Chapter 8 Enemy Breakdown 02
「……本当に Aldaを使えるなんてね……」
ダイモラとの戦闘で気絶していたデコイルが、意識を取り戻して開口一番に放ったのがその言葉だった。
俺は、目を覚ましたばかりのボロ布を纏った少年に視線を向け、口を開く。
「目覚めたか?」
「おや? まだいたんですか?」
「情報を引き出しもせずに、そのまま帰るとでも思ったか?」
「はいはい。ところで、僕が眠っている間に変なことしてませんよね?」
そう言って、デコイルはわざとらしく自分の体を抱きしめ、照れるような仕草を見せた。
「……」
「……反応が薄いなあ」
「ああ」
「それからですね、次からは Alda なんて使わないでくださいよ。死ぬかと思いました」
「……貴様を狙ったわけではない。Aegis Wallがあれば防げたはずだ」
「僕があんたの魔法の余波で気絶したの、覚えてます? あっ、というか今、何日経ってるんですか!?」
俺とデコイルは、あれから数日が経過した今も、変わらずラストダンジョンの中にいた。
「三日だ」
他の場所に移動しなかったのは、別のヴォイドの「順位」が現れるかもしれないと期待したからだ。
「寝てたからよく分からないんですけど、あの三位はどうなりました?」
俺は鼻で笑い、デコイルの問いに答える。
「片付けた」
神級魔法……Alda の直撃を受ければ、どれほどダメージを軽減しようと抗えるはずもない。
結果、ダイモラはその魔法によって消滅した。
運が良かったわけではない。俺の発動する魔法は、常人よりも遥かに強力に設定されているのだから。
「へぇ……二十パーセントに削られた Alda で、三位をワンパンですか。恐れ入りますねぇ」
この三日間、生まれたてのヴォイドが数体襲ってきたが、以前の群れに比べれば赤子同然だった。
俺としては他の「順位」が現れるのを待っていた。ダイモラ一体だけでは、必要なデータを得るには不十分だったし、何より期待していたよりも脆すぎたからな。
できることなら、一位と手合わせしたかった。
だが、デコイルが目覚めるまで待っても現れないのであれば、これ以上期待しても無駄だろう。
「さて、貴様が知っていることを吐いてもらう前に……」
俺はデコイルに手を差し出した。
「『World Key』を渡せ」
「チッ!」
「何だ?」
「忘れてると思ったのに」
「俺がそこまで抜けているように見えるか?」
「はぁ……分かりましたよ。実際、ここまで来ちゃったんです。どうしても欲しいって言うなら、持っていってください」
デコイルがインベントリを操作した。彼の傍らに個人用の空間収納が出現し、そこから金色の鍵を取り出した。
俺がアルファとベータを行き来するために使っている透明な鍵と同じ形状、そして同じ性質を持つものだ。
本来はこの世に一本しかないはずの鍵だが、デコイルが俺に差し出したことで、俺の手元には合わせて二本の鍵があることになる。
デコイルは金色の鍵を差し出したまま空中で止め、ニヤリと笑って尋ねてきた。
「ところで、どうしてあんたがもう一本の鍵を持っているのか、教えてくれません?」
「断る」
俺は即座に答え、デコイルから鍵を受け取った。
「了解でーす♪」
相手は皮肉っぽくのけぞった。
鍵を自分のインベントリに叩き込もうとしたその時、俺はあることに気づいた。
World Key に、ひびが入っている。
その亀裂を見つめる。肉眼ではほとんど見えないほどの、極めて微細なひびだが……。
「貴様……鍵にひびを入れたのか?」
「ん?」
「全く……はぁ、いい。もういい」
この鍵の件は、後々頭の痛い種になるだろう。たとえ小さなひびでも、何の影響も出ないとは限らない。とはいえ、今さらデコイルを叱責したところで、ひびが消えるわけでもない。
そして、この小さな亀裂から生じるであろう未来の問題に対処するのは、結局のところ俺だ。今は放っておくしかない。
「アイさん」
「ああ」
「一つ質問があります」
「……」
「どうせ答えてくれないでしょうけど、聞いておきたいんです。なんていうか……すごく不思議なんですよね」
答えるつもりはなかった。たとえ答えを知っている問いだったとしてもだ。
そう考えながら、俺はデコイルの言葉に耳を傾けた。
「ここで会う前、僕は複製をアルファに飛ばして、勇者君を始末させようとしました。そして、あんたはここで僕を待ち伏せしていた。覚えてますよね?」
「……」
「実は、計算していたんです。あんたがアルファに戻って僕の複製を始末する場合なら三分。そして、あの時のあんたの現在地から逆算して、このラストダンジョンの罠をすべて潜り抜け、僕の本体がいるこのホールに辿り着くまでは二十分。……そう計算していました」
デコイルは魔王の遺体を指差して言った。
「勇者君との戦いは少し長引きましたが、それでも十五分はかからないと思っていました。なのに……あんたは、僕の計算より遥かに早く、僕の目の前に現れた。だから逃げ遅れたんです」
「ああ」
「不思議そうな顔しないでくださいよ。アイさんといえど、ラストダンジョンの罠は一筋縄じゃいかない。どれだけ強くても時間はかかるはずです。ここまで二十分で辿り着くだけでも、相当なスピードなんですから」
デコイルが喉の奥で笑った。
「それなのに、あんたはそれ以上の速さで僕のところに来た。僕の周りに攻撃用の魔法陣が設置されていた時間を考えれば、五分もかかっていないことになる」
「別に、ここの罠は貴様が言うほど難しくはなかったぞ」
「アイさん、知ってます? このホールに来るためには、どうしても通らなきゃいけない部屋があるんですよ。そこの罠は、十分間すべての攻撃を避け続けなきゃ、次の扉が開かない仕組みなんです。……つまり、最低でも十分は足止めされるはずなんですよ」
「……」
「はは、負け惜しみを言いたいわけじゃないんです。ただ純粋に疑問なだけですよ。結論から言えば……あんたの現在地と到着時間を考え合わせると、まるで『あんたは罠の影響を一つも受けていない』ように見えるんです」
そう言って、デコイルは肩をすくめた。
「あまりにも早すぎる。異常ですよ。……まるで、魔王自身がダンジョンを歩いているような、そんな感じでした」
「ほう……。ここの罠は、魔王には反応しないというわけか」
「当たり前でしょ」
「なら、もう察しているんだろう?」
俺は腕を組み、溜息を吐いた。
真実に辿り着こうがどうでもいい。自分から明かすつもりはないし、そもそも情報を聞き出すのは俺の側だ。
「……そろそろ、ヴォイドに関するすべてを話してもらおうか」
「あんたは僕の問いに何一つ答えないくせに、自分だけ聞き出そうなんて。自分勝手ですねえ」
「減らず口を叩くのはそこまでにしろ」
「分かりましたよ。本当に怒りっぽいんだから〜」
こうして俺は、デコイルの口からヴォイドの正体を知ることになった。




