Chapter 6 : Move Set 03
……俺は、こんな敵に会ったことがない。
異世界に二年もいて、魔王を倒し、ありとあらゆるモンスターに遭遇してきたこの俺がだ。……こんな存在、一度として見たことがない。
身体の造形が歪すぎる。不安定なのか……いや、違う。まるで存在している次元が違うような、そんな感覚だ。
「今のは……」
エヴァが、自分の耳にしたものが信じられないといった風に呟いた。
俺は眉をひそめてそれを聞いた。早く距離を取らないと、次に何をされるか分かったもんじゃない。
「『Solar Edge』!」
太陽神のスキルがアヴァリスを焼き払う。どうやら太陽神系のスキルならダメージは通るらしい。微々たるものだが、今はそれで十分だ。
首を掴んでいる腕を切り落とそうと放たれた剣先は、衝撃を与えるに留まったが、それでも俺はその拘束から逃れることができた。
「ゴホッ……!」
俺が咳き込むと、エヴァが血相を変えて駆け寄ろうとした。
「ユウ、あいつは一体何なのよ!?」
「ああ……聞いたこともないレベルのモンスターだ。それにあの『Void』ってやつ……」
……七つの大罪の虚無、第七位アヴァリス、か。
俺はホログラムウィンドウに表示された内容を心の中で反芻した。
すると、さっきの衝撃でへし折れたはずの腕がさらに歪み、瞬く間に元の形へと再生していった。
最後にデコイルと戦った時も、あいつは欠損した部位を一瞬で再生させた。同じ原理か?
……いや、俺の直感が告げている。
こいつは、俺がこれまでに出会ったどの敵とも違う。……おそらくは……。
「[ユウシャ……ツヨイ……]」
「……」
アヴァリスのたどたどしい言葉を聞きながら、俺は剣を構え直した。
「[……シズめる……ツヨい……]」
その声が終わると同時に、システムのホログラムウィンドウが警告を告げた。それは、俺も一度も見にしたことがない通知だった。
『Assist system (支援システム)』
『システム未対応の敵につき、支援による補填を行います』
『アクション検知:開始』
システム未対応……。
異世界にいた頃から、俺には都合よく働く妙なシステムが備わっていた。簡単に言えば、俺を異世界の住人よりも強くするための「秘訣」のようなものだ。
アクション検知。つまり、アヴァリスが次に仕掛けてくる攻撃を教えてくれるってことか。それなら、対処のしようはある。
……だが、俺の考えは甘すぎた。
アヴァリスが繰り出したのは、
『スキル』でも『魔法』でもなかったからだ。
システムが警告を発する。
『Move Set (ムーブセット):Eclipse Break (終焉の蝕)』
『Step 1 - Shadowfall (影の失墜)』
「ムーブセットだと!?」
一瞬で思考を巡らせる。実戦で初めて耳にする単語。スキルや魔法なら、技名が出ればそれに合わせた回避や防御ができる。
だけど……ムーブセットって一体何なんだ!? それに、この「ステップ1」ってのは……!
直後、アヴァリスが視界から消えた。
正確には、闇が視界を埋め尽くし、何も見えなくなったのだ。
『守護の加護』が反応しない。デバフではないということか。なら、これはアヴァリスのムーブセットによって塗り替えられた「環境」そのもの……?
「ユウ! 突っ立ってないでよ!?」
エヴァの叫び声で確信した。闇に包まれているのは、ターゲットにされた俺一人だけだ。
「クソ……ッ」
見えない。
何もかもが真っ暗で、自分が地面に立っているのかどうかすら判別がつかない。上下左右の感覚が完全に失われていた。
……落ち着け。スキルだ。スキルを使え!
『Step 2 – Graviton Pull (重力の牽引)』
システムが通知した瞬間、闇が晴れた。視覚と感覚が戻ってくる。
だが、俺はアヴァリスの目の前にいた。剣が届くほどの至近距離だ。
あの闇に飲まれる前、俺は距離を取っていたはずだ。見えない隙に近づいてきたのか……あるいは、俺を吸い寄せたのか。
普通の攻撃は効かない。太陽神のスキルならダメージは入るが、『Solar Edge』では威力が足りない。もっと強力なスキルが必要だ!
