Chapter 13 Scarlet Bloom 03
「サンニー、ありがとな。お前がいなかったらヤバいところだった」
「ヴーーん……」
夜明けの騎士はジェットエンジンのような低い駆動音で応じ、それから俺はスキルの効果を解除した。
ヴェルモーラが効率よくエネルギーを吸い上げるためだろう、連れ去られた2年生たちは屋上にまとめて転がされていた。
一方、それより前に正気を失って俺に襲いかかってきた1年生と3年生の群れは、ヴェルモーラが倒されたことで、俺が封鎖した校舎の両側の階段付近で一斉に意識を失って倒れていた。
彼らを学校の広場まで運ぶためにサンニーを召喚したのだ。あのままゾンビ映画のようにつみ重なった状態で放置しておくのは流石に寝覚めが悪い。ただ、屋上の2年生たちは割と気持ち良さそうに眠っていたので、そのままにしておいた。
空は元の色彩を取り戻し、夕暮れの陽光が目に染みる。
「ここにまとめて放り出したのか?」
アイが、ベルの脇を抱えるようにして広場へと歩いてきた。
ベルは虚ろな目でぶつぶつと呟いている。
「私は無力だ……申し訳ありません、アイ様……私は無力だ……申し訳ありません、アイ様……私は……」
俺は心配になって視線を向けた。
「ベル、大丈夫なのか?」
「少し怪我をしている……それと、ひたすら自分を責めているのだ。はぁ……気に病むなと言って聞かせたのだがな」
相手はヴォイド、それも未知の強敵だ。自分の強さにどれほど自信があっても、一度や二度は心が折れそうになることもあるだろう。
レーザーを浴びたベルの傷口は、すでに自己再生が始まっているようだった。少なくとも命に関わるほどではない。……現に、あれだけ熱心に呪文のように呟けているのだから、そこまで心配する必要もないかもしれない。
アイはベルに向き直った。
「……もう召喚を解除するぞ」
「申し訳ありません、アイ様……」
「自分を責めるのはやめろ」
その言葉に、ベルはさらに深く首をうなだれた。
「はい……アイ様」
やがてベルの足元に魔法陣が浮かび上がり、その身体が光に包まれていく。彼女は疲弊しきった様子で、俺に向かって小さく手を振った。
「またな、ユウ」
「あ、ああ。早く良くなれよ」
言い終えると同時に、魔法陣は竜の少女をどこかへと送還した。
アイがため息をつきながら口を開く。
「彼女の本来の領域に戻した方が、回復も早いだろう」
「ベルはお前の召喚獣だったんだな?」
「……そんなところだ」
異世界には存在しなかったはずの『竜』をどうやって召喚獣にしたのか、その経緯を尋ねようとしたその時、アイの方が先に問いかけてきた。
「リカはどうした?」
意外な質問に、俺は少し驚いた。
「は? 興味あるのか?」
「……ただの疑問だ」
「心配ないよ。ヴェルモーラが現れてから、リカは学校に来てない。実家の方で急用でもできたんじゃないか?」
「そうか……」
ヴェルモーラが学校を占拠していた間、アイは周囲の状況に一切気を配る余裕がなかったのだろう。事が片付いてようやく思い出したというわけか。リカの名前が出たのは意外だったが、まあ……一応、彼女から告白された過去もあるわけだしな。
アイは思案するような表情を浮かべた。
「……タイミングが良すぎるな。まあいい」
「リカが無事ならそれでいいさ。あ、そうだ。実はリカには、俺が異世界から戻ってきたこと、もう話してあるんだ」
「口の軽い奴だな……」
「状況が状況だったんだよ」
アイは腕を組み、目の前に倒れている生徒たちを見下ろした。
「……こいつらの肉体には異常はない。問題は精神面だな」
「そうだな……」
願望を満たされた者はヴェルモーラの人形と化し、最終ステップのエネルギー源として利用される。その仕組みを知った今、精神的なダメージが皆無であるはずがないと容易に想像がついた。
これほど多くの人間が意識を失っているが、彼らの心がどこまで蝕まれているのか、俺には計り知れなかった。
俺は指をパチンと鳴らした。
