Chapter 13 Scarlet Bloom 02
あれは……高位のモンスターにしばしば見られるスキルのうちの一つであり、かつモンスター同士の間にのみ効果を発揮するスキルだ。
『Gaze of Dominion』。
その効果は、自身より格下の……端的に言えば、自分より弱いモンスターの動きを封じるというものだ。効果時間は、両者の実力差がどれほど離れているかによって決定される。
巨竜の姿となったベルが告げた。
「その姿、ヴォイドとやら。なかなかに威圧感はあるが……私の眼の前にて硬直するということは、所詮は下等な存在なのだな?」
「あら……モンスターの階級制度を私に当てはめないでくださる? 竜族さん」
幾重にも重なる声が、不敵に響き渡った。
スキルを受けたというのに、ヴェルモーラは少しずつ身体を動かし始めている。つまり、実力差はそれほど大きくはないということだ。
だがそれは、システムによって規定された格付けに過ぎないのかもしれない。ヴォイドとは、俺やベルと同じシステムに依存しない異質な存在なのだ。
『Gaze of Dominion』で動きを止められたこと自体、単なる幸運に過ぎない可能性もあった。
現にヴェルモーラは完全に自由を取り戻し、猛獣を調教するかのように、全方位から無数の髪の毛をベルへと叩きつけている。
しかし、ダイヤモンドをも凌ぐと謳われる竜の鱗には、傷一つついていなかった。
「ふふっ! まるで亀ですわね!?」
「私は竜だ! 灰燼の地を統べる者なり!」
竜形態のベルと完全体のヴェルモーラによる激突。その光景は、さながら怪獣映画の大怪獣の潰し合いだった。
この隙に、俺は一刻も早く身体を回復させなければならない。ポーションはなく、リリィもエヴァもここにはいない。
元より、俺の防御を貫通してくるような攻撃は滅多に存在しないため、普段はこれほど大規模な自己回復を必要とすることはない。
今の俺の再生能力を以てすれば、前線に復帰できるまでにあと2、3分といったところか。
そこへ至って、俺はある異変に気がついた。
「あれは……」
先ほどまで頭上の繭へと繋がっていた数百本ものオーラの線が、今はヴェルモーラの肉体へと直接繋ぎ替えられていたのだ。もしあれが、学校内の人間から吸い上げているエネルギーの供給線なのだとすれば……。
「『Solar Deity’s Judgment』!」
俺はスキルを発動し、ヴェルモーラに繋がっていたオーラの線を何本も光線で焼き切った。
その状態で再びヴェルモーラのパラメータを確認すると、確かに数値が減少している。
「弱点は、やはりあの供給線か……」
ステータスが魔王を凌駕していたのは、最終ステップにいるからというだけでなく、あのオーラの線がヴェルモーラに絶え間なくエネルギーを注ぎ込み続けていたからだったのだ。それゆえの圧倒的な強さ。
ヴェルモーラは、ベルと激しい攻防を繰り広げながらも、唇を吊り上げて笑った。
「気づかれましたの? ですけれど……」
切断されたはずのエネルギー線が、瞬く間にヴェルモーラの身体へと再結合していく。
「繋ぎ直せば済む話ですわ」
「減らず口を叩く余裕があるか!? ヴォイド!」
「貴方が大して強くないから退屈なんですのよ。ただ鬱陶しいだけ。さて……その硬い鱗をどうやって抉り開けて差し上げましょうかしらねぇ」
ヴェルモーラはわざとらしく思案する素振りを見せ、胸中央の球体を再び発光させた。
「ベル!」
俺は叫んだ。
「チッ!」
ベルも本能的に危難を察知し、再び『Gaze of Dominion』を放とうとするが……。
「ふふっ! その手のスキルは、同じ対象に重ねるほど効果が減衰するものでしょう!? 私を止められはしませんわ!」
眩い光が収束し、球体がひび割れんばかりに輝く。周囲の音がすべて光の中に吸い込まれ、一瞬、辺りが静寂に包まれた。
直後、ヴェルモーラの声が轟く。
「『Scarlet Rift Beam』!」
凝縮されたエネルギーが、レーザーとなって球体から放たれた。その貫通力は凄まじく、ベルの誇る竜の鱗すら容易く貫いていく。
『次元断裂』の特性を宿した一撃ゆえの、圧倒的な破壊力。
「ベル!!!」
巨竜の身体が大地を揺るがしながら仰向けに倒れ込み、次の瞬間には人間の少女の姿へと戻っていた。
ダメージが大きすぎて竜の形態を維持できなくなったのか、あるいは受ける衝撃を最小限に抑えるために自ら姿を戻したのか。
どちらなのかは分からなかったが、せめて命に別状がないことを祈るしかなかった。
しかし……今は他人の心配をしている場合ではない。
「煩わしいトカゲも静かになりましたわ……。次は……」
