05.校外学習することになったんだが死亡フラグが見える気がする
ヒロトはやけに機嫌のいい渋川に怯むものの、何とか堪えて彼の前まで歩いていく。
「昨日はどうしたんだ? 一昨日もそうだけど」
「昨日はどうしたんですか、先生、だろ? まったくお前って奴は」
どうにも様子がおかしいが、口調はいつもと変わらなかった。それでもこの不気味な感覚をぬぐうことはできない。
「あ、いやいや、悪かったな。一昨日は結局俺も見に行くことができなかったんだよ。途中で警察がやってきてさ。んで、昨日は各方面に掛け合ってたら夢中になってて、お前らのこと忘れてた」
「忘れてたって……」
いつもならもっと噛みつくところではあるが、渋川の機嫌の良さに調子を狂わされ、というより彼に対する疑念を抱いてしまっていた。
「おう、でもおかげで朗報だぞ。今日はなんと隕石の墜落現場を見学できることになった」
「え、は?」
ヒロトは訳が分からず固まる。
隕石が落ちたのが二日前、いや、そもそも隕石だと断定もされていないはずだった。
それなのに渋川は隕石だと断定しているし、見学しに行けるとまで言っている。果たしてそんなことが有り得るのだろうか。
しかしどうも冗談を言っているというわけではないらしい。
渋川は「ほれ」と、黒板を指さす。
そこにはでかでかと「一限目から校外学習」と書かれていた。
それを見た双子は「やった、今日は数学無しだ♪」、「たまにはこういうのもいいよねぇ」などと浮かれている。
こういう時には嵩香音の方が頼りになりそうではあるが、彼女は少し考えると「確かに危険がないことが確認されたなら有り得ないことではないかもしれません。裏山は学校の私有地ですし」と納得してしまっているようだった。
「というわけだ。良かったな、お前も見に行きたがっていただろ?」
「ま、まあな」
確かにその通りではあるのだが、ヒロトはどうも楽しみという気分にはなれなかった。といっても裏山に落ちた隕石というのが気になって仕方ないのだが。
そうこうしているうちに続々と生徒たちが登校し始めてきていた。
その中には昨日共に勉強会を開いた要や裕典も一緒である。
さらに少し遅れて卓もやってきた。
ちなみに卓を昨日呼ばなかったのは、何も仲間外れにしたからではない。一つは単純に卓の家が遠いということもあるのだが(もっとも車で来るのであればあまり関係ないが)、もう一つはあのメンツだと卓が来たがらないのである。
主な原因は要の家と卓の家がライバル関係にあるということであろう。当の本人たちはあまり気にしていないようだが、家にまでお邪魔するとなるとそうも言っていられないようだ。
「やぁ、ヒロト殿。昨日は申し訳なかったでござるな。どうやら本当に休みだったようでござる。いやぁ、言われた通りに引き返して良かった」
「ん? お前、昨日学校に行かなかったのか?」
「? ヒロト殿が休校だと教えてくれたのではござらんか?」
「まぁ、そうだな、ピザデブ」
「なぜそこで悪口を!? やっぱり根に持ってるでござるね!」
ヒロトは卓に詰め寄られるも、無表情のまま答えない。
ちなみに卓もまた、内部生でありながら成績上位者のうちの一人だ。クラスでの順位は真ん中より少し下くらいだろうか。その体型通り運動神経も良いわけではなく、むしろ体育の成績は最悪に近かった。
卓は要や裕典と違い、競い合うような仲ではないのだが、ヒロトにとっては友人の一人といえた。むしろ気の合う友人は卓くらいのもので、要や裕典を友人と認めた覚えはない。
卓とは趣味が一緒なのだ。ラノベや異世界ファンタジーを愛する同志であった。その上SFも好きでゲームの趣味まで同じである。わずかな違いこそあれ、ここまで趣味の合う者はほかにいなかった。
双子も女子生徒の仲間に加わり、ヒロトはそのまま卓と会話する。
その後現れた裕典はやはり大声でヒロトに挨拶を交わしてくるし、反対に昨日家にお邪魔させてもらった要は数人の取り巻き(ほとんど女)に囲まれてヒロトのことなど気にも留めていない。
その間もヒロトは時折渋川の様子を窺うのだが、やはりいつもとは違うように感じた。
いつもと変わらない日常のようで、明らかにそうではなかった。
一抹の不安を抱きつつもHRが始まり、今日の一限目の校外学習の内容を渋川が話し始めた。
二クラス合同で行い、すでにバスまで用意されているらしい。
わずか二日でよくそこまで用意できたとも思えるが、ヒロトたちの通う高校はちょっと普通じゃない。だとしても段取りが良すぎることには違いないが。
早速準備をして出掛けることになった。
