09.女性優先なんて女性差別と変わらない
ユースケは反応しきれなかったらしく、ナルミの拳をもろに顔面に食らい、後方に吹っ飛んでいく。
ナルミはゆっくり歩いてユースケに近づいていき、大の字に倒れたユースケの襟首を掴むと、無理やり起き上がらせた。
左手で襟首を掴んだまま、再びナルミはユースケを指差し「ユースケ」、次に自分を指差し「ナルミ」と言って見せた。
ユースケは何のことかわかっていないようなので、ナルミは今度は同じ動作をした後、顔だけ左を向いた。そして右頬を指差す。
ユースケは何を言われているのかわかったのだろう。彼はすぐさまかぶりを振った。
「はぁ」
ナルミは一つ溜息を吐くと、再びユースケの顔面を殴った。
今度は左手を離さなかったので、その場で少しぐったりとしただけだ。
ナルミはユースケが意識を失っていないことを確認すると、再びユースケを指差し「ユースケ」と言った。
あとは同じことの繰り返しだ。
ユースケがかぶりを振った瞬間、ナルミは彼を殴る。殴り返してくるまで。
「××××××!」
ユースケの仲間と思われる大男がこちらに向かって何か叫んできたが、ユースケは大男に対して掌を突き出した。手を出すなというように。
なるほど、まだ自分を馬鹿にするかと、ナルミは手を緩めることなくユースケを殴り続けた。何度も何度も。すでに鼻血やらなんやらで顔はぐしゃぐしゃだ。
女などと戦えるか。
そういう男は数多くいる。
同じ狩猟の民であれば、自分の強さを示してやれば敬意を払ってくれるし、考えも改めてくれる。
農牧の民であっても、少し殴って挑発してやればすぐに激高し殴りかかってくるものだ。
だからこれほどまでに虚仮にされたのは初めてだった。
ユースケはどんなに殴りつけても殴り返してこなかった。どんなにボロボロになっても、ただ殴られ続けるだけなのだ。
ここまでくると、ユースケがただナルミを馬鹿にして戦わないというわけではなさそうである。どうやらこの男は、女とは闘わないと心に決めているらしい。
それはそれで戦士であることを否定されたような気がして、腹立たしいことではある。
どうしたらこの男を戦わせる気にさせられるか、ナルミが考えつつもさらに殴ろうとしたところで、何かが足にしがみついてきた。
下を向くと、そこにいたのは倒れていたはずの女だ。
「ヤメテ」
それがどういう意味であるかは分からないが、決闘の邪魔であることには違いない。
自分と戦おうともせず、邪魔までされなければならないのか、ナルミは普段であれば絶対にそんなことはしないのだが、気付けば女を蹴っ飛ばしていた。
女は簡単に転がされ、そうなったときにやってしまったと思った。
「ナルミ、それはいくらなんでもひでぇよ」
「ナルミ、やり過ぎだ」
オルクスとグラヘルに怒られ、さすがに反省する。
助け起こそうかと思ったとき、強烈な闘気、否、殺気を感じて振り返った。
同時に、ユースケの拳が飛んできた。
それはナルミの顔面に直撃し、思わずユースケから手を放しよろけてしまうほどだった。
「×××っ! ××××××××××××っ! ××××!」
どうやらユースケは怒り狂って何かを叫んでいるらしい。
やっと闘う気になってくれたらしいが、今はナルミの方がそんな気分ではなかった。
ナルミはユースケに頭を下げて見せた。
おそらくこれが彼らの謝罪のジェスチャーだろう。
そのまま自分が蹴り倒した女の下まで行き、助け起こした。
ナルミのこの行動が、彼らを助ける決め手となった。
早速治療が始まった。
回復魔法に使うのは白の魔石だ。
これさえあれば誰でも魔法を唱えることができる。
問題は魔石を手に入れることの方であったが、狩猟の民は農牧の民と違って自らの体に魔石が生えている。
ナルミの体に生える魔石は白ではなかったが、グラヘルの護衛隊の中に白の魔石が生えている者もいた。もっとも白の魔石の持ち主、回復魔法の使い手がいなかったとしても、念のため白の魔石はナルミを含め誰もが持ち歩いているため、困ったことにはならなかっただろう。
