市様』 〜転生八回目、戦国を生活で支配した姫〜   作者: イサクララツカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

392/402

第390話 戦の最中に、姫様は村と染物を作り始める

西暦1556年7月7日(弘治二年・文月七日ごろ)

筑前国 香椎宮 本陣

狂犬お市様は、今日も暇そうだった。

もちろん、本当に暇なわけではない。

立花山城を包囲し、博多を揺らし、移住民をさばき、香椎の周りに町割りまで始めているのだから、むしろ人の十倍は働いている。

だが、本人が「暇じゃ」と言うので、もうそういうものなのだと家臣たちも思っている。

その日も、浜では十三回目の移民舟が出ていくところだった。

長門へ。

周防へ。

村を失った者たちが、新しい土地へ流れていく。

鍋釜を積み、子を背負い、牛を引き、鍬を抱え、船へ乗る。

今ではその光景も、狂犬本陣では日常になっていた。

そんな折、香椎宮へ新たな顔ぶれがやってきた。

蝦夷の冬を越え、松平元康と交代して南へ戻ってきた――

石川数正

本多重次

高力清長

鳥居元忠

そして、旗本先手役三十。

潮焼けした顔。

風雪をくぐった肌。

歩き方も、どこか北国の匂いをまとっていた。

四人は本陣へ進み、整然と座した。

「着陣の挨拶に参りました」

石川数正が、最初に口を開く。

お市様は、ぱっと顔を明るくした。

「おお、よう戻った!」

立ち上がると、自ら四人の前へ出る。

そして、ひとりひとりと握手して回った。

石川の手を取る。

「よう頑張ったの」

本多重次の手を握る。

「蝦夷はどうじゃった」

高力清長には、にこりと笑う。

「寒かったであろう」

鳥居元忠の手を取った時には、少し目を細めた。

「生きて帰ったの、ようやった」

四人とも、一瞬だけ面食らった顔をした。

戦国の主君で、自分から立って握手してくる女など、狂犬お市以外におるはずがない。

だが、お市様は感慨に浸る間も与えなかった。

「着陣挨拶で、すまぬがの」

石川が、少し身を正す。

「は」

お市様は、いつものように、いきなり本題へ入った。

「石川」

「はっ」

「本多」

「はっ」

「高力」

「はっ」

「お主ら三人、奉行じゃ」

三人が一斉に顔を上げる。

お市様は、すでに地図を広げていた。

「長門、周防」

その二国を指でなぞる。

「荒れた土地が多い」

「廃村も多い」

「田畑はある」

「だが、人がおらぬ」

それは何度も聞いた話だ。

陶の内乱。

毛利との戦。

大内の崩壊。

その果てに、土地だけ残って、村が死んでいる。

お市様は続けた。

「移民を、そこへ入れる」

石川数正の目が変わる。

「……世帯割りでございますか」

「そうじゃ」

お市様は頷く。

「石川、本多、高力。」

「長門・周防の荒地と廃村を割り振れ」

「世帯を入れよ」

「村を復興させよ」

それは戦ではなく、行政だった。

だが、狂犬家中では、それもまた戦だった。

石川はすぐに頭を下げる。

「承知」

本多重次も、低く答える。

「村を作るのですな」

「そうじゃ」

高力清長も、真面目な顔で頷いた。

「水と道から見ます」

お市様は満足そうだった。

「うむ。よい」

そして、次に視線を向けたのは鳥居元忠だった。

「鳥居」

「はっ」

「お主は奉行」

「治安の、ですか」

「そうじゃ」

お市様はきっぱり言う。

「長門・周防で、治安を回復させよ」

「同心も雇え」

「村に人を入れても、守りが弱ければまた逃げる」

鳥居元忠は、深く頭を下げた。

「承知つかまつる」

ここまでで、すでに着陣挨拶ではない。

完全に、次の国造りの初動である。

だが、お市様はここで終わらない。

「で、の」

そう言いながら、後ろの者に何かを持ってこさせた。

広げられたのは――

藍色に染めた韓布の浴衣だった。

