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異端者の日常  作者: UK
9/9

思惑



 深夜、住宅地に近づくにつれて人通りも少なくなる道を歩く。


 人影は無く、嫌な思い出が連想されるものばかりで正直気分は良くないが、あの倉庫より遥かに安心できた。


 去り際に言われた台詞を思い出す。「また何かある時は連絡するし、そん時はちゃんと反応しいや。大丈夫やって、仲間外れにはせえへんから」


 憂鬱に左手の携帯端末を見ると、アドレス帳には『出雲』と表示されている。メールが届いてからは登録したが、こんな個性的な名前の知り合いは初めてだ。当然、中身も。


 人通りの少ない道は安心できた。出雲の話を全て信じた訳ではないが、彼の言っていた信じられるものは自分達しかいない、という台詞も案外間違ってはいないのだろう。


 少なくとも、見返りもなく無償で助けてくれる輩よりは余程信用できるのだろう。彼らは率直だったが、下手に騙されるよりはマシだった。


 だが、まだ自分に隠されていない事が無いとは言えないが…それは今考えても答えは出ない。


 自宅まで辿り着くと、ひっそりと自室まで戻る。地下へ潜る生活、私はそう地下へ踏み入った時に感じたが、いつか実際にそうなってしまうのだろうか。そうだとしたら、私は表からは姿を消さないといけない。勿論この家へ帰ることも少なくなって、いつかは途絶えるのだろうか。ふとそう思った。









「ちょっといいかな」


 学校帰りの夕方、背中から呼び止められる。ここ数日で嫌というほど見慣れた公務員の恰好。やっぱりきたか、そう思った。少し遅かったとも。


「はい、何ですか?」

「最近ここら辺で起きた通り魔事件、知ってるよね」


 『通り魔事件』最初の夜は動揺のあまり事件についての報道などは一度も耳にしようとは思わなかったが、余裕がでてきて調べてみると、どうやらこの事件は通り魔事件として処理されているようだ。


 警察は次の犠牲者が出ないよう、一人での外出は控えるように、などと呼びかけている。事情を知っている私からすれば白々しいものだ。


 事件の被害者は深夜の見回りをしていた警官の女性、加害者は通り魔、第一発見者は帰りが遅いことを心配した彼女の同僚。


 その場にいた私については一切の報道はされていなかったが、私には足に傷跡があり、そこから流れ出した血による血痕が現場に残っていた。後から証拠を隠滅しようにも、先に彼女の同僚が駆けつけていて証拠隠滅は無理だろうということで放置したままになっていたのだ。


「その事で君に聞きたいことがあるんだ。申し訳ないけど、署まで来てもらえるかな」






 署、そう言われて連れてこられたのは確かに署だった。


 今、私の目の前には警視本庁だ。ここには有りとあらゆる人間が出入りするが、制服姿の学生が入っていくのは流石に異様だろう。


「ごめんね、仰々しくて。別にどうしようってつもりは無いから」


 そう言って警察官は苦笑いしてみせる。どうみても私にとってこの人は悪い人間には見えないのだが、私がこんな所に呼ばれたということはただの事情徴収では無いのだろう。今の私にとってここは敵の本拠地だ。きっといろんな所で私の振る舞いは監視されているだろう。ボロを出さないようにしなければ。


 受付を顔パスで通り過ぎ、迷路のような本庁内部を進む。いざ逃げ出す時の為に道でも覚えておこうと思ったが、早々に諦めた。そんな時はこっそりいくか、いっそのこと寝返ろう。


「ここだよ。それじゃあいってらっしゃい」

「え、あなたじゃないんですか」

「僕の仕事は君をここまで連れてくることだから。大丈夫。すぐに終わることだから僕はここで待ってるよ」


 警察官に背中を押され、部屋に入る。


「よう待ってたぜ」


 警察にしては馴れ馴れしい口調で私を迎えたのは赤い人。髪は桃色で温和な印象を受けるが、意志の強そうな瞳がそれを否定している。この瞳に、既視感を覚える。よく思い出せば、頼一さんと似た色だった。東京には不思議な色合いの人が多い。