ヴェルモーラがその球体を俺へと向けた刹那、俺は叫んでいた。
「『Solar Deity’s Aegis』!」
「『Scarlet Rift Beam』!」
聖なる盾が展開され、ヴェルモーラの放った次元断裂の光線を正面から受け止めた。俺とレーザーとの間に、眩い光の障壁が立ち塞がる。
先ほどのアヴァリスの最終ステップのような広範囲攻撃とは異なり、指向性の高い一撃だったため、俺のスキルは本来の盾として機能してくれていた。そこに俺自身の防御パラメータによる補正が加わる。
数秒が経過しても盾は持ち堪えていたが、この放射は一体いつまで続くのだ。
こちらの盾が砕け散るまで撃ち続ける気か。もしそうなら、強引にでも間合いを詰めるしかない。この手の直線的な攻撃は、懐に潜り込んでしまった方がかえって回避しやすい。
だが、接近すればあの次元断裂を帯びた無数の髪の毛が襲いかかってくる。
今のこの満身創痍の身体で、それらを紙一重で躱し切れるかどうか。
その時、再び野生の勘が警鐘を鳴らした。
「……!?」
俺は校舎の方へと視線を走らせた。ヴェルモーラの攻撃は、これだけでは終わらない。
「その盾がいつまで持つかしらね!? 勇者様!」
俺はその挑発に笑みを返した。まさにその瞬間、聖なる盾がガラスのように粉々に砕け散った。しかし、レーザーが俺の肉体を消滅させる直前、その光軸が不自然に逸れ、俺の背後にあった校舎の壁を派手に吹き飛ばすに留まった。
「ベル……!?」
ベルの口元から、うっすらと黒い煙が立ち上っているのが見えた。今の一瞬、彼女は残された力を振り絞ってブレスを放ち、ヴェルモーラの体勢を崩してレーザーの軌道を逸らしたのだ。
よし……身体が動く!
俺は地を蹴り、ヴェルモーラに向けて一直線に突進した。
「そのザマで、一体何ができると言いますの!?」
全方位から、次元断裂を帯びた髪の鞭が殺到する。
俺は光の剣でその一部を弾き、いくつかを身をよじって躱したが、それでも数条の刃が肉を切り裂いていく。
俺は再び空中浮遊のスキルを発動し、ヴェルモーラの胸中央にある紅い球体の正面へと躍り出た。
「貴方のスキルなど、私には通用しませんわ! どこまでも無駄な足掻きですのよ!」
俺の唇に、不敵な笑みが浮かぶ。
「お前が強いのは、あの供給線があるからだ。あれさえ断ち切れば、お前は弱体化する」
俺はスキルの発動に意識を集中させた。
ヴェルモーラが声を荒げる。
「それをどうやって断ち切ると言いますの!? 本来の戦力であるあの竜も既に力尽きている。貴方のしていることは、単なる自殺行為ですわ!」
「誰が一人だと言った? ……お前、背後の気配に全く気づいてないのか?」
顔を持たないヴェルモーラが、一瞬だけ怪訝に硬直した。
それと同時に――。
「……『Dorn Void Purge』」
魔王の『Alda』級を除けば、事実上の最高位に位置する『Dorn』級の魔術が、ヴェルモーラの背後から解き放たれた。
それは領域内の異物を完全に消滅させる空間浄化魔術であり、かつヴォイドのムーブセットと同じ『次元断裂』の特性を宿した一撃。
現在のヴェルモーラの耐久力を以てすれば、この魔術を直接浴びせたところで致命傷にはならない。
だが、彼女の背後に密集していたエネルギー供給線をすべて消し飛ばすには、それで十分すぎた。
「アイくん……!」
ヴェルモーラが首を激しく巡らせて叫んだ。
校舎2階のベランダに佇み、こちらに向けて片手をかざしている千年の魔術師が、冷徹に言い放つ。
「……気安く俺の名前を呼ぶな、薄汚いヴォイドめ」
供給線が完全に途絶えたその刹那、俺は全魔力をスキルへと注ぎ込んだ。
「『Solar Deity’s Judgment』……『Quadra-Resonance』!」
光の剣の刃から放たれた極大の光線と、俺自身が放つ全力の斬撃が、ヴェルモーラの紅い球体へと炸裂した。太陽神の術式を4重に重ね掛けした、俺の最大無比の連撃だ。
生じた大爆発の衝撃波によって、俺の身体は宙へと吹き飛ばされた。空中浮遊の制動がいつ切れたのかも分からず、地面を三度ほど激しく転がった末に、ようやく大の字になって止まった。
上体をどうにか起こすと、アイが転移魔術か何かで、いつの間にか俺のすぐ隣に立っていた。
アイは爆煙に包まれているヴェルモーラを、冷ややかな目で見つめている。
俺は寝転んだまま、その黒い背中に向かって笑いかけた。
「さっきまでいい気分で寝てたな?」
「……悪夢を見ていただけだ」
「まあ、そんなこったろうと思ったよ」
「……それと、顎がひどく痛むのだが」
言いながら、アイは俺の方を振り向き、小さく首を振った。
