Chapter 6 : Move Set 02
ユウの目の前の床に、奇妙な文字が浮かび上がった。それは虚無から形を成し、文字が連なって一つの肉体を作り上げていく。
ほどなくして、その姿が露わになった。暁の騎士の姿だ。
「ヴーッ……」
排熱するエンジンのような音が漏れる。
白と金を基調とした重装甲に太陽の紋章をあしらった戦士。ユウよりも二倍は高く、体格は四倍ほどもある。神話から抜け出してきた巨人の戦士のような威圧感だ。
召喚スキル……アイの『Shadow Army』みたいなものかしら?
周囲の人々がパニックに陥る中、ユウは暁の騎士に向かって叫んだ。
「サニー! 敵を全部引きつけろ!」
その声に応じ、サニーと呼ばれた騎士は剣と盾を打ち鳴らした。その衝撃音が周囲に響き渡ると、天井から降りてきた人形たちは一斉に一点へと向かっていく。
ユウは腕を振り抜き、上方に向けてスキルを放った。
「『Solar Edge』!」
放たれた剣気は凄まじい速度で空を切り裂き、直撃した人形たちは一瞬で霧散した。デコイルほど頑丈ではないみたい。
けれど、一部を片付けたところで、敵の数はまだ気の遠くなるほど残っている。
ユウは連続してスキルを叩き込んだ。
「はあああっ!!!」
『Solar Edge』が数十回にわたって放たれる傍らで、サニーもまた盾と剣を打ち鳴らし続けている。
……やがて空が開けた。大きな穴の開いた天井から、太陽の光が差し込んでくる。
ユウは周囲を見渡した。
「この辺りには、もう誰も残っていないみたいだな」
……突然の襲撃の後、悲鳴と怒号が響き渡り、人々は我先にと逃げ出していた。けれど、ユウが地表に降りてくる前に人形たちを殲滅したおかげで、逃げ遅れた人たちも安全に避難できたようだった。
ユウは空を仰いでいるサニーを軽く叩いた。
「ありがとな。警戒を頼む。まだ来るはずだ」
「ヴーッ……」
ユウは金色に輝く瞳で、私とリカの方を向いた。
「怪我はないか?」
「あんたの方こそ」
「まあ、なんとかな。思ったより数が多かったけど」
「デコイルの仕業?」
「可能性はある……けど、前に戦った偽物とは感触が違うんだ。それに、これだけの数を送り込めるなら、これまでに一人ずつしか来なかったのが不自然だろ……」
さっきの襲撃がデコイルによるものかどうか分析していたけれど、私たちは一人、事情を知らない人間がここにいることを失念していた。
リカが目を見開いてユウ……正確には、その『Shining Sword』を凝視していた。
「それは……剣……ですか?」
ユウはそれを聞いて慌てて剣を背後に隠そうとしたけれど、もう手遅れだった。
「それに、さっき現れたあいつは……」
私はリカに助け舟を出した。
「え……ええと……なんて説明すればいいのかしら」
学校にデコイルが襲撃してきた時は、アイが何事もなかったかのように処理してくれた。
けれど今回は、休日を楽しむ人々で溢れかえったショッピングモールだ。天井に大穴が開いた以外に被害はないとはいえ、これだけの騒ぎを以前のように隠蔽できるのかしら……。
それに、アイもここにはいない。アイだったとしても、散りぢりに逃げた全員の記憶を消すなんて無理があるはず。
「こいつ、異世界から帰ってきたばかりなのよ。……いえ、正確には少し前だけど……」
「異世界……ですか?」
「ええ……」
私は困惑を隠せなかった。言い逃れができる状況ではない。ユウが放ったスキルの数々は、普通の言葉で誤魔化せるようなものではないから。結局、本当のことを告げるしかなかった。
リカはこくりと頷いた。
「……だとしたら、納得がいきます」
「え?」
「あんなものを見て、見間違いだなんて思うほど馬鹿じゃありません。エヴァさんがそう言うなら、信じます」
彼女はあっさりと受け入れた。
ユウは頭を掻いた。
「そういうことだ。あいつらもモンスターなんだろうけど、どこか妙なところがあるんだよな」
「現れる前に、警告ウィンドウが出たわ」
「おっ? お前にも出たのか?」
「ええ」
ユウは腕を組んだ。
「新しい敵を検知した時の警告だけど、『Unknown Data』なんて、異世界にいた時だって見たことがない」
「だったら、正体不明ってことね」
「ああ……あの数ならただの下っ端だろうけど、攻め方が雑すぎる。デコイルならこんなことはしないはずだ」
そう言ってユウがホログラムウィンドウを開いた時、リカの存在を思い出して声をかけた。
「今はもう安全だと思う。今のところは、だけどな。だから次の波が来る前に、リカは家に帰っておけ」
「お二人は……?」
「狙いが俺かエヴァなら、逃げ回る方が被害を広げる。俺とエヴァはここに残るよ」
