Chapter 10 Affection Field 04
クラスメイトたちがヴェルモーラを幾重にも取り囲んでいる。彼女は転校生だ。それは見慣れた光景だった。
「ヴェルモーラさんは海外から来たの!?」
「髪がすごく綺麗! 地毛なの?」
「ヴェルちゃんって呼んでもいい!?」
ヴェルモーラはそれらを聞きながら、皆に温かい微笑みを向けていた。少しも窮屈そうな素振りを見せない。まるでこうした事態に慣れているかのようだ。
昨日、ヴェルモーラは昼過ぎに編入し、放課後には素早く姿を消してしまった。そのため、クラスメイトたちが彼女と親睦を深める時間は少し遅れることになったのだ。
アイは依然として黙ったまま窓の外を眺めている。ヴェルモーラを攻撃できない以上、やれることは多くない。だが、頭の中では色々と考えているはずだ。
俺はエヴァの元へ歩み寄った。彼女は静かに座り、ヴェルモーラをぼんやりと見つめていたが、自分から輪に加わる様子はなかった。
「エヴァ」
「……」
「聞こえてるか?」
肩に手を置いて話しかけると、彼女はようやく俺の方を向いた。
「あ、うん?」
「どうかしたのか?」
エヴァは眉をひそめた。
「別に、何でもないわよ」
「昨日から様子がおかしいぞ。……はっきり言えば、ヴェルモーラが現れてからだ」
「ヴェルモーラさん……ヴェルモーラさんがどうかしたの?」
おそらくエヴァはまだ、ヴェルモーラが Void だとは知らないのだろう。だが昨日、アイが教室で魔法を使おうとした時点で、彼女がただの転校生ではないことくらい察しがつきそうなものだが。
俺は椅子を引いて彼女の前に座り、向き合った。
「あいつは Void だ」
「Void ?」
「ああ。ショッピングモールで俺たちが遭遇した個体と同ランクの存在だ。なぜこんな姿をしているのかは分からないが」
アヴァリスは異形だった。おまけにコマ送りのような不自然な動きをし、モンスターと呼ぶにはあまりに奇妙な外見をしていた。
だがヴェルモーラはどうだ。額に不気味なほど自然に埋め込まれた赤い宝石を除けば、外見はただの少女に過ぎない。
それなのに、不可解なまでの惹きつける力がある。クラスメイトたちの行動から、俺はその影響を感じ取っていた。
「ヴェルモーラさんが Void なの?」
「あ、ああ」
「でも、ヴェルモーラさんは悪い人じゃないわ」
エヴァはそれが当然のことのように言った。そんなはずは……。
「待てよ。ヴェルモーラに出会ったのは昨日だろ。個人的に話したわけでもないのに、どうしてそんなことが言えるんだ……」
問いを投げかけても、エヴァは俺の言葉が理解できないといった様子で見つめ返すだけだった。
その時、背後からアイが俺を呼んだ。
「……今はその女神を放っておけ、ユウ」
アイがエヴァを盗み見る。普段ならアイに怒鳴り散らしているはずのエヴァだが、今は静かに黙ったままだ。
俺は言った。
「放っておけるかよ。エヴァの様子は明らかに異常だ」
「Void の何らかの力だろう。俺たちの理解を超えたものだ」
「だからって、このままにしておくのか?」
「まだ実害(危険な兆候)はない。おそらく催眠の類だ。術者を叩けば、効果は自ずと解ける」
精神干渉系の能力者への対処法。それは術者を倒して効果を解くか、あるいは術者自ら解除させること。
だが……。
「俺たちの理解できない力なんだろ? 放置して何が起きるか分かったもんじゃない。俺の言ってることは間違ってるか!?」
俺が語気を強めると、アイも同じ苛立ちを感じているのか、重い口を開いた。
「分かっている。だが打つ手がない……。今は、状況を見守る(ステータスを確認する)しかない」
「いつまで見守ってりゃいいんだよ!?」
「……あちらから仕掛けてくるまでだ」
アイがそう言った瞬間、彼の視線が俺の横を向いたことに気づいた。振り返ると、クラスメイトたちを背に、こちらへ歩いてくるヴェルモーラの姿があった。
「アイ君、ユウ君。少しお話する時間はありますか?」
ヴェルモーラは、吐き気がするほど甘い微笑みを俺たちに向けた。だというのに、彼女はエヴァには一切の関心を示さない。おそらく彼女を女神だとは思っていないのだろう。単に術中に落ちたクラスメイトの一人だと考えているに違いない。
エヴァは無表情のまま微笑んで言った。
「ヴェルモーラさんがあなたたちと話したいって。羨ましいわね」
「エヴァ!?」
「それにアイ、ヴェルモーラさんに失礼な態度をとっちゃダメよ」
エヴァの不可解な言葉を聞いたアイは、鋭い眼光を向けたものの、何も言い返さなかった。
ヴェルモーラがクスクスと喉を鳴らして笑う。
「構いませんよ。エヴァさん、今は不器用な双子くんたちとお話ししたいので、あなたはどこかへ行っていてくださいな」
ヴェルモーラがそう告げると、エヴァはこっくりと頷き、実にあっさりと教室を出て行こうと立ち上がった。
「なっ……」
信じられない思いでエヴァを目で追うと、突如として鮮血のような赤い感情がこめかみを突き抜け、視界が真っ赤に染まった。
無意識の反応で、指先が空を切り、ホログラムのウィンドウを開こうとする。
アイがその手首を掴んだ。
「よせ」
「目が見えなくなったのか!? あいつが今、エヴァに何かしたんだぞ。見てなかったのかよ!?」
俺が怒鳴ると、アイはその瞳に微かな戸惑いを浮かべた。
「ああ……。だが、お前がどこでスキルを使えるっていうんだ?」
「っ……」
「理由はどうあれ、今はあいつのゲームに乗るしかない。……そうだろう? 色欲」
ヴェルモーラはその問いを受け流し、笑いを含んだ微笑みを浮かべた。
「そんな他人行儀な呼び方をしないでください。せめてヴェルちゃん、くらいでいいですよ?」
「……ここで話すのか?」
「ここでもいいですよ? 私の可愛いお友達たちは、私のお話の邪魔をしようとは思いませんから。好きな人に嫌われるような真似はしたくないでしょうし」
「……」
ヴェルモーラは楽しげな瞳でアイを見つめる。
「でも、場所を変えましょうか。屋上なんてどうですか? 少し授業に遅れたくらいで、先生たちは誰も文句なんて言いませんよ。きっと、私のことを許してくれますから」
「……」
アイは答えなかった。彼が教室を出ようと背を向けた際、ヴェルモーラはその背中に向かって言葉を投げた。
「戻ってきた時には、もっと楽しいことが見られるかもしれませんよ~」
アイはその言葉を無視し、教室を後にした。
その時、ヴェルモーラが俺の方を向いた。
「アイ君を追わないんですか? それとも、私と一緒に歩きたい?」
「あんたと雑談する気分じゃない」
俺はヴェルモーラを突き放した。廊下に出ると、エヴァが彫像のように静かに壁に寄りかかっていた。ヴェルモーラが続いて出てくると、エヴァは俺に一瞥もくれず、入れ違いに教室の中へと戻っていった。
ヴェルモーラが俺の背後を歩く。彼女の忍び笑いが聞こえた。
……今、俺にできるのは、爪が手のひらに食い込むほど拳を握りしめることだけだった。