SPゲージが激減するが、構わない。SPの回復速度はマナよりも早い。今の俺なら、スキルを無制限に叩き込める。
「『Solar Spearfall』!」
アクティブスキルが発動する。SPが消費されると同時に回復が始まり、俺はコマンドを上書きするように重ねた。
「『Dual - Resonance (二重共鳴)』!!!」
頭上に光の槍が出現した。本来、太陽神のスキルは炎属性だが、俺のスキルセットに組み込まれたことで、名称はそのままに、使い手である俺の適性に合わせた形と結果へと変質している。
結果として、無数の光の槍がアヴァリスの巨体に降り注いだ。
同時に、アヴァリスが次のステップへ移行する。
『Step 3 – Hollow Slash (虚ろなる斬撃)』
アヴァリスの無数の腕は動いていない。なのに、攻撃が放たれた。見えない斬撃が空気を切り裂いて俺へと迫る。頭上から降り注ぐ光の槍の雨など、微塵も気にしていない様子で。
「くっ……!?」
それ……『Hollow Slash』が直撃した。凄まじい衝撃だ。身体を覆っていたバリアが砕け散る寸前まで追い込まれる。
幸い、前にエヴァが俺を蘇生させてくれたおかげで、多くのスキルが再び使用可能になっていた。バリアもその一つだ。そのおかげで、アヴァリスの一撃を辛うじて耐え抜くことができた。
光の槍が着弾し、土煙が激しく舞い上がる。……煙が晴れ、アヴァリスを仕留めたかどうかを確認するよりも早く。
答えはシステム通知によって突きつけられた。
『Final Step – Black Eclipse (黒き蝕)』
俺とアヴァリスを包み込むように、一辺約三メートルの立方体が出現した。これが、ステップ2で俺を近づけた理由か……!
カウンターは間に合わない。ターゲットを攻撃範囲に閉じ込めるタイプのスキルだ。逃げられないなら、防御に全振りするしかない。
逃走不可。選択肢は一つ。
ステップ3でボロボロになったバリアでは持ちこたえられない。ならば……。
「『Solar Deity’s Aegis (太陽神の聖盾)』!」
俺とアヴァリスの間に聖なる盾が顕現した。一見すると前方防御のみに見えるが、このスキルは発動した瞬間、俺自身の防御力が盾と共有される。
盾が壊されない限り、使い手がダメージを受けることはない。
直後、『Black Eclipse』が牙を剥いた。
立方体の内部にあるものすべてを押し潰し、消滅させるかのような真空の圧力が襲いかかる。俺の身代わりにダメージを受ける聖盾が、みるみるうちに削られていく。
「く……っ」
長い……。まさかターゲットが死ぬまで終わらないんじゃないだろうな。
幸い、そこまで最悪な状況ではなかった。聖盾が崩壊するほんの一瞬前、周囲を囲んでいた立方体が霧散した。……攻撃の最終ステップを、どうにか耐えきった。
「ユウ!?」
エヴァが駆け寄ろうとするが、俺の怪我は軽い。少なくとも、今すぐ治療が必要なレベルじゃない。
「来るな!」
俺が叫ぶと、エヴァは足を止めてたじろいだ。
戦いはまだ終わっていない。エヴァは離しておいた方がいい。こいつがいつエヴァをターゲットに変えるか分かったもんじゃない。
攻撃を終えたアヴァリスは、空洞の顔を俺に向け、顔代わりの赤い宝玉を回転させた。
「[ユウシャ……]」
「……それしか言えないのか?」
「[ツヨイ……シズめる……ツヨいもの……]」
……アヴァリスが現れてから、こいつはサニーにもエヴァにも目もくれなかった。
強い者だけに固執している。……そういう性質の敵か。
そんなことを考えている場合じゃない。今はこいつを仕留めることだけを考えろ。
これほどの強さ……ああ、すべてのスキルが解放されていれば確実に倒せる。だが、無い物ねだりをしても始まらない。今の俺にある手札でどうにかするしかないんだ。
太陽神の光の槍を二重発動しても倒しきれない。今使える最強のスキルでこれなら、三連発以上叩き込む必要があるのか?