「でも、お前がこれから魔法か何かでどうにかするんだろ? こいつらも、あの壊れた校舎もさ」
俺とベル、そしてヴェルモーラとの戦闘によって、校舎のあちこちが派手に損壊していた。
しかし、アイはただじっとそれらを見つめた後、静かに首を振った。
「いや、このまま放置する」
「は?」
「こういう事態の後始末を専門に行う連中がすでにいる。俺たちがこれ以上動く必要はない」
その返答に、俺は首を傾げた。
「それって……異世界の存在を把握していて、一般人に露見しないよう隠蔽工作を行う、政府の秘密組織みたいなものか?」
「随分と具体的な妄想だな。まるで知っているかのようだ」
「ただの勘だよ」
だが、そう考えれば合点がいく。アヴァリスがショッピングモールで俺を襲撃した際も、ニュースでは単なる事故として処理されていた。
アイは静かに目を閉じた。
「あの連中がどう処理しようが知ったことではない。俺や私生活に干渉してこない限りはな」
「本当にそう上手くいくかねぇ……」
俺は目の前の広場に転がっている、数百人もの生徒や教師たちを見つめながら呟いた。
どれほど報道を統制したところで、生存者や負傷者の名簿を照合すれば、この惨劇の中で完全に無傷かつ無関係な人間として『桐崎ユウ』と『桐崎アイ』の名前が確実に浮き彫りになる。つまり、俺とお前のことだ。
少しでも調べられれば、この事件に俺たちが何らかの形で関わっていることくらい、すぐに露呈するだろう。
そこへさらにエヴァの存在が加わり、今日学校を休んでいたリカたちのことまで考慮すれば、疑いの目は間違いなく俺たちに向けられる。
不安がそのまま顔に出ていたのだろう。
アイが俺の肩を軽く叩いた。
「……その時になったら、また考えればいい」
「そうだな」
これで高位のヴォイドを4体撃破したことになる。アヴァリス、タノロス、ダイモーラ、そしてヴェルモーラ。
名前の規則性から推測するに、おそらく残るはあと3体。だが相手はヴォイドだ。こちらの常識がそのまま通用するとは限らない。そうではない可能性も視野に入れて、警戒を怠らない方が賢明だろう。
そこで、俺はハッと思い出した。
「そうだ! エヴァはどうした!?」
この間、アイはベルを身代わりとして登校させていた。ヴェルモーラの魔の手から逃れるためだとしても、肝心のエヴァが今どうなっているのか、俺は何も知らされていない。思えば、ここ数日エヴァの姿をまったく見ていなかった。
「家に閉じ込めてある」
「囚人扱いかよ!?」
「ヴェルモーラに精神を揺さぶられ、自己を見失っていた。何を仕でかすか分からなかったため、半昏睡状態にして隔離した」
「そこまで詳細な説明を求めたわけじゃない!」
ベルが、俺が怒るかもしれないと言っていたのはこのことだったわけだ。怒りというよりは、少しばかりの呆れと不満だ。何も俺にまで黙秘を貫く必要はなかっただろうに。
俺は腕を組んで問い詰めた。
「でも、エヴァをそんな状態で放置して、俺たちが学校にいる間にヴォイドに襲撃される心配はなかったのか?」
……口にしてから、言うべきではなかったと直感が告げた。
「ヴォイドの本質は『強者』を標的にすることだ。この世界に現れた以上、狙いは俺かお前の二択になる。……それに、俺が施した結界がそう容易く破られるはずもない」
「だけど、もし……」
もし、ヴェルモーラのように高い知性を持ち、より狡猾で回りくどい手段を選ぶヴォイドがいたとしたら……。
そう言葉を続けようとした、まさにその瞬間だった。
アイのスマートフォンが、けたたましく鳴り響いた。
「誰からだ?」
「デコイルだ……」
アイは眉間を深く険しく険しく寄せ、通話ボタンを押してスピーカーモードに切り替えた。
『……アイさん、すみません……』
聞こえてきたのは、それだけだった。
だが、それ以上を聞く必要などなかった。
俺は即座に地を蹴り、我が家へと向かって全速力で疾走し始めた。背後で、アイが忌々しそうに舌打ちをして、同じ速さで追随してくる音が聞こえた。