「そこに立ってるのも何だろ、座れよ」

「失礼します」


 取り調べ室に相応しく、中は簡素なものだった。小さい窓にパイプ椅子。装飾などは一切無い部屋に、赤い色が浮いている。


「今回お前を呼んだ理由は聞いてるな」

「ええ、まあ一応は」

「なら話が早いな。俺は立石明夜、捜査官だ」

「神代光です。学生です」


 とりあえずペコリと頭を下げた。恐る恐る捜査官さんの顔を見上げてみたが、相手は尊大な態度を崩さなかった。まるで犯罪者の取り調べだ。半分当たっているのだが。


「早速本題に入るが、まあ早い話が事件現場からお前の血痕が検出された。そこで聞きたいんだが、お前はあそこで何をしていた」


 危険なお兄さんとドンパチしてました、なんて正直に言える訳が無い。言ったら私は間違いなくこの建物から出ることができないだろう。


 人を騙くらかすのは得意では無いが、傷ついた表情くらいはしてみる。


「あ、あの、その事なんですけど…私、何があったのか知らないです…」

「知らない?」


 捜査官の顔は、嘘を吐くならもっと上手い嘘を吐けといっている。私もそう思うが、いかんせんこれ以上の言い訳が思い浮かばなかったのだ。これなら出雲にどう対処すればいいかくらい聞いておくんだった。


「はい。塾の帰りで道を歩いてたら婦警さんがいて、その後よく分からないけど婦警さんが逃げて、って言ったんです。だから逃げたんです」

「つまりお前は何も知らないと。だが血痕は検出されてる」

「それは…分からないんです。怖くて、走って逃げたらいつの間にか足を切っちゃってたらしくて」

「じゃあ何で事件の事について発言しなかった。察しはついてただろ」

「怖くて、関わりたくないって思って…」

「まあそれが普通の対応だわな。それにしても、収穫無しか」


 眉を寄せて涙ながらに語る私の姿に、捜査官は諦めの溜息を吐く。


「あの…私はこれで帰っていいんでしょうか。明日も早いので」

「…ああ、いいぞ。迷惑かけて済まなかったな」


 椅子から立ち上がって背を向けながら、案外うまくいったのかな、と安堵する。ボロはこぼさなかったし、多少無理はあったが相手は納得してくれたご様子だ。


 外で律儀に待機していたらしい警察官さんに「大丈夫?あの人怖かったでしょ。僕の上司なんだけど、気性が荒い人なんだ」と言われた。確かに敬語は使わないし、変わった人だった。だが何とかなって、本当に良かった。


 立石明夜、この名前は今後の為に覚えておいた方がいいだろう。


 しかしあの人…あの人を見るのは始めてではないような気がする。


 だがそれも気のせいだろう、と頭を振る。東京は広い。似たような誰かと勘違いしているだけだ。






 「ここまででいいです」と言って遠慮する少女を送り届けた後、一日の疲れを溜め込んだ体を引きずって職場まで戻ってくる。


 もう太陽も半分沈んでしまった時間。普通の会社であるなら仕事を切り上げて帰路へつく人が出てくる時間帯であろうが、生憎警視本庁にそれは適応されない。斯く言う自分もまだまだ予定が立て込んでいた。今日も泊まりかなあ、とうんざりする。


「ただいま帰りました」

「遅せえぞ」

「そんな横暴な…そんなことよりどうでしたかあの子」


 明らか怯えていた少女を尋問のような目に合わせるのは流石に気が引けたが、多くの同僚達がそうであるように、彼も仕事だからと自分に言い聞かせきた。


「逆にお前はどうだったんだ。横から見てて」


 そう、自分は外で待っているなどと嘯いて実は少女の一挙一動はあらゆる所に仕掛けられた小型カメラやマジックミラーで監視されていたのだ。自分だけではない、数十人体制で。