四人が、同時に目を瞬く。

「……これは」

お市様は、いかにも嬉しそうだった。

「最近、思いついての」

「彦島で、水車を回して染物業をするぞ」

元忠が、わずかに口を開く。

「は」

お市様は、もう紙束を取り出していた。

仕様書である。

図面。

工程。

材料。

水路。

水車。

染桶。

お市様は、それを四人に次々と押しつけた。

「朝鮮との交易で韓布を輸入する」

「それを染め直す」

「明や南蛮へ売る」

「仕事を作れ」

四人の顔が、静かに固まっていく。

蝦夷帰りで、ようやく南へ戻ってきたら、今度は長門周防の村復興と染物業を任される。

狂犬家中とは、つくづくそういう家だった。

慶次が、後ろで小さく笑っている。

「着陣挨拶だけで終わると思ったか?」

権六が真顔で頷く。

「姫様だからな」

お市様は、藍に染まった布を広げながら、楽しそうに言った。

「見てみい。よい色じゃろう」

石川が、思わず本音を漏らす。

「……確かに、よい色です」

「であろう?」

「ですが姫様」

本多重次が、少し困った顔をする。

「我ら、蝦夷帰りでございますが」

「そうじゃ」

「なのに、なぜ染物まで」

お市様は、まるで何を今さらという顔をした。

「戦は、もうじき終わる」

その言葉で、皆の表情が少し引き締まる。

お市様は続けた。

「博多から商人が頭を下げに来る」

「その時に、何もない土地では困る」

藍の浴衣を軽く揺らす。

「民の仕事を作らねばならぬ」

そこに、冗談はなかった。

元就が、髭をしごきながら空を見た。

「……そこまで見ておるのう」

お市様は、あっさり言う。

「当たり前じゃ」

そして、四人の方へ向き直る。

「蝦夷の冬はどうじゃった?」

急に話が変わった。

石川が、少し気を抜きながら答える。

「厳しゅうございました」

「風邪は出たか」

「出ました」

「死人は」

「大きくは出しておりませぬ」

「よい」

本多が口を挟む。

「薪と食い物があれば、だいぶ違いました」

高力も頷く。

「土木と備蓄がすべてでした」

お市様は、その言葉に満足そうだった。

「そうじゃろう」

「蝦夷も、長門も、同じじゃ」

「人が住むには、土地と仕事と守りがいる」

鳥居元忠が、静かに言う。

「だから村を作れと」

「そうじゃ」

お市様は、また笑った。

「わらわは、戦よりその先の方が好きじゃ」

慶次が肩をすくめる。

「戦も好きなくせに」

「両方好きじゃ」

四人は顔を見合わせた。

蝦夷を越えたと思ったら、次は長門周防。

しかも村復興と治安と染物業。

だが、不思議と嫌ではなかった。

それが終われば、本当に国が一つ形になる気がしたからだ。

お市様は、浴衣をたたみながら言った。

「では、頼んだぞ」

そして最後は、いつもの調子でにこりと笑う。

「お主らなら出来る。信じておる」

石川も、本多も、高力も、鳥居も。

その言葉には弱かった。

「はっ」

四人の返事は、揃っていた。

香椎宮の外では、また一隻、移民舟が海へ出ていく。

戦のただ中で、お市様はもう、戦の後の村と仕事を作り始めている。

それが、狂犬お市の国造りだった。

祐筆桃の日記

弘治二年 文月七日(西暦1556年7月7日)

今日は蝦夷から交代で戻った石川数正殿、本多重次殿、高力清長殿、鳥居元忠殿が着陣挨拶に来た。

姫様は喜んで握手して回ったが、挨拶の直後に、

石川・本多・高力には長門周防の荒地と廃村の復興奉行、

鳥居殿には治安奉行を命じた。

さらに、陣中にもかかわらず、藍染めの韓布の浴衣を見せながら、彦島で水車を使った染物業を始めると仕様書を渡していた。

朝鮮の韓布を染め直し、明や南蛮へ売る仕事を作れとのこと。

戦の最中に村と産業を作る。

やはり姫様の頭の中は、戦だけでは終わっていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