Chapter 11 Desire Loop 03
今度は……森だ。
もし俺が受けているものが、パーティーメンバーとの出会いを追体験させるものだとしたら……この森は間違いなく「風の森」だろう。
あの時、あるモンスターの件で手詰まりになり、この森を守護する「存在」に助けを求めに来たのを覚えている。
「あんたが『風の精霊』か? 俺の名前はユウ。異世界人だ」
たしか、そんな風に自己紹介をしたはずだ。すると直後……風が吹き荒れた、というよりはもはや暴風だ。俺は腕で目を覆う。
風が収まった時、俺より少し年下に見える少女が姿を現した。
透き通るような白い肌。木の葉を纏ったような緑の衣装を身に着けているが、その姿は思わず唾を飲み込むほどに気高く、神々しかった。
整った顔立ち、黄緑色の短い髪、輝くエメラルドの瞳。そして、エルフか魔族の証である長い耳。
さらに……弓もないのに宙に浮き、風によって制御されている無数の矢。その鋭い切っ先が、数え切れないほど俺に向けられていた。
「いかにして踏み入った?」
風の森は守護者の加護によって、モンスターも冒険者も立ち入ることはできない。……だが、彼女と出会った時の俺は、この世界に来たばかりの頃のような弱者ではなかった。
「まあ……ちょっとした裏技を使ってな」
「ほう……よかろう。主のような人間には久しく会うておらぬ。しかも異世界の者とはな。……して、我に何の用だ?」
「話を遮るようで悪いんだが……先に名前を教えてくれないか?」
風の香りを漂わせる少女は、それを聞くと肩をすくめた。
「すまぬな……久しく誰とも話しておらなんだ故。我の名は『シルヴィ』。この森を統べる風の精霊なり」
「よろしくな、シルヴィ」
「シルヴィ様と呼べ」
「ははっ、遠慮しとくよ」
俺が笑いながら答えると、シルヴィは大きなため息をついた。
俺は微かに微笑む。
「俺はユウだ。さっきも言ったけどな」
「ユウ、か……」
シルヴィは、そうしなければ俺の名前を瞬時に忘れてしまうのを恐れるかのように、その名を呟いた。
彼女は宙に浮いたまま腕を組む。
「それで……望みは何だ?」
無数の矢はすでに消えていた。少なくとも、彼女は警戒を解いたか、あるいは少しは俺を信用してくれたのだろう。それは良い兆候だ。
俺は答えた。
「実は、とてつもなく強いモンスターがいてな。仲間と相談した結果、あんたの純粋な属性の力があれば、なんとかなるんじゃないかと思ったんだ」
「そうか……『奴』が目覚める時が来たのだな。……難儀なことよ。異世界から来たというのに、百年に一度の災厄を片付ける羽目になるとは」
「別に構わないさ。期間限定のイベントだと思えば、筋は通ってるしな」
そう言うと、シルヴィは教え子を見守るような眼差しで微笑んだ。
この後の展開は、それなりに長くなる。最終的には、そのモンスターを倒す直前に彼女と「風の絆」を結び……。
そして、シルヴィはパーティーの一員になるはずだ。
この後も、その通りに進むのだろう。
だが。
出来事が進展する直前、目の前の光景が静止した。目の前のシルヴィも動かない。まるで一時停止した映画のようだ。
これまでの二回とは違う。場面転換のパターンが変わったのか?
そう思った、その瞬間。
この状況では起こり得ないほどの強風が、激しく吹き荒れた。
聞き覚えのある風。純粋な風の属性の気配。
同時に……。
『……貴様、敵の術中に嵌まっておるのか?』
この声は……。
何か言い返そうとしたが、声が出ない。
『……帰還してなお、我を煩わせるとはな、貴様という奴は』
その声は、呆れたような溜息と共に再び響いた。
『……忘れたか。我と貴様の絆は、貴様が元の世界に戻った程度で断ち切れるものではないぞ』
姿は見えず、動くこともできない。だが、俺の右手の甲に、そっと手が添えられた感触があった。
そして、魂に直接響くような短い言葉が放たれた。
『立て、ユウ』
.
.
.
――ガタンッ、と大きな音が響き、俺は椅子から転げ落ちた。
「くっ……! シルヴィ!?」
身体を起こし、辺りを見回す。手の甲には、まだ微かに風の属性の残香が残っていた。
だが、周囲にあるのは自分の教室だ。冒険者ギルドでも、コロシアムでも、ましてや風の森でもない。
ありふれた教室。
俺は立ち上がり、自分の右手の甲を見つめた。
「『立て』、か……。あそこは普通『起きろ』とか『目を開けろ』って言うところじゃないのかよ……」
文句を言っても始まらないが、確かなのは、俺がヴェルモーラの能力から脱出したということだ。
「ありがとな、シルヴィ」
届いているかは分からないが、それでも口に出した。
……これが、授業中の居眠りが見せた白昼夢ではないと断言できる理由。
それは、クラスメイト全員が眠りに落ちているからだ。机に突っ伏している者、椅子にのけ反っている者、床に崩れ落ちている者。
窓から差し込む光の色も、どこかおかしい。
ピンクがかった、……悍ましい色。
そして、ヴェルモーラの席には、彼女の姿はなかった。当然だろう。
俺はヴェルモーラの机の方へ歩いた。その隣、窓際の席では、俺の兄が目を閉じている。
足を止め、その姿を見つめた。
「あんたまで、これにかかったのか……」
アイは腕を組み、うたた寝をするように首を垂らしていた。
俺にはあらゆる状態異常を無効化する加護があり、アイには「絶対隔離」がある。能力的に言えば、俺たちはデバフを受けないはずだ。アイの場合はバフさえも受け付けない。彼のスキルは、他者からのあらゆる干渉を拒絶するものだからだ。
そのアイが、スキルを発動させていながらこの状況に陥っているということは……。
「……Voidの能力は、システムのバフ・デバフとしてはカウントされないってことか」
アヴァリスと戦った時、奴の第一段階は周囲の視界を遮断するものだったが、俺はそれをまともに受けた。あの時の違和感が、確信に変わる。
これは状態異常ではない。あるいはアイが言っていた通り……デバフの概念そのものが違うから、俺たちのスキルでは防げないのだ。
俺は眠り続けるクラスメイトたちの表情を観察した。
寝相はバラバラだが、共通しているのは一つ。全員が幸せそうな夢を見ているかのように、微笑んでいること。
さっき、俺は大切な人たちとの出会いを追ิต追体験した。もしヴェルモーラの能力が全員に似たようなものを見せているのだとしたら、こんな顔をするのも頷ける。
そして……。
俺は屈み込み、双子の兄の横顔を覗き込んだ。
「……あんたは何を見てるんだよ、アイ……」
たしかに、こいつは昔からあまり表情を表に出さない。だが、生まれてからの付き合いだ、俺には分かる。
その表情は、喜びと……それと同じくらい深い悲しみが混ざり合ったものだった。
身内ならではの、複雑に感情が入り混じったその顔を見て、俺は少しだけ苦い気持ちになり、乾いた笑みを漏らした。
立ち上がり、天井を見上げる。
起こしたところで起きないのは分กかっている。だから、アイはこのままにしておく。
ヴェルモーラ、あのVoidの野郎……。
何を企んでいようが知ったことか。だが、アイに……俺の兄貴に、あんな顔をさせた。目的が何だろうと、関係ない。
「……一線を越えたな、ヴェルモーラ」
俺は低く、喉の奥で呟いた。