いや、それも違う。光の槍で与えたダメージが少なすぎる。太陽神のスキルは効いてはいるが、決定打にはなっていない。
システム通知、『Unknown Data』の敵。
支援システム。
こいつ……そもそも「スキル」や「魔法」という概念の範疇にいないんじゃないか?
最強と言われた魔王だって、その攻撃はスキルや魔法の理屈に基づいていた。
ムーブセット。
これは、まるで……。
「エヴァ……」
俺は声をかけた。
エヴァが頷く。
「え、ええ!」
「俺がミスったら、回復を頼む」
「何をするつもりなの!?」
俺は構えた。アクティブスキルを使う構えじゃない。
「……賭けだよ」
俺は地面を蹴ってアヴァリスへと肉薄した。すると、奴は再びステップ1を開始した。
視界が闇に閉ざされる。だが、止まらずに走り続ける。
今度のステップ1は前回より短かった。アヴァリスが、俺が闇に動じなくなったことを察したのか、あるいはムーブセットの発動にはステップを追う必要があるのか。
いずれにせよ闇は晴れ、ステップ2によって俺の身体はアヴァリスへと引き寄せられた。望むところだ。
俺は刀身を身体に沿わせ、低く構えた。ステップ3が発動し、見えない斬撃が放たれる。
「はあああっ!」
俺は『月破』を繰り出した。剣術の型の一つ。予想通り、剣術の型を用いることで、ステップ3の攻撃を真っ向から打ち破ることができた。
そして……最終ステップ。
立方体が出現する。
だが……。
「使わせるかよ!!!」
俺はアヴァリスに密着した。
さっきまで、普通の攻撃はすり抜け、スキルは微々たるダメージしか与えられなかった。
ムーブセット……動きの型。
もし俺の推測が正しいなら……!
「『地平線・ブレイク』!!!」
必要はないが、俺は技名を叫んだ。
黄金の剣が水平に薙ぎ払われる。今度は違う。刃を通じて、アヴァリスの肉体を断つ確かな手応えがあった。
「はあああぁぁぁ!!!」
全力で腕を振り抜くと、虚空に鮮烈な斬撃の軌跡が残った。その瞬間、アヴァリスの肉体が両断された。
立方体が消滅し、アヴァリスの身体がひび割れていく。次元が揺らぎ、視界がぼやける。最後には、その身体は何か大きな力に飲み込まれるように消え去った。
「[……ユウシャ……]」
その声に怒りはなかった。最初から、感情なんて持ち合わせていない存在だったのかもしれない。
俺は誰もいなくなった空間を見つめ、小さくため息をついた。
「勝った……」
生き延びたが、歓喜に震える余裕はなかった。今回の敵はあまりにも理解を超えていた。勝てたのは、運が良かったと言っても過言じゃない。
「ユウ!」
エヴァが駆け寄ってきて、躓きそうになる。
俺はその腕を掴んで支えた。
「モールで走っちゃダメだろ。危ないぞ」
「何バカなこと言ってるのよ!?」
「ははは」
「片付いたの……よね?」
俺は頷いた。
「ああ。スキルよりも剣術の方がダメージを通せるみたいだ。運よく仕留められたよ」
「もし失敗してたらどうなってたのよ」
「その時はお前に頼るしかなかった。でも、この結果でよかったよ」
「もう、あんたって人は……」
エヴァが呆れたように、けれど微笑みながら溜息をついた。俺もそれを見て笑い返した。
ムーブセット。おそらくあれは、剣術に近い理屈で動いている。だからこそ、剣術の型がスキルや太陽神の力以上にダメージを与えられたんだ。
もし、剣術がVoidに対抗するための手段なのだとしたら……。
俺は首を振った。そのうち誰かに聞ける機会もあるだろう。
今はもっと大事なことがある。
俺が考えていたことを、エヴァが口にした。
「リリィは!?」
「ああ。もしかしたらリリィも狙われてるかもしれない。急いで帰ろう」
そう決まると、俺とエヴァはすぐさま帰路を急いだ。今回の騒動の後始末……アイがいない以上、今は放っておくしかないけれどな。




