Chapter 13 Scarlet Bloom 01
一つだけ確実なことがあるとするならば、それはムーブセットというものが必ず第1ステップから始まり、2、3と順を追って最終ステップへと移行するものであり、決して段階をスキップすることはできないという点だ。
この事実は、アイとデコイルによって証明されている。
アヴァリス一頭の例だけではサンプルとして不十分かもしれないが、アイの口から語られた以上、俺は微塵の疑念も抱かなかった。その情報を彼がどうやって手に入れたかなど、大した問題ではない。
アイが誤解をするはずがないし、わざわざ俺に伝えてきたということは、彼自身の手で確実に裏付けを取ったという証拠だ。
ならば……目の前にいるヴェルモーラが、それまでの前段階を見せることなく最終ステップを発動した理由は、ただ一つしか考えられない。
「……俺たちは、最初からとっくにステップの中に囚われていたってわけか……」
「何を言っているのだ!?」
ベルが声を張り上げて問いかけてきた。
アイからヴォイドの能力について聞かされているはずのベルに向けて、俺は言葉を返した。
「ステップのスキップは不可能だ。ってことは、初めから……俺たちはヴェルモーラのムーブセットの中にいたんだよ」
俺たちが攻撃スキルを使えなかったのは、ヴェルモーラの別の能力によるものではない。
……それこそが、ムーブセット『Crimson Sequence』の第1ステップだったのだ。
「第2、第3ステップは、さっきの異常事態だろ。あの願望の幻影も、全員が人形にされたのもな!」
「その通りですわ」
応じたのは、繭から這い出てきたヴォイドとしての本性を剥き出しにしたヴェルモーラの姿だった。その異形が、校舎前の広場へとゆっくりと舞い降りてくる。
その姿は、人間の3倍ほどの身の丈を持つ女性のマネキンのようだった。顔面には眼球が存在せず、ただナイフで切り裂いたような生々しい傷口のごとき唇だけがある。胸元の中央は不自然に割れ開いており、そこには俺が以前戦ったヴォイドと同じ、鮮血のような赤色を帯びた球体が埋め込まれていた。
毛先にかけて赤みを帯びた髪は長く……まるで世界そのものを包み込めるほどに長く伸びていた。
その巨体が動くたびに、まるでコマ送りのように空間がガタガタとブレる。それはヴォイド特有の現象だった。
先ほどまでの少女の面影など、微塵も残っていなかった。
学校中の人間から吸い上げたあらゆる感情をすり潰して撒き散らしたかのような、ひどく歪んだ気配が周囲を満たしていく。
「……私はあまりこの姿が好きではありませんの。以前の身体の方が、よほど美しかったと思いますわ」
ヴェルモーラの言い分も間違いではない。なぜなら、今俺の目の前にあるのは歪んだ美の極致であり、およそ人間が目にして理解できる代物ではなかったからだ。
宙に浮いたまま、細い指先が俺へと向けられる。
「……最終ステップに入りました。攻撃を封じる第1ステップの効果は、これにて終了ですわ」
その言葉を聞き、俺は即座に『Combat List』を開いた。すべての攻撃スキルが使用可能な状態へと戻っている。
とはいえ、俺自身のムーブセットがCombat Listに登録されていないことによる減衰補正は依然として残っている。俺の攻撃による威力は減衰され、ヴェルモーラが受けるダメージは軽減されてしまう。
そして何より、ヴェルモーラのあらゆる攻撃はすべて『次元断裂』の特性を持っているはずだ。
さらに、ヴェルモーラのパラメータ。もう一方がヴォイドであるため、異世界でモンスターを見た時のように詳細な情報までは読み取れなかったが、表示されている主要ステータスを見る限り……。
これ、魔王を遥かに凌駕しているんじゃないか?
「くっ……」
第1ステップが攻撃封じだったのは、こういう理由だったわけだ。
今やあらゆる手段が解禁されたとはいえ、これほどのパラメータを持つ敵を相手に、本当に通用するのかどうか俺には確信が持てなかった。
ヴェルモーラは両腕を大きく広げた。
「何を突っ立っていますの? 貴方の言葉通り、私を殺すのではなくて?」
ヴェルモーラの唇から、身の毛もよだつような悍ましい笑みが溢れ出た。
俺は剣を強く握りしめた。
「ああ……望み通りにしてやるよ!」
使用可能なスキルリストは、今や異世界にいた頃とほぼ同等にまで回復している。エヴァには感謝しなければならない。一度蘇生して以降、ロックされていたスキルがまるで水に削られる岩のように、次々と解放され続けている。
ダメージの減衰補正があるとはいえ……!
