02.今日は休校らしい
ヒロトは必ず朝六時に目を覚ます。どんなに遅い時間に寝ても、絶対その時間に目を覚ませるし、むしろ早く寝すぎるとまだ明るくなる前に目を覚ましてしまうぐらいだ。
今朝も深夜に寝たとは思えないほど当然のように朝六時に目を覚ませたし、目を覚ましてすぐにルーチン化している朝の体操を行っていた。
それが終わると勉強を始める。といっても、学校の予習復習ではなく、自分が興味のある本を読んだり、それについて疑問に思ったことを書き出してみたり、自分なりの考察をまとめたりするだけである。
しかし今朝は体操が終わるとすぐにリビングに下りていって、テレビを点けることにした。
もちろんスマホも手に持ち、SNSなどを使って同時に情報を探すつもりである。
今日は昨日の事件が気になり、他のことは手につかなそうだ。
ニュースを見ながら三十分情報を収集してみた結果、残念ながらめぼしい情報はなかった。
といっても、テレビでもこの街に何かが落ちたというニュースは短いが流していた。現在も調査中だということが発表されており、それが飛行機やヘリコプターではなく、おそらく隕石か人工衛星の可能性が高いという内容だった。
だが、ヒロトだってそれくらいはすでにわかっている。ヒロトが本当に知りたかったのはあの“臭い”だ。昨夜からアレが何だったのか、気になって仕方なかった。
無暗に「未知の物質が降ってきた」と騒ぎ立てるつもりはなかったが、その可能性が高い、というよりも、間違いないだろうと確信していた。
それは昨日出会ってしまった渋川も同様だったらしく、あの常に覇気にかける男にしては珍しく興奮していたほどである。
今日、今から学校をさぼって裏山に行っても、きっと中には入れないだろう。ニュースで流れたよく見知ったあの裏山は、今や立ち入り禁止のテープが張られ、消防車や警察までもが調べているほどの大事になっている。
一般人が入れないのはもちろん、高校生のヒロトが行けば補導されてしまいかねない。
あとは渋川に訊いてみるのが一番だろう。
ヒロトは学校の緊急連絡のシステムのせいで、渋川の連絡先を知っていた。
別に髭を生やしたおっさんの連絡先など知りたくはなかったのだが、四人いる代表の一人に選ばれてしまったのだから仕方ない。
しかし、今日に限ってはそれを幸運だと思えた。
学校に行くより早くあの事件について聞き出せるかもしれない。
そう思ったヒロトは、リビングに入る前にはすでに渋川にメッセージを送っていたのだが、いつまで経っても連絡は来なかった。
ヒロトは、きっとあのおっさんは朝はギリギリなのだろう、と考え、学校に行くまで我慢するしかないと諦めることにした。スマホを睨んでいても、何も変わりはしないのだから。
七時になって、学校に行く支度を始める。
その頃には両親も降りてきて、仕事に行く準備を始めた。
二人の帰りはいつも遅い。そのため、平日は朝のこの時間だけが家族揃って食事を摂る唯一の機会である。
その場でもやはり話題になるのは昨日の事件だ。アレだけのことはそうそう起きるものでもないので、その話題で持ち切りになってしまうのも当然である。
ヒロトは両親の前で昨日起きたこと、自信が感じた異臭の話などを捲し立てていると、ふと父親が心配そうな表情でヒロトを見つめてきた。
「ヒロト、何かに興味を持つのもいいことだし、お前の研究熱心なところは我が子ながら尊敬できるよ。でも、あまり無茶はするんじゃないぞ。冷静になって周りの意見に耳を傾けることだって必要だからな」
「わかってるよ。いくら俺だって今から裏山に忍び込んだりしないって」
「いや、そういうことを……。まさか忍び込むつもりなのか!?」
「しないって」
ヒロトはあまり両親に信用されていないようだった。
母親に至っては「どうせ何言っても無駄なんだから、せめて怪我しないように体を鍛えておきなさい」というベクトルが斜め上に向かったアドバイスをしてくる始末である。
ヒロトはたまに両親のことを邪険に思ったりすることもあるが、二人を決して憎んだりはしていなかった。自分のことを心配してくれているというのはわかっているし、それでも背中を押してくれるのだから。