「仕草とか見てましたけど、彼女緊張してるのか硬直してて僕からはさっぱりです」

「はっ、お前もまだまだだな」


 小馬鹿にしたように笑われる。最初はそれなりに怒りを感じた笑い方だが、暫く経つともうそんな事は慣れてしまった。この人はそういう人なんだと諦めなければ、この人の部下はやっていけないと気づいたのだ。


「確かに硬直していたがな、よく観察したか? 手はずっと握り締められてたし、声は震えてた。まっすぐ視線は合わせてきたが、アレは誤魔化す為だな。詰めが甘い、素人だな」

「それでは彼女は嘘を吐いていたと」

「そりゃそうだろ。あれで本当に何も知らないなんて虫がよすぎる。可能性としては本当に関わりたくないが何か知ってしまったのか…まあ分かったのはどちらにしてもひ弱そうだし嘘を吐く訓練もされてない一般人って事だな」

「それでも十分な収穫ですよ。引き続き経過観察ですが、今後は彼女の監視を減らしても良さそうですね」

「後は俺らの実力次第ってか」

「今までもそうだったじゃないですか」


 取りあえずは、まずあの少女の監視を減らす判断を上層部に伝えにいこう。自分としてもいたいけな少女が常日頃に監視されているのは中々目覚めが悪いもので。






 ピリリリリ…と携帯が音をたてている。


 時刻は九時。夜はまだまだこれから、という意気込みだったのだが出端を挫かれた気分だ。


 留守電にしていなかった事を後悔しながら恐る恐る相手を確認すると、表示されていた名前は『神谷頼一』。


 そういえば、と思い出す。頼一さんも警察の関係者だった。私の事を心配して電話をかけてきたのだろうか。それとも捜査…いや、親しい人間が関係者にいる場合は捜査を外されると聞いた事がある。流石に頼一さんも捜査へは関わっていないだろう。


「もしもし」

『やあ光ちゃん、元気?』

「はい。頼一さんこそ、調子はどうですか」

『体の調子はいいんだけどなぁ。やっぱり仕事は疲れるよ、遊んでた頃に戻りたいね』

「そうですか。それより頼一さん、用事は何ですか。もしかして暇だったとか」

『実はそうなんだよ。俺今休暇中でさ』

「それなら久しぶりに旅行でもしてみたらどうですか。普段は忙しくて休暇なんてとれないでしょ」

『うーん、光ちゃんが言うならそうしよっかな』


 どうしよう、頼一さんの意図が全く分からない。さっきからしているのは本当にただの世間話だ。


『そういえばさ、最近近所で事件があったみたいだけど、大丈夫?』

「…ええ、私は何ともありませんよ。頼一さんこそ、仕事の方は忙しいんじゃないですか? 家にいても仕事に追われてそうなイメージがあるんですけど」

『そんなことはないよ。なんたって俺は休暇中だからな、仕事は一切しない』

「なら、今度一緒にどこかへ出かけられたらいいですね、昔みたいに」

『俺の仕事が忙しくなってからは皆で出かける機会も少なくなったからな』

「そうですね…あのすみません、私は明日も早いのでもう切ります。お父さんとお母さんも、また頼一さんに会いたいって言ってましたよ。暇なら顔でも見せて安心させてあげてください」