俺は剣を背後へと引き絞り、スキルを発動した。
「『Solar Deity’s Judgment』!」
スキルが発動すると同時に、俺は剣を正面へと突き出した。
剣の先端から極大の光線が撃ち出される。俺自身のパラメータを基準に威力を算出し、光属性のエネルギーを一息に解き放つスキルだ。
『太陽神』のセットスキルであるため、その攻撃形式は剣士としての俺の『クラス固有スキル』とは少々毛色が異なっていた。
光線はヴェルモーラの胸元にある球体へと正確に直撃した。
しかし、予想していた通り。
「それが、貴方の最大火力かしら?」
ヴェルモーラは無傷だった。
ヴェルモーラが言葉を発したその瞬間、俺は着弾の爆発によって生じた爆煙に紛れ、一気に間合いを詰めた。空中浮遊のスキルを併用し、ヴェルモーラの頭部と同じ高さへと一瞬で跳ね上がる。
そして、光の剣をヴェルモーラの顔面へと振り抜いた。剣技の一つ、水平方向への薙ぎ払い――『破界の地平』。
「あら?」
ヴェルモーラの顔面が、深さ10センチほどにわたって切り裂かれた。どういう理由かは分からないが、スキルよりも純粋な剣技の方が、ヴォイドに対してより深いダメージを与えることができる。
だが、それでも致命傷には程遠い。その程度の浅い傷は、瞬く間に再生していった。
「……ムーブセット……ではありませんわね。今の一撃は、一体何かしら……」
ヴェルモーラは不可解そうにそう呟いたが、次の攻撃へと移ろうとする俺のことなど、ほとんど意に介していない様子だった。
弱点はやはり、あの胸中央の球体だ!
「『Solar Spearfall』!」
SPのゲージが一気に跳ね上がる。
「『Quadra-Resonance』!」
スキル効果によって、俺の属性を帯びた光の槍が幾本も頭上に現れる。さらに追加コマンドの行使により、同一スキルが4重に重ねて発動した。
それらの光の槍がヴェルモーラの球体へと殺到し、局所的な大爆発を引き起こした。
あまりにも近距離で放ちすぎたが、これなら確実にダメージを上乗せできるし、回避されることもない。
光の槍による爆発が収束しかけたその時、煙を切り裂いて何かが鋭くしなってプロペラのように迫ってきた。
「髪の毛……だと……」
次の瞬間、煙の隙間から突き出てきた髪の毛が、鞭のような猛烈な勢いで俺の腹部へと叩きつけられた。
「がはっ!?」
信じられないほどの衝撃だった。俺の身体は真横へと吹き飛ばされ、隣の校舎の壁へと激突し、そのまま地面へと転がり落ちた。
今の……ただの髪の毛の一振りにすら、次元断裂の特性が乗っているというのか……。
俺は無理やり身体を起こした。だが、今の一撃がこれほどの威力を秘めているとは想定していなかったため、防御の備えが完全に遅れてしまっていた。腹の奥がひどく疼く……。
ヴェルモーラが、離れた場所にいる俺へとゆっくりと身体を向けた。
「誰も教えてくれませんでしたの? スキルなど、私には通用しませんのよ。どれほど数を重ねようともね」
胸の中央にある球体が、禍々しく輝き始めた。
何かを撃ち出す気だ。
しかも、次元断裂の特性を持った一撃を。
避けなければならない。
しかし、俺が足を一歩踏み出した瞬間、無様にその場に膝をついてしまった。
疲労は感じていなくとも、俺の防御力を完全に貫通してきた物理的なダメージのせいで、身体が思うように動いてくれない。
それに、これから放たれる一撃の攻撃範囲がどれほどのものかも分からない。おそらく、この距離では最初から回避することなど不可能なのだ。
だが、その時。
「あら?」
球体の輝きが、みるみるうちに光を失っていった。ヴェルモーラは腕を動かそうとしたが、その身体はただ小刻みに震えるばかりで、一歩も動かすことができていない。
俺の唇に笑みが浮かんだ。
「それは……竜族の能力かしら?」
俺はヴェルモーラの巨体の向こう側を見据えた。そこにいたのは、全身を分厚い鱗で覆われた巨大な生物だった。
空をも覆い尽くさんばかりの巨大な翼。周囲に漂う気配は、まるで活火山から噴き出す煙か……あるいはすべてを焼き尽くした灰のようだった。
「アイ様も、お前はせっかちだと忠告しておられたが、まさかこれほどまでとはな」
その巨竜が、呆れたような声を漏らした。爬虫類特有の冷徹な双眸が、じっとヴェルモーラを捉えている。
「一人で戦うというのなら、せめて一発で仕留めてみせよ。はぁ……まったく、呆れた奴だ」
竜の姿と化したベルが、そう言って深い溜息をついた。




