Chapter 11 Desire Loop 01
……これだ。ホラー系の漫画や、あるいは心理学(Psychological)的な話で聞いたことがあるような、そんな感覚。いや……どんなジャンルでも構わないか。
長い間道に迷っていたような感覚があり、ふと気づくと、目の前には見覚えのある場所が広がっている。まるで、ついさっきまでの出来事がショートした記憶に過ぎないかのように。
「ねえねえ」
目を開けると、目の前にはギルドのクエストボードがあった。多くの冒険者が集まる場所特有の騒がしさが、耳の奥に心地よく響く。
声をかけながら、俺の腕を指でつついてきたのは、隣に立っている聖職者の少女だった。
俺が目を向けると、彼女はぱっと笑顔を浮かべた。
「誰もパーティーに入れてくれない剣士さんだって聞きました! 見てのとおり、私も同じような状況なんです! もしよろしければ、一緒にモンスター討伐のクエストに行きませんか!?」
「あんた、誰だ?」
「おっと、そうでしたね。私はリリィ。クラスは聖職者。この近くにある教会に所属しています!」
「そう言われても、ここに来てまだ日が浅いんだ。あんたが言う教会がどこにあるのかなんて知らないよ……」
明るい子だな。その時はそう思った。
その時は……だったか……。
リリィはぶんぶんと手を振った。
「それでいいんです! 私の教会、この辺りじゃあんまり認められていないので……。でもそんなことはどうでもいいんです! クエストに行きましょう!」
「いいのか……俺なんかで……」
俺は自嘲気味にそう言った。この世界に来てから、ずっと一人でクエストをこなしてきた。俺は強くない。ただの異世界から来たばかりの駆け出し冒険者だ。
リリィは満面の笑みを浮かべた。
「だから言ったじゃないですか、同じ状況だって! それじゃあ、決定ですね!? よいしょっと!」
Systemのパーティー申請ウィンドウが、俺の目の前に現れた。
俺は微かに笑いながら、少しの喜びと共に「承認」を押した。
……受領したクエストは、村を困らせているスライムを討伐するという低ランクのものだった。もともとこの種のクエストは絶えることがない。スライムは無限に湧き出てくる。ゆえにスライム問題はこの世界と長い間共にあるのだ。
一方で、高ランクの冒険者はこんなクエストを受けようとはしない。
報酬は少なく、労力に見合わない。結局、こうした依頼は下位層や新人のためのクエストのようになっている。
「へぇ……ユウさんは異世界の人なんですか?」
リリィが魔法でスライムを攻撃しながら尋ねてきた。スライムは、攻撃に秀でていない聖職者の魔法でも倒せるほど弱いようだ。
俺は手に持った輝く剣でスライムを斬り捨てながら答えた。
「ああ。でも、チートスキルなんて一つも持ってないけどな」
「チートスキル、ですか?」
「俺が知る限り、異世界から来た奴なら、最低でも何か一つくらいはデタラメに強い能力を持ってるはずなんだ……。最低でも、な」
「ほう? 異世界の人はそうなんですね。道理で皆さんお強いわけだ」
送られてきたのは俺一人ではないらしい。まあ、普通のことなのだろう。
「俺にあるのは、疲れなくなるっていうパッシブスキルだけだ」
異世界に送られた者は、神の領域から『Exclusive Skill』を授かり、標準を遥かに超える強さを手に入れる。
理屈の上では、アニメの主人公のように理由もなく強い「チート」と呼べるものだ。
だが、俺が授かったのは『魔力値を体力値に変換する』というものだけだった。
簡単に言えば、俺には魔力がない。あらゆる行使のためのコストは、SP……つまり体力から差し引かれる。
あの時は……まだ自分に与えられた強さを理解していなかっただけなのだが……。
「それじゃあ、一日中運動していられるってことですね?」
「自分で言っておいてなんだが、あんたに言われると余計に地味に聞こえるな……」
「そんなことありませんよ。使い手次第だと思います」
「俺、あんまり頭良くないしな」
「経験が足りないだけですよ。私だってユウさんだって、まだ駆け出しの冒険者同士。スキルが何であれ、最後にはその強さを見つけ出せるはずです」
「へぇ……」
「私、差し出口を叩きすぎましたか?」
リリィが「口を滑らせた」というような顔をすると、俺は声を漏らして笑った。
「いや、俺の方こそ、見方を変えなきゃな」
「おっ? 改心するつもりなら、ぜひ私の教会へ! 迷える子羊が一度光を見れば、生まれ変わったと言っても過言ではありませんから」
その時、俺はリリィに笑いかけた。世間知らずで少し抜けているところもあるが、彼女はすべてを明るく変えてくれる少女だった。
それからというもの、師匠の下で数ヶ月間修行していた時期を除けば、ほとんどずっと一緒に冒険をしていた。
……今起きていることが何なのか、なんとなく察しがついた。
おそらく……過去に起きた出来事が、極めてリアルな形で再現されているのだ。
ヴェルモーラの能力。
だが、いつの間にヴェルモーラの能力に嵌まったんだ。
そして、アイとエヴァはどうなった?
不安がよぎる中、目の前の光景が光に焼かれるように白んでいった。
目を細め、視界が焦点を結んだ瞬間、景色が一変していた。
別の「場面」に移動したのだと直感する。そして、今俺がいる場所は……。
コロシアムの闘技場。
そして、対面に立っているのは……。
「……クロエ、だな……」
次に何が起きるか知っている俺は、槍を構える目の前の少女を、どこか自嘲気味な、あるいは懐かしむような複雑な感情で見つめた。




