04.やっぱり先生の様子がおかしい
翌日は変則的にではあるが、学校は再開となり、ヒロトは双子たちと共に高校へと向かっていた。
雨こそ降っていないもののあまり良くない天気ではあるが、ヒロトは傘を持っていなかった。
双子のどちらかに入れてもらおうという魂胆などではなく、単純に忘れたのである。
そもそも常に自分の部屋にもスニーカーがあり、登校するときは二階から忍者か泥棒かの如く飛び降りていくヒロトには、傘を持つという選択肢がなかったのだ。
もちろん本当に雨が降ってくれば、双子のどちらか(おそらくは日向)に入れてもらうつもりなのだが。
曇天の下三人で歩いていると、目の前に突如山が現れた。
当然比喩ではあるが、冗談ではなく何事かというほどの巨体がいるのだ。
背は悠に190cmはあり、横幅も成人男性三人が横に並んだくらい広い。町中に突如横綱でも現れたのかと思うほどであるが、その巨人はヒロトと同じ制服を着ていた。
そしてヒロトの知る限り、そんな男は自分たちの通う高校では一人しかいなかった。
三人を代表して花が声をかける。
「不動くん、柴雷さん、お早ぉ」
山が足を止めて振り向いた。
「ああ、加賀美さんたちと鷲目君、お早う」
巨人、もとい不動仁は人の好さそうな笑みを浮かべて三人に挨拶を返してきた。
さらに仁の体に隠されていた人物がひょっこりと顔を出し、無表情で「ごきげんよう」とだけ返してくる。
腰まで伸びた長い髪、まるでモデルのような体形に美しい小さな顔、彼女が嵩香音だった。
「昨日は僕たちも誘ってくれてありがとうね」
「うふふ、どういたしまして」
話の流れで当然のように花が返した。
しかし嵩香音を誘ったのはヒロトであるし、仁のことを誘った覚えはない。
もっとも嵩香音と仁はセットのようなものだ。嵩香音を誘えば仁が付いてくることは承知の上だったし、むしろこの温厚な巨人をヒロトは特に苦手とはしていなかった。無論花を相手にするのは疲れるだけなのでやめておく。
「いやー、それにしても鷲目君たちはやっぱり強いね。一応スポーツ推薦で入ったんだけど、ちょっと自信なくしちゃうよー」
昨日は勉強会で集まったはずなのだが、男子たちの間で異種格闘技の模擬戦が始まってしまったのである。
といっても、彼らが集まればそうなるのはいつものことで、週に二、三回開かれる通例行事のようなものだ。
ちなみにヒロトたちが通う高校は、基本的に中学からエスカレーター式で上がってくる金持ちの家の生徒が大半である。それだけでは何の実績も生まないおバカ高校となり果ててしまうので、高校では外部から優秀な生徒を集めていた。
例えば仁は柔道推薦で入学した生徒だ。中学では全国総体で惜しくも二位という結果に終わってしまったらしいが、去年はインターハイで優勝している。
本人は「一応」なんて謙遜をしていたが、まごうことなき逸材、スポーツに力を入れている高校なら誰もが欲しがる男なのだ。
一方でヒロトや双子も外部生だった。ついでに言うなら裕典もそうだ。
ただしその四人は違う外部生である。何が違うのかというと、ヒロトたちはあくまで学業においての特待生として入学したのだった。
「それを言うなら私たちもよ。だって柴雷さんもそうだけど、天道君だって内部生なのに同じクラスなんだもん。成績だって負けてるし」
日向がしかめっ面で仁に返した。
日向の言う通り、要と嵩香音は内部生、つまりエレベーター式で上がってきた金持ちの一人であった。
そしてなぜ同じクラスで自信を無くすのかといえば、ヒロトたちの通う高校は成績によってクラス分けされているからだ。
つまりヒロトたちのクラスは成績上位者の集まりであり、その中に金持ちが数名混じっていることになる。
「俺は負けてないけど」
成績上位者のクラスの中でも、ヒロトは常にトップだった。
中学の時から天才ぶりを発揮していた要、嵩香音を抑えて頂点に立ったのである。ちなみにそのすぐ下には裕典が続き、いつもこの四人でトップ争いをしていた。
「わ、鷲目君はスゴイネー」
仁がひきつった笑顔で言い、嵩香音が「次は勝ちますわ」と睨んできた。そして日向がヒロトの右頬をつねる。
「アンタもしかして喧嘩売ってんのかしら?」
日向は笑顔のままぐりぐりと頬をつねってくるのだが、そこまで痛くはなかった。
「そういう悪い子にはぁ、お仕置きが必要だね?」
反対側の頬を花がつねった。こちらは痛かった。