俺は笑みを深くした。
「昔から、お前を一度思いっきり殴ってみたかったんだよ!」
「……知っていた。だが、次から殴る時は、こちらの意識がはっきりしている時にしてくれ」
「起きないお前が悪いんだろ」
そんな軽口を叩き合っていた、その時。
「う……あぁ……」
土煙の向こうから現れたヴェルモーラは、胸の球体が激しく損壊していながらも、未だその肉体を維持し続けていた。やはり、一撃では完全に破壊し切れなかったか。
「私は……まだ、敗れてなどいませんわ……」
千切れたはずのエネルギー線が、再び這い回るようにしてヴェルモーラへと再結合を始めていく。その速度は遅いものの、損壊した球体が徐々に修復されつつあった。
俺はため息をついて言った。
「アイ」
「ああ」
「俺……もうガス欠だわ」
「……誰が『Quadra-Resonance』と『Judgment』を同時に使えと言った。……はぁ、まあいい。後は俺が引き受ける」
アイはヴェルモーラに向けて、静かに右手をかざした。
「お前はいつになったら異世界にいた頃の強さを取り戻すんだ、ユウ。……少し退屈してきたぞ」
「もうすぐさ。ロックされてたのも、あらかた使えるようになってきてる。エヴァのおかげだな」
「そうか」
ヴェルモーラが、一歩、また一歩とこちらへ歩を進めてくる。異形の唇が醜く歪んでいた。
「アイくん……!」
「お前と親しくなった覚えはないのだがな……」
アイの瞳に、明確な不快感が宿った。どうやらヴェルモーラが見せた『願望』の幻影は、この男を相当に怒らせたらしい。
アイが極低温の声で告げた。
「……『Move Set』 Eclipse Break, Activate」
「は?」
俺は思わず間抜けな声を漏らした。アイは俺の反応を無視し、ヴェルモーラへと歩み寄る。
「Step 1 - Shadowfall」
ヴェルモーラには眼球が存在しないはずだが、その第一ステップが発動した瞬間、彼女の挙動は明らかに精彩を欠き、困惑したように乱れた。
「Step 2 - Graviton Pull」
アイがさらに一歩進むと、第二ステップの不可解な引力によって、ヴェルモーラの巨体が強制的に引き寄せられた。
「私たちの……攻撃が……通用して、いる……?」
ヴェルモーラが驚愕に声を震わせる。
「……Step 3 - Hollow Slash」
アイが手を鋭く一閃させると、目に見えない衝撃波がヴェルモーラの胴体を深く切り裂いた。ムーブセットによる固有攻撃であるため、ヴォイドの持つ減衰補正を完全に無視して、最大ダメージがそのまま叩き込まれていく。
「あ……」
ヴェルモーラは、傷口から得体の知れない液体を溢れ出させながら、自らの腹部を押さえた。
そして最後の一歩。アイの黒い手袋に包まれた指先が、ヴェルモーラの肉体に静かに触れた。
ため息のような、静かな声が響く。
「……死ね、ヴェルモーラ」
再生能力で辛うじて形状を保っていた異形は、その言葉を聞き、最期に微かな笑みを浮かべた。
「ようやく……名前を、呼んでくださいましたのね……」
「Final Step - Black Eclipse」
ヴェルモーラの周囲に漆黒の立方体が形成され、次の瞬間、内側から目に見えない不可視の質量が彼女を完全に圧殺した。
ほんの数秒の後、立方体が消失した時には、そこには文字通り何も残されていなかった。『Eclipse Break』の効果が完全に終了したのだ。
「……」
アイが今、どんな感情を抱いているのか、その表情からは読み取れなかった。
ヴェルモーラの圧倒的な最終ステップから始まったこの死闘。次元断裂を帯びたあらゆる攻撃、魔王すら凌駕していたあの狂気的なステータスは、こうして静寂のうちに幕を閉じた。
空は、本来あるべき青さを取り戻している。
不謹慎かもしれないが、その光景はまるで、酷い嵐が去った後の澄み渡る秋晴れのようだった。
……アイがこちらを振り返ったのを見て、俺は疲労困憊のまま尋ねた。
「それ、いつから使えたんだよ?」
「プライムが俺の元に戻ってきた時からだ」
なるほどな。さっきまで使わなかったのは、あのムーブセットもまた、ヴェルモーラの第1ステップによる『攻撃封じ』の対象に含まれていたからというわけだ。
アイは煩わしそうに手を振った。
「ほら、終わったのなら早く他のみんなの様子を見てこい。あれだけのエネルギーを吸い上げられたんだ、全員が無事で済んでいるとは限らないぞ」
「あー……そうするつもりだけど、少しだけ休ませてくれ」
「ああ」
アイは短く応じると、地面にへたり込んだままの俺を置いて、ベルの方へと歩いていった。