具合が悪かった者たちが癒されていく。
その光景をユースケは自分も治療されながら、穴が空くほどじっと見つめていた。さして珍しい光景でもなく、魔石を体に持たない農牧の民だってこれくらいなんてことはないはずである。
もしかしたら本当にこの世界について何も知らないのかもしれない。
あらかた治療は終わったが、この高所では気温も低く、下手をすれば凍え死んでしまう可能性もある。
仕方がないのでそこら辺の死体から服を剥ぎ取り、この若い遭難者たちに着せていった。
ユースケも寒そうな格好なのだが、服を渡そうとすると彼はかぶりを振った。
ナルミは初め、死体から剥ぎ取ったから嫌なのかと思ったのだが、どうやら単純に寒くないらしい。
よくよく考えてみれば、あれだけ殴ったのに倒れなかったり、高山病に罹らなかったりと、恐ろしいほどに頑丈な体だ。
「しかし陛下、助けることにしたのはしょうがないとしても、どうしますか? どうやらまともに戦えそうなのは数名しかいないようですし、守りながら下山するのは骨が折れますぞ」
ドラズが質問というよりは愚痴のようにそう言うと、グラヘルはいつもの渋い笑みを見せた。
「良かったな。護衛のし甲斐があるだろ」
「はぁ、そうでしょうね」
ドラズは諦めたように嘆息し、仲間たちと相談を始めた。三十人以上いる集団をどうやって守りながら下山するか話し合わなくてはいけない。
「言葉、通じないのも面倒」
ナルミの言葉にグラヘルが思案した。
「そうだな。じゃあお前があいつらに俺たちの言葉を教えてやってくれ」
そう言われたナルミは自分が言われたと思わず、後ろを振り返って自分以外の誰がいるのか確認しようとする。
「お前に言ったんだ、ナルミ。リーベルとフォルテナも手伝ってやれ」
ナルミはまさか自分が人に言葉を教えることになるとは思っていなかったため、少し驚いたのだが、すぐに頷いた。
リーベルも特に嫌そうではなかったのだが、フォルテナの方は実に嫌そうな顔をしている。
「私はとりあえずユースケって言ったっけ? 彼だけは嫌よ」
ナルミはすぐに頷いて答えた。
フォルテナが嫌がらなくても、ユースケの相手は自分がするつもりだったのだ。
「ユースケは任せて。私が教育する」
「あんまり殴っちゃダメだよ」
リーベルに変な釘を刺される。
「心外」
ナルミは任せろと言うように自分の胸を軽く叩いた。
そうと決まれば早速ユースケとコミュニケーションをとってみようと考えるのだが、彼はなぜかどこにもいなかった。
まさか怪我が治った瞬間迷子になったのかと思ったが、そうではないらしい。
姿は見えずとも彼の声が下の方から聞こえてきたのだ。
「オーイ!」
どういう意味かは分からない。
もしかしたらオーイという人を呼んでいるのかもしれないが、どうもそうではないようだ。
ユースケの側まで行くと、通じないとはわかっていても声を掛ける。
「何してる?」
ユースケは何かを聞かれたということは理解しているようだが、なんと説明しようか考えあぐねているようだ。
しばらく考えるとユースケは、拳を作った両手の甲をナルミに向け、一本ずつ指を立て始めた。
何を伝えたいのかわからないが、最後にユースケが山頂を指差したため、言いたいことが分かってきた。
ユースケはどうやら山頂にいる人数を教えようとしているらしい。
再び同じ動作を繰り返したため、今度はちゃんと数を数えてあげることにした。
そんなことをしなくても、何人いるかなんて把握しているから問題ないのだが、きっと何か他に伝えたいことがあるのだろう。
そう思って数えていると、ユースケは実際にいる人数よりも明らかに多く指で数え始めた。そして今度は山のあちこちを指差してかぶりを振って見せる。さらには色んなところを見る仕草をした。
ナルミはピンときた。
「もしかして他にも仲間がいる?」
もちろんユースケに言葉は通じていないのだが、彼の困った顔(口元だけだが)を見れば一目瞭然だ。
どうやらまだ見ぬ彼の仲間は本格的に遭難してしまったらしい。