「なにひゅんら、いひゃいから放へ」
五人でそんな風に雑談しながら歩いていると、すぐに学校についた。
ヒロトたちの通う高校は異常に広い。隣に中学校が併設されていることを抜きにしてもだ。やはり施設が多いからではあるが、学校に続々と車が入ってきていることにも原因があった。
この学校は車での送迎が基本なのだ。ヒロトや双子などの外部生はもちろん徒歩や自転車での通学ではあるが、要や卓などは車、それも高級外車に送迎してもらっていた。そのため駐車場が広くとられているのである。
嵩香音の家も豪邸であり、本来なら車での送迎をしてもらうのが当たり前で、事実中学時代はずっと車で送迎してもらっていたのだが、今彼女はこの通りわざわざ徒歩で通学していた。
そもそも徒歩での通学は誘拐などの事件や他校の生徒に絡まれるなどの厄介ごとに巻き込まれるのを危惧してのことだ。その点でいえば、嵩香音は常に仁を連れているため、問題ないとも言える。それでも変わり者であることに変わりはないが。
だがそのせいで他校の生徒に絡まれなくても、当校の生徒に絡まれることがあった。
「やあ、嵩香音さんとその他の諸君。嵩香音さんも車で通学すればいいのに、わざわざそんな暑苦しい下僕を連れ歩くこともないだろうに」
昇降口に入ったところで急にそんな風に声をかけてきた男子生徒がいた。
同じクラスの矢島貴彦という男だ。
彼もまた内部生でありながら成績上位者という数少ない存在の一人ではあるのだが、要や嵩香音に比べると見劣りするほど順位は低く、家の財力も同じだった。
「お早う、矢島君。確かに僕なんてデカいし太ってるし暑苦しいものね。いやぁ、はは、申し訳ない」
仁が嵩香音に代わって答えるのだが、一方で嵩香音は完全に貴彦を無視していた。
他の三人も特に関わり合うつもりもなく、こそこそと「アレ誰だっけ?」とヒロトが首を傾げ、「同じクラスのゲス彦よ。いい加減覚えなさいよ」と日向が応じ、花が「別に覚えなくてもいいと思うよぉ」などと好き放題言っている有様だ。
「仁、何しているの? 早く来ないと置いていくわよ。そんなことで私のことを守れるのかしら?」
「あ、すぐ行くよ! ごめんね、矢島君。じゃ」
仁は慌てて四人の後を追うのだが、残された貴彦が顔を真っ赤にしていたことは想像に難くない。
階段を上りながら、追いついてきた仁に日向がジト目を向けた。
「不動、アンタねぇ、あんなに卑屈になることないじゃない。喧嘩すれば絶対に負けるわけないし、それでアイツが父親に泣きついたとしても、柴雷さんの家に敵うわけないんだから」
「いやぁ、はは、面目ない。でも柴雷さんに迷惑かけたくないからさ」
日向と仁がそんなやり取りをしていると、柴雷が前を向いたまま口を挟んできた。
「別に私は迷惑だなんて思いません」
「いやぁ、でも、はは……」
仁が困ったように頭をかく。
そんな仁の様子にヒロトが溜息を吐き、助け舟を出してやることにした。
「男の矜持だ。好きな女は自分で守りたい。身を挺してでも」
「ぶはっ! 鷲目君、何言ってるんだよ!」
刹那、轟音と共に特大の平手打ちが飛んできた。
「あっぶな!」
死角からの一撃だったが、驚異的な反射神経と身のこなしによって間一髪ヒロトはその必殺の一撃を避けた。
「おい、この肉弾戦車、俺と喧嘩するつもりか?」
「ご、ごめんね、鷲目君!」
「お、いいぞ、ヒロト。やっちゃえ!」
「もぉ、学校の中で喧嘩はダメだよぉ」
ここでまたわいわいと騒動が始まり有耶無耶になったため誰も気付かなかったが、一番先頭を歩く嵩香音の耳は朱に染まっていたのだった。
教室の前で仁とは別れる。
仁も勉強を疎かにしているわけではないが、さすがに成績上位者に食い込むことはできなかった。彼にとって学生の本分とは柔道であり、体を鍛え続けることだ。高校に入ってからはさらに相撲部にも入って己を鍛え続けている。
もっともヒロトから見れば相撲部に入ったのは柔道のためだけではなく、ヒロトたちと競り合い続けるため、ひいては嵩香音のためだと見ているのだが。
教室に入ってすぐヒロトが目にしたのは渋川の姿だった。
途端にヒロトは眉間にしわを寄せる。
渋川がホームルーム開始の十分前にいるなんておかしい。さらにいつも寝ぼけ眼の彼にしては珍しく異様に上機嫌で、笑顔で微笑んでいたのである。
渋川がこちらに気付いて目を向けてくると、ヒロトと目が合った。
ヒロトはなぜか寒気を感じたのだった。