バスで行ける道には限りがある。当然行けるところまで行ったら徒歩になるだろう。
そのため全員体操服に着替え、それからバスに乗り込んでいくことになった。
当然女子生徒のいなくなった部屋でヒロトは着替え始めるのだが、卓が少し驚いたようにヒロトを見ていた。
「ヒロト殿、もう六月ですぞ。その恰好は暑苦しくないですかな?」
ヒロトはほとんどの男子生徒が半袖短パンの中、その上になぜかジャージを着こんでいたのだ。
「備えあれば憂いなし」
そんなヒロトの様子を目ざとく見つけた裕典が近づいてくる。
「喝ッ! 貴様、なんだその暑苦しい恰好は! 日本男児たるもの夏だろうと冬だろうと半袖短パンでいろ!」
「暑苦しいのはお前だ、熱量バカ」
ヒロトと裕典が言い争うのを尻目に、一人の男子生徒がすぅっと二人の前を素通りしていく。しかしその先は廊下であり、着替え終わったら教室で待機しているように言われていたはずだ。
ヒロトは裕典をいったん無視し、その男の背を睨みつけた。
「天道、う〇こか?」
ヒロトに下品に言葉をかけられた男、要はゆっくりと振り返り爽やかに髪をかき上げて見せた。
今言われたことは聞き流したような爽やかな笑顔だが、ヒロトはその前に一瞬要の眉が吊り上がったのを見逃さなかった。
「そんなわけないだろ、鷲目君」
「ぬぅ、要。その、大は生理現象だ。恥ずかしがることはない。もし間に合わなかったら俺が上手く言い訳しておいてやる」
裕典はあからさまに声のボリュームを落としてそう言った。これで気配りはちゃんとできる男なのだ。天然ではあるが。
「だから、違うって言ってるだろ。僕はちょっと女子に声を掛けに行こうと思っただけさ」
「やっぱりか、覗き野郎」
「何だと! 貴様、喝だ! 覗きなど断じて許さんぞ!」
ヒロトは初めからそれを危惧していたのである。
他の女子が覗かれることに興味は一ミリもないが、双子の着替えを覗かれるのだけは許しがたい。
「覗きとは失礼だな。僕はちゃんと正面からドアをノックして開けるつもりだよ? 何もやましいことはないだろう」
つまりは正々堂々と女子の着替えを見に行くという宣言だった。
要はモテる。それはもうクラス、学年、学校内、中等部はもちろんのこと、他校、他県はてには他国までもがその範疇である。
だから女子の中には、要に着替えを見られることがおいしいと考える者もいるのだ。
もし要ではなく卓が女子の着替えている教室に行こうものなら、間違いなくその場で即殺されるか、卓の家の財力をもってしても払いきれないほどの慰謝料を請求されるに違いなかった。
「ヒロト殿、なぜ一瞬拙者を見たでござるか?」
ヒロトは卓を無視し、要を睨みつける。もちろん裕典も同様であり、その話を聞いていた仁はすでにドアの前で仁王立ちしていた。
なぜ仁がここにいるかといえば、二クラス合同で行くのが仁のクラスであり、仁のクラスの男子がヒロトたちの教室で着替え、反対に双子や嵩香音たちが仁のクラスで着替えているからだ。
要はしばらく立ち止まって髪をくるくると弄っていたのだが、やがて「わかった、諦めよう」と爽やかな笑顔で言って自分の席に戻っていった。
いつの間にか教室にいた男子全員がこちらに注目しており、要が離れて言った瞬間にホッとしたように息を吐いていた。中には「四天王で喧嘩になるかと思ったよ」「ああ、ちょっとビビったな」などと会話している者までいる。ちなみに四天王の中に仁は含まれていないのだが、ヒロトはそんなことを知らないどころか、自分が四天王と呼ばれているのも興味がなかった。
ヒロトも軽く溜息を吐いていた。
別に要のことを嫌っているわけではないが、彼は少し面倒なところがある。
それはあの余りある性欲だった。常に公正公平なくせに、女が絡んでくると自分の欲望に忠実になる。今ではすっかり慣れてしまっていたが、これまでも双子や嵩香音にちょっかいをかけてくるせいで、ヒロトや仁と何度も衝突してきていた。
しばらくして教室がノックされる。女子たちの着替えが終わったようだ。
それから全員でバスまで移動し、二台のバスにクラスごとに分かれて乗り込み、裏山へと出発する。
ヒロトは外を覗いて首を傾げた。
まだ雨は降っていないが、今にも降り出しそうな天気だった。
学校の裏山はそれほど険しくないが、雨が降り出せばさすがに登るのは厳しいはずだ。特に金持ち連中からは批判が殺到するだろう。
なぜ今にしたのか?
ヒロトは首を捻るのだが、普段寝ぼけ眼の渋川の笑顔を見て、なんとなくそこに答えがあるのではないかと考えてしまうのだった。




