Chapter 10 Affection Field 01
すべては昼休み明けの授業中に始まった。
俺はアイとエヴァと一緒に教室に戻った。昼食を済ませた後だというのに、まだ少し空腹を感じていたが、休み時間が終わってしまった以上はどうしようもない。
それでも、次の授業が始まるまでにはまだわずかな時間があり、アイはエヴァがいる前で口を開いた。
「……ユウ、お前が遭遇した Void のムーブセットについて、詳細を教えろ」
問いが俺に向けられる。
俺は机に腕を投げ出し、ウナギのように脱力して座り込んだ。
「ムーブセットか……。思い返してみても、やっぱり奇妙なんだよな」
「何の話をしてるの?」
エヴァが不思議そうに首をかしげる。
昨日ショッピングモールでアヴァリスと戦った際、エヴァはシステムからムーブセットによる攻撃についての案内を受けていなかったようだ。彼女の目には、 Void が何を使っているのか分からなかったらしい。
それは俺も……。
「昨日 Void が俺たちに使ったのは、スキルでも魔法でもなく、ムーブセットというものらしい」
それくらいしか分かっていない。
エヴァはこめかみを押さえた。
「それだけでもう頭が痛いのに……まだ増えるの……」
アイは目を閉じた。
「……どんな形であろうと、お前にとって重要性はない」
「ひどい言い草ね。これでも私なりに理解しようと努めてるのよ。実はリリィにも教えてもらってたんだけど、ムーブセットなんて初めて聞いたわ」
俺はうんざりした様子で、机に頭をコツコツと打ち付けながら言った。
「俺も初めて聞いたよ。おそらく、俺たちの使うものとは異なる攻撃パターンなんだろうな」
そしてムーブセットである以上、どれほどゲームに精通していても、結局のところ完全には理解できないのだろう。エヴァや俺はそのケースだ。
エヴァがアイをちらりと見た。
「説明する気はないの?」
アイは仕方なげに応じた。
「……攻撃のパターンがスキルや魔法の概念に基づかないんだ。特性としては『次元切断』の類に分類される」
俺は目を見開いた。
「次元切断? すべてのムーブセットがそうなのか?」
「そうだ」
「通りで、妙に威力が高いわけだ」
「防御力で耐えることは可能だが、あいつらが全く異なる概念に基づいた存在である以上、こちらの攻撃は減衰されるという問題がある」
「なるほどな。だから『天照』で斬っても手応えがなかったのか」
「減衰を受けずに Void を攻撃するには、『 Combat List 』の中に少なくとも一つのムーブセットを所持し、同じ概念の土俵に立つ必要がある」
Combat List とは、所持しているスキルや魔法のリストのことだ。当然、これはステータスのホログラムウィンドウからいつでも確認できる。
ステータスウィンドウについて少し触れると、簡単に言えばそれは「すべて」だ。ゲームの詳細画面のようなものだな。
パラメーター、装備品、スキルリスト、魔法、バフ、デバフ、レベル……。そこではあらゆるものが確認でき、アイテムボックスに何が入っているかまで見ることができる。
まあ……とにかく、すべてがあるんだ。
俺は顔をしかめて言った。
「理解しにくいな」
喉の奥でぶつぶつと文句をこぼす。
アイは大きくため息をついた。
「……お前が MMORPG の中にいて、 Void が Turn Base ゲームの中にいるようなものだ。システムが根本的に異なるため、お前の攻撃は Void に対して本来の成果を上げられない」
「おっ? それなら何となく理解できるぞ。ただ、例えが Turn Base ってところはピンとこないけどな。余計に混乱しそうだ」
「俺がゲームのジャンルに精通していて、お前に分かりやすく例えられるとでも思っているのか?」
「……それもそうだな」
こいつはゲームに関しては全くの門外漢だ。アニメやマンガに至っては言わずもがな。今でも俺は、こいつがどうやってゲームのようなシステムを持つ異世界を生き抜いてきたのか不思議でならない。
アイが伝えたいのは、俺たちと Void はシステムが根本的に異なり、まるで別のゲームの中にいるような状態だということだ。
その問題を解決するには、同じゲームの土俵に上がるためのムーブセットが必要になる。
エヴァは額に手を当てた。
「……あとでリリィさんに謝っておくわ。私はもう理解しようとする気力が失せたわ……」
俺はエヴァの意見に笑った。
「ははは、まあいいじゃないか。何度も遭遇すればそのうち慣れるさ。な?」
「うーん……そうすることにするわ」
俺とエヴァがそう結論づけた一方で、アイは少し呆れたように再び息を吐き出した。
「ああそうだ、遭遇したムーブセットだったな……」
俺は昨日アヴァリスが使ったムーブセットについてアイに話した。次元切断を伴う強力な4ステップの攻撃だ。
……聞き終えると、アイは短く顎を引いた。
「プライムとリリィが戦った相手と同じムーブセットか……」
「プライム?」
「……影……黒一だ」
アイはエヴァの疑問に短く答えた。
「なんで二人とも呼び方がバラバラなのよ?」
俺は手を振ってエヴァの問いに答える。
「仕方ないだろ。こいつ、自分の影に名前すら付けてないんだから」
「……あいつら一体一体に、名前を付けてやりたいのか?」
アイの皮肉めいた問いに、俺は笑って返した。
「気が向いたやつだけでいいよ。全員に名前なんて考えてたら、何年もかかっちまう」
クロイチをクロイチと呼んでいるのは、その影とよく会うからに過ぎない。他の影たちは……考えてみれば一度も会話したことすらないな。
エヴァはまだ問い足りないようだ。
「だったら、なんでクロイチだけ名前があるのよ? プライム、だったかしら」
「……プライムだけで十分だ。他の個体にはプライムほどの知性はない」
「そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、なんでプライムなの?」
「お前な……」
アイがいよいよ苛立ちを露わにし始めた。執拗に問い詰められれば、こいつの性格上、機嫌を損ねるのも無理はない。この二人がよく喧嘩をするのも頷ける。
それでも俺は微笑ましく眺めていた。
おっと……そうだ。
「なあアイ。クロイチって影の中では最弱なんだろ? 戦闘能力はないけど、知性だけはあるって感じか?」
そう尋ねると、アイは眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「いや、ブラッキーが、クロイチは強くないって言ってたからさ」
補足して伝えたが、それでもアイは「何を言っているんだ」と言いたげな表情で眉を寄せたままだった。
エヴァも同じように不思議がっているようで、二人の視線が俺に向けられた。
「……勘違いするな。俺が不在の間、お前たちの護衛として、ただの弱い影を一体置いていくとでも思っているのか?」
「クロイチの役目ってそれだったのか? てっきり、俺の代わりに授業に出るためだけかと思ってたよ」
「はぁ……。ブラッキーがそう言ったのは、おそらくプライムの振る舞いのせいだろう。実際は……」
アイは何かに思いを馳せるような表情で続けた。
「プライムは、パラメーターがほぼ俺と同等の影だ」
その言葉が終わると同時に、次の授業が始まるチャイムが鳴り響いた。