周囲を見れば、避難は完了している。下手に動くよりここでケリをつけた方がいい。ユウは「次の波」が来ると言った。つまり、さっきの人形たちは始まりに過ぎないということだ。
リカは心配そうな表情で何かを言いかけたけれど、最後には深く頭を下げた。
「分かりました。気をつけてくださいね。ユウ君、エヴァさん」
「ああ!」
「あんたもね、リカ」
私がそう言うと、リカは走り去っていった。
ユウはため息をつき、床に散らばった買い物袋を見つめた。
「台無しだな。また買い直さないと」
「そんなこと心配してる場合?」
「ははは」
「それで、その歩く鎧は何なのよ?」
大穴の開いた天井を見つめたまま立ち尽くす巨大な騎士に視線を向けると、ユウが紹介してくれた。
「アイの『Shadow Army』に似たタイプのスキルだよ。名前はサニー」
「ヴーッ……」
サニーは動かずに返事のような声を漏らした。
「あんたたち、スキルに名前をつけるのが好きね」
「そうか? 前にも誰かに言われた気がするな」
「へぇ……」
ユウはホログラムウィンドウを操作しながら続けた。
「データはなかったけど、一度手合わせすればタイプくらい特定できるはずだ。どれどれ……」ユウは眉をひそめた。「『Void』……?」
「さっきの人形たちの名前?」
「名前であり種族でもあるみたいだ。……えーっと、俺もこんな種族のモンスターは見たことがない」
「魔王を倒したくらいなんだから、全種類のモンスターに出会ってるはずでしょ?」
「だからこそ不気味なんだよ。一体何が起きてるんだ……」
「ヴーッ!」
サニーが身構え、盾を天井の穴へと向けた。私とユウも釣られて上を仰ぎ、そこに浮かぶ『一つの生命体』を目にした。
その身体は人間に似ていた。けれど、背中からは数十本もの腕が生え、顔は抉り取られたように空洞になっている。その中心には、赤い宝玉のような塊が浮いていた。
さらに奇妙なのは、その姿が何重にも重なって見えることだ。まるで何層ものレイヤーがブレた映像を見ているようで、身体の輪郭は常に小さな破片となって崩れ続けている。
その存在がユウと目が合った瞬間、ゆっくりと降りてきた。けれど、その動きはフレームの飛んだビデオのように不自然で断続的だった。
異様。異常。それを見た時に私が抱いた感想だ。
まるで、ここにいてはいけない存在。この次元に存在してはいけない何か。
ユウは剣を強く握りしめた。
「……さっきの奴らのリーダーか?」
「[_]?」 ノイズ混じりの、言葉にならない声がその異常な個体から漏れた。 「意思疎通ができない下級種には見えないけどな。それとも、言語が違うだけか?」 「[] [__]」
それはサニーに首を向け、それからユウへと視線を戻した。直後……。
数十本の腕が突き出された。目の前の空間がその異常さに合わせて波打つ。腕はそのまま襲いかかってきた。
私やサニーではなく、狙いはユウただ一人。
「……サニーの挑発を受け付けないのか……」
状況を察したユウは暁の騎士のスキルを解除し、鎧の姿は床の文字へと消えていった。
攻撃自体はシンプルだった。けれど、腕が繰り出されるたびに周囲の空間が歪み、ユウは受け流すのに苦労している。やがてユウは懐へと飛び込む選択をした。
「遠距離攻撃が得意なら……!」
接近戦に持ち込めば有利になる。勇者であるユウには数多の戦闘経験がある。それは正しい判断だ。
私は急いでホログラムウィンドウを開いた。さっきユウが、一度手合わせすれば特定できると言っていた。どの程度の接触が必要かは分からないけれど、この場にいる私にも特定できるはず。
こいつは一体何者なの……? 疑問が指先を滑らせる。
「これ……どういうこと……?」
モンスターのタイプが表示されない。ホログラムウィンドウには明確なカテゴリー分けがなされているはずだ。ユウが戦ってきた『Gate Keeper』たちは、すべて『モンスター』のカテゴリーに含まれていた。
これまではその一つのカテゴリーしかなかったはずなのに。
今、新しいカテゴリーが出現していた。
『Void』
そして、ユウが対峙しているその多腕の個体は……。
『7 Void of Sin (七つの大罪の虚無)』
『第七位 Avaris - The Hollow Greed (虚ろなる強欲)』
私は叫んだ。
「ユウ! こいつ、普通じゃないわよ!」
同時に、ユウが『Shining Sword』をアヴァリスの胸へと突き立てた。けれど、剣先はまるでそこに実体がないかのように、アヴァリスの体を透過した。
「貴様っ!?」
ユウが毒づく。けれど、剣を引き抜こうとしたその時、アヴァリスの腕がユウの首を掴んだ。
ノイズ混じりの声がしばらくガリガリと響いた後、その声は一つの言葉を形作った。
「[__ ゆう……ゆうしゃ……]」




