エピローグ③
「おい、俺の美しい顔にぶつけんなよ、クソガキ」
どうやら反応が遅く、糸を顔面を直撃したようで、いつもの柔らかな声ではなく地を這うような恨み声が聞こえるが、それも若干可笑しくて口元が上がる。
「ああ、すまない。でもこれでお互い様だろ、っていうか自分で美しいとか…哀れ」
「んだと?」
「知っているか、異国ではあなたのような人をナルシストと呼ぶらしい」
「おま…先輩に向かって失礼じゃないか?あと、もう少し愛想よくしろって毎回言ってるな?それじゃ友達出来ないぞ、いないだろ?可哀相に」
「興味ない」
「お前なぁ――」
霧人はまだ何かを言おうとしたが、その言葉を遮った。
「獏を飼い始めたらしいな」
「情報早いな奏人!流石だ!」
「それで?」
「それでって?」
「その獏絡みで僕を呼んだんだろ、嫌な予感しかしないが」
後ろを振り向かなくても分かる程、嬉しそうで楽しそうな雰囲気が感じ取れ項垂れた。
「悪いが僕は忙しい、此処に来るのも大変なんだ。面倒事は遠慮したいんだが」
「頼みがある」
人の話を聞いていないのだろうか、奏人は肩を下げ重苦しい溜息を地面に吐き出す。
「お前にあの子を頼みたい」
鎖の擦れる音と機織の音、そして夢心地のような柔らかな声が聞こえ、奏人は頭巾から微かに見える瞳を鋭くさせると、悟ったように空を仰ぐ、夜が間もない空には白い月と冷たい星と蝙蝠が飛んでいた。
無理やり押し付けられた約束から数日後の事、霧人が死んだという噂を耳にした奏人は、鳥居を通り社の中へ足を踏み入れ、怪訝な表情で室内の中央に残る血の跡を見下ろす。
「死を選ぶとは、何故?」
その問いは静寂に飲み込まれる、顔を上げ辺りを見渡す。
主の居なくなった室内は荒れ果て、色褪せた反物が床に散らばり四隅には蠢く闇、床は微かに埃が積もって埃臭い。
霧人が愛用していた機織は所々壊れて使い物にならない、上座の仕切りで使われていたであろう屏風は無残な姿になっている。
左手を体の前に翳す、甲には奏の文字が浮かび、足元からは緋色紋様が円状に回る。腕を勢い良く平行に空を切ると同時に紋様は弾かれたように室内を舞う。床にこびり付いた血痕は消え、室内の空気を清浄すると四隅に蠢いていた闇は悲鳴を発して外へ逃げ出した。
「あなたの獏はどこへいった?この村に何があった?」
社へ来る途中で見たのは、豊かで人は皆幸福に謳い、賑わう村だったものは人の亡骸と朽ちた家々へと変貌していた。
「救済すべき者がいなければ、約束など果たせないが、どう思う?……死人に口なし、まったく。悪いが僕は探さないよ、そこまで御人好しじゃぁない」
冷笑を口元に湛えて踵を返すと、耳元に柔らかな声が風と共に触れ、社を背に憎らしい程に真っ青な空を仰ぐ。
「本当、お人が悪い」
懐かしくも良い思い出とは言えない記憶に、自傷じみた笑いが込み上げて思わず目を開けて噴出してしまい、正面にいる叶麒は不審者でも見るような冷めた目で見る。
「とうとう壊れたか」
「失礼だね、僕は至ってまともだよ?ただちょっと昔の事を思い出していただけさ、あー可笑しい……っぶ!」
笑いを堪えようと口を閉じるが直ぐに噴出し、それすら可笑しくて腹を抱えてしまっている。
こうなると落ち着くまで時間が必要なのだと、長年の付き合いである叶麒は知っている。 黙ったままティーカップに口を付け、温かさのなくなった紅茶を飲み、奏人をじっと観察する。
「そんなに楽しい過去、お前にあるのか?」
その言葉にピタリと笑い声が止まり、緋色の瞳は冷たく叶麒を見据えて、口元は怪しく歪んだ。
「ないよ?まったくね」
「じゃあ、何故そんなに笑っているんだ」
「なんでだろう?分からないんだ、僕には理解出来ない事だらけでね、それが可笑しいのかもしれないな」
背を後ろに倒してステンドグラスのライトを仰ぐ、キラキラと星が弾き部屋を灯している、左手を翳せばし消えろと言えば、その光りは直ぐに消えてしまうだろう。
「紡ぎ師って自分勝手だと思わない?」
「お前が言うか」
「はは、それもそうか。……あ、帰ってきたね」
一階へ続く階段から、二人分の足音とが上がってくるのが聞こえ、微かに目を細めると両手を広げ背を伸ばし、階段に視線を向けると、闇の中から夜霧に続き歩夢の姿が見えると、奏人は優しい表情で口元を上げる。
「ただいま帰りました」
「おかえり、迷子にならなかったかい?」
不満顔の歩夢に、はぁ?と首を傾げる夜霧を見て、叶麒は苦笑し今が平和ならそれで良いと天井を仰ぎ目蓋を閉じた。
続く事もできるし、このまま終わらせるのも出来る物語