『分かった。引き止めて悪かったな、それじゃあまた今度』


 半ば無理やり通話を中断して携帯を放り出す。


 正直本当に世間話しかしなかった。これは腹の探り合いなのだろうか。どちらにせよ頼一さんは何を思って…そこまで考えて思考を止める。


「あーあ、何してんだろ、私」


 周囲の人を疑って、頼一さんまで疑って。これも全てあいつのせいだ、と確認してみるが、この惨めな状況に変わりはなかった。








 夜の繁華街。ネオンで光り輝いた街をテラスから見下ろす。


 何か大切な決定をくだすとき、頼一はいつもここへ足を運ぶ。


 人は決断とは遠くの景色を見ながら、或いは瞑想に耽りながら下すものが多いが、頼一は喧騒の中で決断を下すのだった。今日もそうだった。


「どうだった明夜。何か収穫はあった?」

『どうも何も、お前のいとこなんだろ。お前の方こそどうだったんだよ』

「こっちは何も、っていうかただの世間話で終わったわ。そっちがどこまで突っ込んだ話したのか俺知らないし。それにどうせ通話記録もとられてんだろ」


 はぁーと携帯の向こう側から長いため息が聞こえる。強力しろなどと言いながら、結局は明夜だけが仕事をする形になってしまった。


『こっちは取り調べをした』

「あ? マジかよお前言っとくが」

『落ち着け、正規の取り調べだ。何も悪いことはしてねえよ』


 自分たち異能捜査官の間でいう取り調べとは、書類に記載されない非公式なものも少なくない。非公式という事は何をしても許されるという事と同義だ。真実は闇の中。正義とは決して一枚岩ではない。


『こっちが分かった事も少ないが、いい知らせはある』

「聞かせてくれ」

『まず本人に直接話を聞いたが、本人は知らないって主張を一貫してたけど、嘘だな。でも訓練されたような素振りは無かったしお前も感づかなかったのなら間違いなく素人だ。恐らく見たくないもんでも見たんだろう。何かは想像はつくがな』

「あちゃー…異能か」


 頼一は先程電話したとき、もっと本人に声をかければよかったと後悔していた。そうすれば親しい自分に打ち明けてくれていたかもしれないし、そうすれば自分はきっと上手く対応できただろうと思う。


『そんな所だろうな。変なフォロー入れようとすんなよ、それはこっちの仕事だ』

「わかってるって。それより、いい知らせっていうのは?」

『ああ、ウチの上司はあの謙虚な態度がお気に召したらしくてな。今日付けで神代光の監視が減らされることになった。お前の休暇が終わる頃には、電話くらいなら満足にできるようになるだろ』

「おお!」


 厄介事には関わらない性分の明夜は、案外尽力してくれていたらしい。予想以上の成果に思わず感嘆の声がもれる。


『後はお前の決断次第だな、これからどうすんだ』

「ああ、実はもう決めてるんだ。まずは身の回りの安全優先!それからはあわよくば…」

『あわよくば?』

「あの子をウチに引き抜く」

『はあっ!? 何言ってんだお前正気か』


 電話の向こう側の明夜が声を荒らげる。


「喜べ明夜、後数ヶ月もすれば同僚が増える」

『無理に決まってんだろ、神代光が知ってるって保証もないんだぞ! それにあんなクソの役にも立たなそうな奴を引き入れて何になるんだよ』

「俺が鍛えれば問題はないだろ。いやー、あの子には昔から何かの才能があると思ってたんだけど、今まで何も開花しなかったからさ、やっぱこの仕事で開花すんのかなって」

『残念ながら、俺の見立てではそんな可能性は限りなくゼロだ。一般人なんて巻き込んでロクな事になんねえよ。おまけに子供だ。ギャーギャー騒いでただのお荷物になるのが目に見える』

「だけどこんな前例もあっただろ?」

『あれは知りすぎたからだ! 言っただろ、今回は知っている保証も無いし、何より本人が知らない振りを貫いてる。裏で嗅ぎ回ろうとしているなら話は別だが、上層部では基本これ以上深入りしない方向で話が進んでる。ただの一市民に時間を割いている場合じゃないんだよ』

「俺が割くからいい。あの子の行き場が無くなるよりは、よっぽどマシだ」

『…お前、神代光が異端者として覚醒したってのも視野にいれてんのか?』

「まあな」

『確かにそこら辺でふらふらさせておくよりはさっさと囲っちまった方がマシだ。だがな、そんな望み薄な賭けに俺は乗らないからな。勝手にしろ』

「分かったよ」


 携帯を閉じると夜の冷たい風がビルの合間をぬって頼一に届く。


 少しばかり冷えた頭で暫くは思ったより忙しくなりそうだと目を細めた。


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