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魔王、おねしょをする

 時がたつにつれ、メルンは我が魔王城の生活にも順応し始めた。

 というか、今ではすっかり慣れきっている。


「ほんぎゃぁ! ほんぎゃあ~!」

「よしよーし、ママがおっぱいあげまちゅねー」

「おや、またベルムトったら泣いちゃったのかい」


 メルンは、ベルムトという泣きわめく赤子をあやすように抱きかかえている。

 我々に突き合わされているレイシーも父親役がすっかり板についてきた。


「んぎゃぁ~! あんぎゃあ~!」


 しかし、赤子は泣き止まない。


 ──それにしても全力で泣き続ける赤子という存在も案外疲れるものだな。


 そう。

 この赤子──ベルムトは我である。

 我はいま、オママゴトに付き合ってやっているのである。

 もちろん、おもちゃの人形姿で。

 このオママゴトとは召喚されし書物に記載されていたロールプレイングという遊びと告示している。大変興味深い。


 しかし、まさか魔王たる我が、人間の少女に良いようにされるとは。

 だが、こうしてメルンの相手をしていないと心の平穏が保てないのである。


 なにせこの娘は何かあるとすぐに泣き叫ぶのだ。

 この世の終わりだと言わんばかりに大声を出し、涙をポロポロとこぼし、えづくほど全力で泣くのだ。

 どんな魔法やスキルをもってしても我の精神に干渉することはかなわないはずだが、この娘が泣いている姿を見ていると心がざわつく。

 数万の人間を手に掛けようと、大都市を焦土に変えようと、波風一つ立たなかった我の心が、この娘の涙ひとつでひどくざわつくのだ。

 驚くべきことである。


 故に、半ば諦めの境地ではあるが、メルンの希望にそって動くことにしている。


 と、我が赤子のマネをしながらも、スキル〝並列思考〟を駆使して思案にふけっていると、下腹部に冷たい何かを感じた。


 ジョボジョボジョボ。


 見るとメルンの手には魔法の水差し(インフィニット・クリア・ウォーター)が握られていた。


 これは我が800年前に仲間と共にダンジョンから発掘したマジックアイテムである。

 当時、売れば一生遊んで暮らせるとも言われたが、我は仲間との冒険に使った。

 仲間と共に世界を駆けた、あの日々が懐かしい。これがなければ、我はとうの昔にノルデス砂漠で力尽きていただろう。


 我と仲間たちの命を救った品が今では、人形となった我の下腹部に清らかな水を注いでいる。

 諸行無常とはこの事を言うのだろうか。


 少女の思考や興味もコロコロと移り変わる。それとともに、オママゴトの設定も目の回るような早さで変わっていくようだ。


 ──ああ、伝説級マジックアイテムの清らかな水が冷たい。


「ベルムトちゃんったら、おちっこしちゃったんでちゅね」


 魔王は、おねしょした。

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