「あと、なんでお前は髪を染めたりしたんだ。茶髪ならまだしても金はやりすぎだろう」
「そうよね。さすがにご近所さんの目が痛いわ」
「それはスーパーサ……。まぁ、いいでしょ。こんなことできるの若いうちだけなんだから」
「お前の言うセリフじゃない。それになんだ、『スーパーサ』って。まさか狂戦士民族のことか?」
「いいから、いいから。遅れるよ?」
こういう面倒な小言もあるが、親なんてそんなものだろう。
ヒロトは上手くそれを躱し、二人を家から送り出す。
「ヒロト、どこからどう見ても輩だからな」
「ヒロ君、玄関から出ると絶対に鍵かけ忘れるんだから、二階の窓から出て行ってね」
二人はなおも小言を言ってくるが、ヒロトは「はい、はい」と流しながら二人を玄関で見送った。
家が静かになり、その静けさで自分もそろそろ出なくてはいけないと思い出す。
出かける準備は万端だが、まだ少し時間はあったので最後にスマホを取り出して誰かから連絡が来ていないかチェックすることにした。
“未読メッセージ15件”
ちょっと引くほど来ていた。
とりあえず流し読みして、差出人を見ていく。
だいたいは幼馴染かつクラスメイトの日向からだったのだが、他のクラスメイトのものもある。
最初に見た日向からのメッセージは、今日のニュースを見て自分たちの町が映っていて興奮したことや、昨日の事件についてのこと、そして寝坊したから少し待ってほしいという内容だった。
次に見たのは柴雷嵩香音というクラスメイトからのメッセージだ。彼女からメッセージが送られてくることはままあることではあるが、ヒロトは彼女が苦手だった。
“今日は休校みたいよ。メールで確認した。渋川先生は何をしているのかしら?”
ヒロトの顔が引きつった。
この文面からだけでも嵩香音の怒りが伝わってくる。
自分が怒られているわけではないが、つい溜息を吐きたくなってしまう。
ヒロトのクラスでは緊急の連絡が来た場合、担任が代表数名の生徒に対してメッセージを送り、そのうちの気付いた生徒がクラスのグループメッセージに送信することになっていた。
本当に渋川は何をしているのか? ヒロトは首を傾げる。
未だに送ったメッセージに対しての返信はない。それどころか、こういう緊急の連絡さえ忘れてしまっている始末だ。
渋川のことも気になるが、まずは嵩香音に「俺も知らなかった。今グループメッセージにのせる。教えてくれてありがとう」と返信しておき、すぐに「緊急、今日は休校」とだけメッセージをのせた。
すぐに既読がつき、クラスの者たちがそれぞれにメッセージを送ってきた。
“えー、もう電車乗っちゃんたんだけどー”
“連絡遅くね?”
“やっぱ昨日のあれかな?”
みんなそれぞれに反応を返してくるが、いちいち全部にかまってはいられない。
そんなことよりも、ヒロトの友人の一人がスマホを持っておらずなぜか未だにガラケーのため、直接電話をかけなくてはいけなかった。
初めはなかなか出なかったのだが、何回目かのコールでようやく出る。
「卓。今どこだ?」
「どこって、車の中でござるよ。ヒロト殿はもう教室でござるか? さすが優等生は早いでござるな、ヤンキーにしか見えないのに」
「俺はヤンキーじゃない。……じゃなくて、今日は休校になった。だから家だ」
「えー、本当でござるか!?」
「嘘吐いてどうすんだ。わかったらとっとと運転手さんにUターンしてもらって帰れ」
「そんなこと言って、拙者を引っ掛けようとしているのではござらんかー?」
ヒロトのこめかみに青筋が浮かんだ。
「そんなことして俺に何の得がある? いいから帰れって」
「からのー?」
ヒロトは電話を切った。
同時にチャイムが鳴る。
どうやら幼馴染の双子がやってきたらしい。
二人ともまだ休校のメッセージには気付いていないようだったが、どうせ家に来ることがわかっていたため、特に連絡もしなかった。
ヒロトは玄関に向かいながら、ふと渋川のことが頭をよぎる。
あんないい加減なおっさんとはいえ、少し気になったのだ。
昨日の事件で何かあったのでなければよいのだが、と。
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